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シャーフーチが魔法で出したお茶は、とても青臭かった。
お茶を啜ったセレバーナの無表情がわずかに崩れた事に微笑んだシャーフーチが指を鳴らす。
するとテーブルの中心に緑色のクッキーが現れた。
「それは魔法ギルド名物の薬草茶です。不味いでしょう?」
「ええ、とても。でもきっと身体には良いんでしょうね」
「良いらしいですね。魔法力の成長にも良いらしいです。ですので、魔法ギルトに入ったサコは、これから毎朝それを飲みます」
「ほほう。なら私も飲まなければ」
もう口を付けないだろうと思っていたカップを手に取るセレバーナ。
やっぱり不味い。
「このクッキーも薬草で作られているんですか?」
イヤナがクッキーを口に放り込む。
こっちも不味い。
クッキーではなく、草団子にすればまだマシかも。
「そうです。――まぁ、タダだから良く飲まれているってだけですけどね。よほど貧乏か、魔力に自信の無い子でなければ朝以外には飲まないそうです」
「へぇ、タダなんですか。じゃ、私達もタダで貰えるんですか?魔力の為に飲みたいです」
「外部の人には、さすがに有料です。安いですけどね」
「やっぱりそうですか。でも、マギをもっと上手に使える様に、私も毎日飲まなきゃ」
「半年強で一人前になった貴女達には必要ありませんよ。だからサコにも必要無いんですが、朝の薬草茶は義務だから飲まなくてはいけないとか」
「私達の修業で飲まなかったのはなぜですか?」
セレバーナの質問に肩を竦めて応えるシャーフーチ。
「さぁ?外部の人だからか、もしくは魔王に分ける薬草は無いとかじゃないですかね。弟子が卒業してから教えるなんて、魔法ギルドの人は意地悪ですね」
「シャーフーチ。そろそろ」
「あ、はい」
名前を呼ばれた灰色ローブの優男は、村の方に尻尾を向けている白いドラゴンを見上げた。
犬の様に足を折り畳んで伏せているドラゴンは、その姿勢でも二階建ての遺跡より大きい。
だから門の内側に降りられなかった。
「イヤナ。セレバーナ。わたくしに貴女達の事を話してください。生い立ちから、修業の終わりまで」
白いドラゴンは、はっきりとした口調で言った。
見た目は魔物だが、中身は人間で間違いない様だ。
「では、私から」
黒髪少女が半生を語る。
修業中、半生をノートに書く事が義務付けられていた為、淀み無く言い終える事が出来た。
続いて、イヤナも半生を語った。
頭の中の物を言葉にする事に慣れていないので少々手間取ったが、ドラゴンは黙って聞いていた。
「――ありがとう。わたくしの子孫であるペルルドールは、立派な女王になれると思いますか?」
「思います」
瞬きする間も開けずに頷くセレバーナ。
イヤナも力強く頷いている。
「そうですか。では、わたくしの計画は予定通り進められますね」
「その計画を伺う前に、こちらから質問しても宜しいでしょうか。取り合えず、ふたつばかり」
無表情で右手を挙げているツインテール少女に爬虫類の瞳を向けるドラゴン。
「どうぞ」
「ひとつめ。貴女は間違い無くソレイユドールですか?」
「わたくしはそう思っています」
「では、ソレイユドールとお呼びしても宜しいですか?伝説の名前を口にすると不都合が有るのなら、別の名前を考える必要が有りますが」
「ソレイユドールで構いません。不都合が有っても、今更それは些細な事」
「では、ソレイユドール。ふたつめの質問です」
「どうぞ」
「この場に居ないペルルドール、サコと共に、私達は女神候補として集められました。その認識で間違いありませんね?」
「ええ」
「では、私達が『女神になる』と言う事はどう言う事なんでしょうか。また、どうやったらなれるんでしょうか」
「『辻妻合わせ』と言う概念について、説明は受けましたよね」
「はい」
「それによって貴女達は『発生』した。つまり、女神候補としてこの世に現れたのだから、その時点で半分女神みたいな物なの」
