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神学校の制服を着ている三人の少女が図書館の裏口に入ると、普通の受付みたいな空間に出た。
近所に商店が無いので、正面の方には軽食が食べられるラウンジが有る。
そこを極端に狭くしてカウンターだけにした様な場所なので、何も知らずに入ったら迷子の様に戸惑っていただろう。
「こんにちは。今日もお勉強に来ました」
左目を包帯で覆っているクレアは、自分の身体で隠す様にして受付のお姉さんにハンドサインを出した。
それが秘密の合図らしい。
合図を出せなかったら仲間ではないから追い出す、と言うシステムか。
「ようこそ。後ろのお二人はどう言った関係で?」
お姉さんの訝しんでいる視線が初顔の二人を嘗め回す。
「彼女達は顔パスの権利を有する者ですわ。なんと、セレバーナ・ブルーライトさんと、イヤナさんです」
受付のお姉さんは、眼を見開いて顎を引いた。
野山で凶暴な肉食動物に出会ったら、人はきっとそんな顔をする。
それを見て微かに眉を顰めるセレバーナ。
「私の名前で驚かれる事には慣れていますが、その様な反応をされると気分は良くありませんね」
「し、失礼しました。どうぞ奥へ。フリードリンクですので、お飲み物はご自由にどうぞ」
「ありがとう」
受付のお姉さんがカウンター脇に有るドアの鍵を開ける。
奥へと続く廊下には窓が無く、かなり暗い。
クレアは、未知の暗がりの様子を伺っている友人達を見ながら含み笑いをする。
「ウフフ。この中に居る人を見たら、セレバーナはきっと驚くわね」
「ん?知り合いでも居るのか?誰だ?」
「さて、どうでしょう」
三人の少女は細長くて一本道の廊下を進み、突き当りの部屋に入る。
かなり広い部屋の中も薄暗く、秘密クラブと聞いてイメージする雰囲気その物だった。
しかし恐怖を感じるほど暗い訳ではなく、ボックスの形で置かれている高級そうなソファーに座って談笑している数人の大人達の姿は苦も無く視認出来る。
高級そうな花瓶に大量の花が活けてあるので、ますます雰囲気が怪しい。
そう思っていると、たった今潜ったドアに鍵を掛けられた。
閉じ込められたとかそう言う事ではなく、人が出入りする度に開け閉めする決まりの様だ。
いや、待て。
そうすると、すぐ後ろに鍵を開け閉めした者が居た事になる。
ドアはクレアが開けたとは言え、全く気配に気付かなかった。
さすが長年隠れていた組織。
隠密行動に長けている様だ。
「ふむ。少し煙いな」
セレバーナはタバコの臭いに眉を顰める。
神学校は聖職者が集まるので喫煙者がほとんど居らず、最果ての村は貧しいのでタバコの売買が少ない。
だから黒髪少女は煙に縁が無く、耐性が無い。
一方、イヤナは異臭に慣れているのか平気そうにしている。
「大人が集まる場所だから、ここは私達が我慢しましょう。ええと――ああ、居らっしゃいましたわ。あの方は教団の幹部で、毎日いらしているのよ」
クレアが早足で一人の男性に近付いた。
そしてソファーの後ろから声を掛ける。
「こんにちは、ブラックさん。クレアですわ。今日は素敵なゲストをお連れしましたの」
「ん?誰だ?」
その声を聞いたセレバーナが片眉を上げた。
知っている声だが、誰だったか。
思い出せない。
必死に記憶を探っていると、男が立ち上がって入り口付近で立っている二人の少女に顔を向けた。
最初は可愛らしいお嬢さんを見る目付きだったが、すぐに小さい方の少女に気が付いて表情を曇らせた。
「セレバーナ、か?」
名前を呼ばれたツインテール少女は、そこでやっと声の主の正体を思い出した。
直後、焦げたクッキーを勿体ないからと無理に食べている様な顔になった。
何が有ってもクールな黒髪少女がこんなにも顔に皺を寄せるのは初めだ、と驚くイヤナ。
タバコの煙に咳をひとつしたセレバーナは、無表情に戻って口を開いた。
「お父さん?」