2
ティーポットとふたつのカップをお盆に乗せた黒髪少女がキッチンから戻って来たので、金髪美女は早速本題に入った。
「女神の鎧の調査の件ですが、問題が発生しました。コーヨコ家とヘンソン家からの返事が一向に来ないのです」
「む」
テーブルにカップを置いているセレバーナの動きが一瞬だけ止まる。
「コーヨコ家の事情はギルドで把握しています。当主がクエストに出掛けていて不在なので、返事が出来る状態ではないとの事」
「そちらは確か、勇者の家系でしたね。何ヶ月も返事が出来ないとは、強大な魔物でも出没したんですか?」
「詳細はこちらに」
脇に置いた書類入れから大きな茶封筒を取り出したティセは、それをテーブルに置いた。
紅茶を淹れ終わり、対面のソファーに腰を下したセレバーナがそれに金色の瞳を向ける。
「その事件が解決するまで、ギルドは動けません。クエストの妨害になりますからね」
「公的機関が動くと先方の迷惑になる訳ですね」
「冒険者ギルドとの関係も悪化します。ですので、コーヨコ家からの返事を急がれるのでしたら、セレバーナさん達に動いて貰う事になるでしょう」
「私達が動いても迷惑になると思うんですが」
「個人が本人に質問する程度なら、余程切羽詰った状況でない限りは対応して頂けるかと。あくまでも返事を急いでいるのなら、ですけどね」
「私達は世界の消滅を阻止する為に動いているのですから、多少の強引さは許して貰おう。と言う訳ですね」
「必要なら。クエストの進捗状況を教えて貰うだけでも違うと思います」
「そうですね。――ヘンソン家の方は?」
「そちらは完全に音信不通です。セレバーナさん達の同窓のご実家でしょうから、ギルドが動くよりも情報収集がやり易いのではないでしょうか」
「その同窓であるヘンソン家の娘はギルドで再修行すると言っていたのですが、彼女はギルドに行っていないのですか?」
「ギルドに入る為の審査は春のみですから、まだですね。昔は秋にも審査が有ったのですが、希望者の激減で春のみとなっています」
「その審査とは、神学校の入学試験と同じ意味の物ですか?」
「そうです。魔法使いとしての才能を見るので『審査』と呼称されています。魔力が無い者をギルドに入れても仕方が有りませんから」
「なるほど。サコはすでに魔法の杖を入手しているので、審査に落ちる事は無いでしょうね」
「はい。数分で合格になるでしょう」
「話を戻します。つまり、コーヨコ家とヘンソン家の返事が欲しければ、両方とも我々が動け、と」
「今すぐに返事を欲するのなら。セレバーナさん達が急がれないのであれば、先方からの返事を待っても結構です」
「急がないつもりでいますが、このまま座っていたら、もう数ヶ月待ってしまう事も有り得ますよね」
「可能性は有りますね。どちらにせよ、この件に関してはギルドが今すぐ動く事は無いでしょう。――これはシャーフーチ様とギルド長からです」
ティセは重そうなサイフを封筒の隣に置いた。
当面の生活費か。
「ありがとうございます、とお伝えください。ドラゴンの自我はまだ目覚めませんか?」
「まだ、との報告を受けています」
「分かりました。ここで上げ膳据え膳を楽しんでいるのが心苦しくなって来たところでしたので、頑張って働こうと思います」
「確認です。それは、返事を得る為に貴女達が動くと?」
「はい。まずはヘンソン家の方からでしょうね。イヤナならそっちを優先すると言いそうですから。私もそちらから当たりたいです」
「分かりました。では、その様にギルド長に伝えます。失礼します」
紅茶を一口飲んだティセさんは、格好良く退室して行った。
身体の線が出るスーツは、その後ろ姿もセクシーだ。
「ふむ。良い尻だ。あれだけ女らしい身体をしていたら、そりゃ自慢したくなるだろうな」
誕生日が過ぎて十五歳になったセレバーナだが、体格はまるっきり成長していない。
その幼女の様な身体のせいで心臓に持病が有り、仲間達に心配を掛けたりもした。
だから、健康とフェロモンが溢れ出しているあの身体が羨ましい。
かなりどうでも良い事だから、すぐに気持ちを切り替える。
「さて。書き物以外の用事が出来たな。勇者はどんなクエストを行っているのかな?」
セレバーナは、カップを洗ってから茶封筒を開いた。
最初はイヤナが帰って来るまで待つつもりだったが、他にやる事も無いから現状を把握しておいても構わないだろう。
中身は数枚の書類で、クエスト内容と現場の地図が入っていた。
金色の瞳で文字を追うセレバーナの眉間に皺が寄る。
「……!神学校で傷害事件が起こった、だと?」
どうして警察ではなくて勇者が動いている?
新聞は毎日読んでいるが、神学校の事は何も書いてなかったぞ?
「こう言う不安は好みではないから急ぎたいが、イヤナを待たないとな。ううむ。何が起こっているのだろうか」
腕を組んだセレバーナは、母校を案じて落ち着き無く部屋の中をうろついた。
なぜ重大事件がニュースになっていないのか。
「待てよ。勇者が出張っていると言う事は、犯人は魔物か?それなら不安を煽らない様に秘密にするか」
女神教の重要施設である神学校が有る街で邪悪な魔物が暴れたとなると、全国に衝撃が走るだろう。
教会が情報規制に乗り出してもおかしくない。
しかしセレバーナは自分で自分の考えを改める。
「いや、違うな。人でも魔物でも、余程の大事でなければ新聞沙汰にはしないな」
神学校は、かなり閉鎖的な所だ。
学校の評判が落ちそうな情報は外に漏らさないだろう。
セレバーナの様な一般人だけではなく、良家のお坊ちゃんお嬢様も寮生活をしているので、そう言った筋からの寄付金が減ったら困るからだ。
もしもその予想が正解なら、事件は隠ぺい出来る程度の些細な出来事だった、と言える。
それなら心配しなくても良い。
何が有ったかは気になるが、はやりサコの方を優先した方が良いか。
そっちはどう言う状況かの情報が一切無いのだから。