「私とイヤナだけでなく、サコとペルルドールも、修業を始めた時点ですでに半女神だった言う事ですか」
「そうです。――冬の間、貴女達は女神の知恵を求めて活動していたと聞いています。誰かに何かを言われた訳ではないのに」
「ええ。何も知らないままでは不安でしたからね。退屈でもありました」
「その判断がすでに半女神の証なんです。普通の人間は、思っても行動しません。女神の知恵に近付くなんて、畏れ多い」
「確かに、女神の罰を畏れて当たり前なのに、そんな事気にも留めませんでした」
「同じ様に魔王の封印に近付きませんし、自称魔王の言葉も信用しません。しかし貴女達は信用した。なぜなら、わたくしがそうなる様に願ったからです」
「ソレイユドールがこの地に女神候補を呼んだから、呼ばれた私達は『辻妻合わせ』で女神になれる、と。特に何もせずとも」
「さすがに、何もしなくとも、と言う訳には参りません。ろくでなしの怠け者が神になったら、世界が存続しても地獄になってしまいますから」
「仰る通りですね。私達は女神になる為の努力をしたから、『辻妻合わせ』もその通りに動くと」
「正解です。どうすれば女神になれるかを理解しましたか?」
「私なりには。イヤナはどうだ?」
「まぁ、何となく。私なりに」
赤髪少女が苦笑いする。
理解していないが、とにかく頑張れば良いって事は分かった。
「ちなみに、女神にならないと決めたペルルドールとサコはどうなりますか?」
「ただの人になって終わりです」
「それで終わる話ですか?」
「ええ。それ以外に言う事は無いわ」
「確か、百人ほどの女神候補に手紙を送ったんですよね?その子達の女神性はどうなっているんですか?」
「招集に応えなかった時点でただの人になっています。先の二人と同じく、どうあがいても、その子達が再び女神候補になる事はありません」
「そうですか」
腕を組むセレバーナ。
「では、私とイヤナはすでに女神になりかけているんですね?『辻妻合わせ』によって、最初から」
「わたくしと問答し、そう認識した時点で、貴女達はこの世界の女神よ」
「では、無限の寿命を持って世界を見守ると私達が願えば、その通りになると」
「『辻妻合わせ』がその通りに働けばね」
「そもそも『辻妻合わせ』とは何なんですか?質問がみっつになって申し訳ありませんが」
黒髪少女の質問を受けた巨大なドラゴンは、しばし沈黙してから、少女達と同じテーブルに着いている灰色ローブの男に視線を向けた。
「シャーフーチ。セレバーナは、確か将来有望な天才少女なのよね?」
「世間ではそう噂されていますね」
「そう」
みっつ目の質問は、こんな雰囲気になるほど可笑しな疑問だったかと不安になるセレバーナ。
「私が何か?」
「いえ。聞いていたほどじゃないなぁって。まだ子供だからかな?」
「それは失礼しました。期待に応えられず、申し訳ありません」
セレバーナは、組んでいた腕を解いてふとももに手を置いた。
無表情は変わっていないが、十本の指に僅かな力が籠っているので、明らかに不機嫌になっている。
「自尊心を傷付けてしまったのならごめんなさい。わたくし、思った事を考え無しに言っちゃうクセがあるので」
「お気になさらず。『辻妻合わせ』について何も知りませんから。私なんてまだまだです」
数秒黙って何かを考えたソレイユドールは、巨大な頭で頷いた。
「そうね。人から女神になるのなら、全知全能より、人の目線で悩む子の方が良いのかも知れません。世界と共に成長する女神の方が」
「成長、ですか。これからも努力し、立派な女神に成長しろと仰る訳ですね。責任重大だ」
「そちらの子も、それで宜しいですか?」
急に話を振られたイヤナは、慌てて頷いた。
「あ、はい。私は何も考えてないんですけど、それでも良いんでしょうか」
「貴女は貴方のままで女神になって頂戴」
「はい。このままでいます」
「では、これからわたくしが何をするのかをお話しましょう」