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「何か、ごめんなさい。セレバーナがお父さんに……その、何て言ったら良いか」
図書館の外に出た途端、クレアが頭を下げた。
「謝る必要は無い。家庭の事情を誰かに話した事は無いから、知らなくて当然だからな。私もクレアの事を訊いたのだから、お互い様だよ」
白い息を吐きながら夕焼け空を見上げるセレバーナ。
雪が少ない地方なので、晴れている事が多い。
しかし、日が傾けば気温が下がる。
分厚いコートを羽織っている少女達は、襟元の閉まり具合を改めて確認した。
「お互い様だからクレアも親を憎むな、と言いたいが、君は一生物の怪我を負っているのだから簡単には割り切れないか」
「まぁ、ね。それに、もう遅いし」
含みを持たせた言い方をしたクレアが学校に向かって歩き出す。
セレバーナとイヤナもその後に続く。
「遅いとは……いや、何も聞くまい。魔王信仰と言うカルト教団に関わっている時点で正常な結果を望んでいる訳ではないだろうからな」
立ち止まり、振り向くクレア。
「魔王様に弟子入りした子が言う言葉ではないわね」
セレバーナも立ち止まり、その視線を受ける。
「世間の常識で考えるならそうなるだろうな。しかし、魔王本人は悪ではない。女神信仰を伝えるこの街の中では詳しくは言えないが」
目を丸くするクレア。
「魔物を使い、世界を混乱させた極悪人だと歴史で習いましたが。元主席のセレバーナの方が詳しいはずなのに、そんな事を言うなんて」
「それは勿論、本人と話をしたからだ。彼の全てを知った訳ではないが、真実は本の中とは違っていた。だろう?イヤナ」
ずっと黙っていた赤髪少女に話を振るセレバーナ。
「うん。魔王が何なのか分からなかった私は、セレバーナやペルルドールが警戒していた理由が全然分からなかったよ。今もキチンとは理解してない」
鉢巻の様に包帯を巻いている金髪の少女に笑みを向けたイヤナは、照れ臭そうに頬を掻いた。
「お師匠様は、いつも私達を気に掛けてくださって、困ったら助けてくださった。セレバーナがユキ先生を慕っている様に、私もお師匠様を尊敬してるよ」
「そう言う事だ。魔王と言うイメージを信仰するのは自由だが、彼を知っている私達には君の姿は間抜けに見える。それだけは伝えておこう。友人としてな」
一歩下がり、イヤナにテレパシーを送るセレバーナ。
『日が沈む前に冒険者ギルドに寄ろう。勇者の行方を把握しておきたい』
『うん。分かった』
そのテレパシーにはセレバーナの感情が隠されていた。
胸に穴が開いた様な喪失感。
父とは数年ぶりに、友人とは一年ぶりに会えたと言うのに、なぜ寂しさを感じているのだろうか。
複雑な人間関係に疎いイヤナにはサッパリ分からない。
女神の本の知識を得て賢くなった実感は有るが、やはり自分はバカな自分でしかない様だ。
「では、ここで別れようか、クレア」
「え?寮に行かないの?セレバーナの部屋は、まだ空室らしいけど」
「神学生ではない者が神学校の世話になる事は出来ない。だから先払いの宿を取っている。用事も残っているしな」
「残念ね……。でも、再会出来て嬉しかったよ、セレバーナ」
「私もだ。今度会う時は、甘い物でも食べながら何気ない雑談をしたいな」
「そうね。お互い、積もる話も有るからね」
笑顔で握手をするセレバーナとクレア。
クレアはイヤナにも手を差し伸べて来て、別れの握手をする。
握手の習慣が無い地方出身のイヤナはその触れ合いに抵抗を感じているが、勿論その気持ちは笑顔の裏に隠す。
「明日あたり勇者に接触するから、成り行き次第では君の邪魔をするかも知れない。そうなっても怒らないでくれよ」
「怒ったりはしないわ。魔王信仰が背徳的である事は承知しているから」
「良かった。――願わくば、親といがみ合わないほしい。怪我を乗り越え、穏やかに生きてくれ。お大事にな、クレア」
そう言い残したセレバーナは、イヤナと共に歩いて行った。
残されたクレアは、静かに佇んでいる図書館に緑の右目を向けた。
「……ブラックさんとセレバーナの間に、そんな事情が有ったなんて。力を貸して貰えるかと期待したのに、これじゃ絶対に仲間になってくれないじゃない」
疼く左目に手を当てて涙を堪える。
泣いたら傷に沁みるので泣いてはいけない。
「やっぱり、私は女神に見捨てられているのかな」