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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第八章
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「待てぇ、セレバーナぁ!」


野生化したエリザエルザも中庭に飛び出して行く。

魔法使いが本業ではないせいか、ティセの魔法力はそんなには持続しなかった。

魔力が尽きた美人秘書は大理石の床に膝を突いて呼吸を整えている。


「マギ!エリザエルザはどうしてセレバーナを襲おうとしているの?」


逆立てた金髪の後ろ姿を追い掛けながら訊くイヤナ。

赤髪おさげの裏に潜んでいたトンボ羽根の妖精が耳打ちする。

その言葉は結構長かったので結構な量の魔力が吸われたが、構わず最後まで聞く。


「なんて事……」


中庭に出たイヤナは、対面の建物の中に入って行ったエリザエルザを追いながらテレパシーを送る。


『セレバーナ!マギに贖罪のローブの事を訊いたよ!』


エリザエルザは生まれ付き魔法の才能に秀でていた。

だから地元の期待を背負い、一旗揚げる為に魔法ギルドで住み込みの修行を始めた。

しかし上には上が居て、ギルドでの順位は万年三位。

点数の差は小さくて希望が有ったので、持ち前の勝気な性格も合わさって、腐らずに何年も頑張り続けた。

魔法の杖を得た後も努力を惜しまず、今年の秋になんとか二位になる事が出来た。

もう少しで一位、と言ったところで嫌な噂を聞いた。

遠く最果ての地で修行している魔王の弟子達が、異例の早さで試しの二週間をクリアし、数ヵ月で魔法具作りに成功したと言うのだ。

外部で修行するとギルドの順位には参加出来ないが、師匠達の間では魔王の弟子は四人共現在のギルド一位を上回る才能を持っていると噂していた。

だから、その中でも特に優秀だと言われている神学校出身のセレバーナを憎んだ。

彼女が居る限り、エリザエルザは一位になれない。

今の地位だって寝る間を惜しんで勉強した結果だから。

彼女を越えるには命を懸けるレベルの激しい修行を乗り越えるか、もしくは彼女の存在を消すしかない。


『命を懸けて一位になっても未来が無いから、邪魔者を消したかった。贖罪のローブはその心に応えて長い眠りから覚めたんだって!』


『やはりそうか。理不尽な逆恨みには慣れているが、ここまで来るとさすがに迷惑だな』


『解呪方法も聞いた。どこかに姿見は有る?醜く変わった自分の姿を見せれば良いんだって』


『姿見?ええと、見える範囲には無いな。と言うか、もう走れん。寒い中、急に走ったから心臓がヤバイ』


まずい。

マギに大量の魔力を吸われたので、セレバーナを連れての転移は出来ない。

セレバーナも長距離の転移をした直後だから無理だ。

それ以前に、エリザエルザを放置して逃げる訳には行かない。

自分達がここに来たせいでこうなったも同然だから。


「どうしよう、どうしよう――あ、そうだ!」


奥歯を噛み締めたイヤナは、一瞬のひらめきを得た。

穂波恵吾の記憶を受け継ぎ、大幅に知識が増えたお陰で思い付いたんだろう。

急いでシャーフーチにテレパシーを送る。


『お師匠様!お力を貸してください!セレバーナを助けてください!』


『はいはい。一人前の魔法使いからのクエスト依頼と言う事になるので、そこそこお高い報酬を貰いますよ?』


『何でもあげますから、エリザエルザを傷付けないで動きを止めてください!』


『難しい事を言いますねぇ。私は人前に出られませんので、単純な足止めしか出来ませんよ?』


『今はそれで十分です!動きが止まりさえすれば、後は私が何とかします!』


テレパシーを切ったイヤナは、走りながら両手で雪を掬った。

それをオニギリの様に握り締めながら建物内に入る。

沢山の窓口が有る広いロビーでは、突然現れた魔物に驚いた魔法使い達が悲鳴を上げて逃げ回っていた。

数人の勇敢な魔法使いが火や雷の魔法を使って攻撃している為、息が上がっているセレバーナはまだ無事だった。


「攻撃しないでくださーい!アレはエリザエルザさんでーす!魔物ではなく、人間でーす!」


イヤナは叫びながら魔物を庇う位置に立つ。

数発の魔法を身体に受けたが、悲鳴を上げずに根性で踏ん張る。


「君、危ないから退きなさい!」


中年男性の魔法使いが言うが、イヤナは首を横に振る。


「攻撃しないでください!エリザエルザさんは魔法具に操られているだけなんです!」


魔法使いによる攻撃が止んだ事を確認したかの様なタイミングで、床からタケノコが生える様に数本の氷柱が現れた。

それらは馬の後ろ足の様な形になったエリザエルザの脚に纏わり付き、次々と合体して行った。

この魔力、シャーフーチの足止めか。


「グアオゥーッ!ギャオゥーッ!」


異形の怪物は前に進もうとするが、足が凍り付いて動けない。

