22
「ペルルドール様。トロピカーナ様。魔物の軍団が、王都前に築いた防衛ラインに到着しました。王都侵入は間も無く行われるでしょう」
赤い全身鎧を身に纏ったエルヴィナーサ国第二王女護衛団団長プロンヤ・ウヤラが姿勢良く報告する。
聖書の原稿を読んでいたペルルドールが顔を上げ、緊張を微塵も感じさせずに頷いた。
「そうですか。王都の人々は混乱していますか?」
「事前に進軍情報を流していましたので、それほど大きな混乱は見られません。ただ――」
プロンヤは窓際に寄り、カーテンを開けた。
「ドラゴンが予想より遥かに大きく、動揺が広がっています。ここからでも目視出来ますよ」
「そうなんですの?」
ペルルドールは、部屋の隅に設置してあるベッドで横になっている姉姫を見た。
反応が無いので眠っている様だ。
寝息が静か過ぎるので時々心配になるが、静かな時は逆に調子が良いらしい。
ここしばらく同じ部屋で生活しているので、姉姫の健康状態の確認の仕方が分かって来た。
熱が出た時は呼吸が荒くなって起き上がれなくなり、具合が悪い時は着替える事すら出来ない。
今は新大陸に行く為の体力を温存していて、調子が良くても横になっている。
そうしているのは慣れていると姉姫は言うが、体調が悪くない時はさすがに退屈らしく、だから眠ってしまった様だ。
妹姫は、姉を起こさない様に静かに立ち上がって窓際に寄った。
「うわ、大きい!大き過ぎますわ!」
驚き、窓枠に両手を突くペルルドール。
王城は城壁で護られており、泥棒や魔物が入り込まない様にかなり高くしてある。
そんな城壁の遥か向こうに居る白いドラゴンが、外から覗かれない様に低く造られている姫城からでも余裕で見えた。
王国で一番高い山より大きいかも知れない。
あんな物が羽ばたいたら城下の民家の全てが吹っ飛びそうだ。
「本当。大きいですわね」
姉姫がベッドから降りて来て窓の外を見た。
妹姫の驚きに反応して目を覚ましてしまった様だ。
「あれなら多くの魔物を背中に乗せられますわね」
「ええ。ですが、あんな物を見せられたら、安全だと分かっていても不安になりますわ。セレバーナはまだ帰って来ないのでしょうか」
窓から離れたペルルドールは、広い部屋の中を忙しなく歩いた。
王都に被害が出るのは困るので、何か対策を考えたい。
イヤナとセレバーナはこの状況を知っているはずだから、何かしらの対策を立てているとは思う。
しかし不安は不安だ。
「邪魔するぞ。ペルルドール、王都の状況を探れるか?」
妙に量の多い黒髪をツインテールにしている少女が転移魔法で部屋に入って来た。
そして早口で質問した。
「いきなりなんですの?聞き取れませんでしたわ。もう一度仰ってください」
「ここで王都の状況を探れないかと訊いたんだ。魔物がどこかで暴れていないか、等の情報だ」
「どうですか?プロンヤ」
第二王女に訊かれた女騎士が応える。
「現状では無理、と応えるしかありません。姫城は姫の警護を第一目的としていますので、対策本部と情報のやりとりをするには事前の申請が必要です」
「緊急事態でもですか?」
「対策本部が設置されている王城は魔法防御が施されていますので、外との通信は有線の魔法具で行われています」
プロンヤは開いていたカ-テンを閉めた。
「そして、今は緊急時なので、王城姫城全ての出入り口が封鎖されています。避難、もしくは応戦時以外に開けられる事は有り得ません」
「なるほど。対策本部から情報を得ようと思っても、この姫城から出られないと言う訳ですか」
「はい。定時連絡の為に行き来する者は居ますが、残念ながら、報告はつい先程行われました。次は二時間後です」
「なら仕方ない。魔力が枯渇しているので気が進まないが、私自身が情報収集に赴くしかないか」
セレバーナは、珍しく顔を歪めて奥歯を噛む。
「何か問題が起こったのですか?」
ペルルドールが訊くと、セレバーナは転移魔法の下準備に必要な意識集中を行いながら応えた。
「人為的に魔物を暴れさせるアイテムが使用される可能性が有るのだ。出来るならここでも情報収集してくれ」
言い残し、姿を消すツインテール少女。
残された二人の姫と一人の女騎士は、しばらく呆然と立ち竦んだ。