一先ず状況が膠着したので、魔法使い達は落ち着きを取り戻す。


「ところで、エリザエルザとは何だ?」


「修行中の若者だ。優秀らしいから名前だけは知っている。師匠は、ええと、誰だ?」


「確か、ワオカエ・ココナよ。呼んで来るわ!」


別の騒ぎが広がりつつあるロビーの中で、胸を抑えたセレバーナが怪物との距離を取りながら訊く。


「イヤナ。これからどうするつもりだ?」


「マギに贖罪のローブの名前の由来を聞いているから、多分大丈夫!」


そう言ったイヤナは、手に持っていた雪を魔法力で溶かした。

そして出来た水を板状に凍らせ、鏡にしてエリザエルザに向ける。


「見なさい、エリザエルザ!貴女の顔を!」


自分の顔を見た怪物の動きが止まる。


「凄いな。熱で雪を溶かし、それを凍結させ、重力制御で浮かし、光の屈折を利用して鏡にしている。四種混合魔法か」


息を整えているセレバーナは、胸が苦しいが座り込まず、いつでも逃げられる体勢で構えている。


「エリザエルザの成長を期待している貴女のお母さんは、エリザエルザをそんな顔に産んだの?」


「オ、オカアサン……?」


「そんな力に頼って、自分より上の者を暴力で排除して、それでエリザエルザは胸を張って故郷に帰れるの?」


「チガウ、ワタシはそんなツモリじゃ」


「エリザエルザ!」


魔法使いのローブを着た中年の女性が現れ、厳しく一喝した。

その後ろには先程の二人の少女と二十代中頃の女性が居る。


「シ、師匠」


「何ですか、この騒ぎは」


師匠の登場にエリザエルザが情けない顔になる。

鋭く尖っていた牙が薄皮が剥げる様にして崩れ、元々の形である人間の歯に戻って行く。


「そして何ですか、その姿は。情けない。たかが魔法具に心の闇を突かれるなんて、それでも私の弟子ですか!」


師と呼ばれるだけあって、魔法具による暴走を言葉だけで押さえ付けられるその威圧感はさすがとしか言い様がない。


「卒業が近いからと焦ったんでしょう。その気持ちは分かります。でも、そうなるまで浸食されたら、最早魔物です!」


「チガウ、ちがいマス、ワタシは、こんなの望んでイマセン!」


「なら、自分の力で邪悪を撥ね退けなさい!出来なければ、貴女の師であるワオカエ・ココナは、ヒカル・ワカミト先生と共に貴女を退治しなければならない!」


二十代の女性が中年女性と並んで立ち、二人で魔法の杖を構える。


「エリザエルザさん!貴女の優秀さは私も知っています!胸を張りなさい!自分の誇りを示しなさい!」


「エリザエルザ!私の弟子なら出来るはずです!」


「うウゥ。うああぁ!私は、こんな物には負けませんッ!」


眩しい光を放ち、贖罪のローブと分離するエリザエルザ。

身体を変形させていた魔力の欠片が周囲に飛び散り、春に降る雪の様に溶けて消えた。


「そう、それで良いの。立派だったわ、エリザエルザ」


「ごめんなさい、私、私……」


笑んだ師は、変身の影響で脱力している弟子を抱き締めた。

さり気無く治癒魔法を使っている気配がする。


「弟子を信じ、あえて厳しい言葉を、か。……良い師匠だな」


緊張を解いたセレバーナが呟くと、多数の窓口が有るロビーに氷が割れる音が響いた。

イヤナの魔力が尽き、氷の鏡が床に落ちたのだ。


「良かっ、た……」


膝から崩れ落ちるイヤナ。

そしてうつ伏せに倒れる。


「イヤナ、しっかりしろ!」


リノリウムの床に頬を付けたまま、駆け寄るセレバーナに顔を向けるイヤナ。


「大丈夫よ……。マギへ供給する分の魔力を残す為に楽な姿勢を取ってるだけだから……」


「そうか。だが、床は冷たい。素早く魔力を回復しないと体力まで失ってしまう」


「分かってる……」


イヤナは、月織玉を育てる時に自分で開発した呼吸法で魔力の回復を始める。


「すみません、ワオカエ・ココナ先生、ヒカル・ワカミト先生。私の不手際でこの様な事になってしまいました」


遅れてやって来たティセが頭を下げ、展示室で起こった事を師匠達に説明する。


「我が弟子エリザエルザはそこで無意味な意地を張り、そのせいで魔法具に心の弱さを付け込まれた、と」


「いいえ、違います」


断言したイヤナは、弱々しく立ち上がる。


「心の弱さは誰でも持っています。でも、気の強い子はそれを認めたがらない。この贖罪のローブは、それを自覚させる為のアイテムだったんです」


イヤナは赤黒い外套を拾い、綺麗に畳む。

解呪に成功すれば休眠状態に入るので、しばらくはただのローブになる。


「能力が高いせいで慢心した人にこれを着せると、ローブの魔力がその人を怪物に変化させます。その姿が醜いほど心が弱いそうです」


綺麗な細い足に戻っているエリザエルザは、ゆっくりと師から離れてイヤナの言葉を真剣に聞く。

床から生えていた氷は薄い膜の様になっていて、金髪少女が動くと微かな音を立てて崩れた。


「醜くなった自分の姿を反省させ、自分の弱い心を自覚させる。そして、迷惑をかけた人に謝罪させる。だから贖罪のローブと言う名前だったんです」


「なるほど。元々は精神修行用の魔法具だったと。――これを作った人は、かなりのスパルタですね」


笑んだワオカエ・ココナは、赤髪少女とスーツの美女を順に見る。

ティセはかすり傷を受けて出血し、イヤナは炎と雷の攻撃を受けたせいでコートが焦げている。


「お二人にも怪我をさせた様で。ですので、ギルドのルールに則り、エリザエルザには懲罰を受けて貰います。――分かっていますね?エリザエルザ」


「はい。イヤナさん。セレバーナさん。ティセさん。申し訳有りませんでした」


しおらしく頭を下げたエリザエルザは、師と共に去って行った。

成り行きを見守っていた大勢の魔法使い達も、事の終結を感じ取って自分の仕事に戻って行く。


「懲罰って何ですか?ティセさん」


イヤナは、コートの焦げ跡を擦りながら訊く。

少々ザラ付いているが、修理が必要な程ではない。

魔力の残量が少なくなっている今の世界では、一人前の魔法使いでも咄嗟には攻撃力の高い魔法は使えない様だ。

お陰で助かった。


「修行中に魔法を使って不正、もしくは犯罪行為を行った場合、師匠が然るべき罰を与えなければならない。魔法ギルドのルールのひとつです」


そう言ったティセは自分の腕を見る。

エリザエルザの攻撃によってスーツが破れている。


「私の怪我を暴力行為として訴えれば犯罪行為とみなされます。だから懲罰を与えないといけないんです」


「訴えるんですか?」


「まさか。私のミスが招いた事ですし、そんな事はしません。しかし、ルールはルール。従わなければなりません」


不安そうな目をしているイヤナに穏やかな笑みを向けるティセ。


「ワオカエ先生は立派なお方ですから、エリザエルザが納得する形の罰をお与えになるでしょう。エリザエルザの救いになる罰を」


「なら、良かったです」


「一件落着、だな」


セレバーナも安心し、コートの皺を伸ばす。

しかしイヤナは表情を固くしてティセに贖罪のローブを返した。


「セレバーナ。もう勇者装備の記憶を見るのは止めよう。危ない」


「そうだな。有益な記憶が有ると分かっている物以外の記憶を見るのは止めておこうか。こんな事がまた起こったら敵わん」


「うん。それに、お師匠様に助けて貰っちゃったし、いろんな人に迷惑掛け捲った。一人前になったのに、情けないったらない」


イヤナは辛そうな表情で頭を掻く。


「凄い知識を得て、調子に乗ってた。私はバカなのに、お師匠様やセレバーナと肩を並べた気になって。私はもっとシンプルに考えなきゃいけないんだ」


小声で反省したイヤナはティセに身体を向ける。

そして申し訳なさそうに頭を下げた。


「お騒がせしました。こんな事になってしまったので、私達は反省してちょっと大人しくします。ギルド長様にはそう伝えてください」


「今回の事は事故みたいな物ですから、お気になさらず。ここでは未熟な弟子による魔法暴発事故はしょっちゅう起こっています。こんな大騒ぎも日常の一部です」


少女達を気負らせない為か、ティセは笑顔で軽口を言った。

だからイヤナもいつもの笑顔を返して頷いた。

セレバーナも、いつもの無表情で頷いた。


「じゃ、ティセさん。ありがとうございました」


改めて頭を下げるイヤナ。

ティセも会釈を返す。


「数多くの不手際、申し訳有りませんでした。では、事後処理がございますので、私は秘書室に戻ります。構いませんね?」


「はい。私達は自前の転移魔法で帰ります」


金髪の美女と別れたイヤナは、自分の師にテレパシーを送った。

方向的には、まだ展示室に居る。


『お師匠様への報酬は、また後で届けに来ます。えっと、何を持ってくれば良いのでしょうか』


『うーん、そうですねぇ。王都で人気のスイーツを、五人分で。迷惑を掛けたテイタートットとその秘書さん達にも分けるので。楽しみにしていますよ』


テレパシーの気配が消えるのを待っていたセレバーナは、遠巻きにこちらを見ている異国の少女と緑の瞳の少女に顔を向けた。

どうやら怖がっているらしく、慌てて柱の向こうに隠れた。

多分、魔王の弟子は恐ろしかったと言う噂が広まるだろう。

困った事になったが、こんな騒ぎを起こしてしまっては間違いじゃないので誤解は解き難いだろう。


「転移用の魔力を確保したら、ホテルに帰って身体を休めるか。疲れた」


白い溜息を吐いたセレバーナは、左胸に手を当てた。

分厚いコートの上からでは鼓動は感じないが、発作の気配は無い様だ。


「私も疲れた。あそこのソファーに座って魔力を回復させよう」


「そうだな。――雰囲気を変える為に頭を切り替えよう。夕食は美味しい物が食べたいな」


「良いね。何食べたい?」


二人の少女は、まだ浮足立っているロビーの中を歩いて行った。

第八章・完

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