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「ねぇセレバーナ。今見た記憶って、どう言う事?この剣を造らせたアイアンマテリアルは、これを女神殺しの剣って考えていた様だけど」
ベッドの上で横座りになっているイヤナが訊く。
「女神の名前が素材だった意味が分かったな。同時に、ソレイユドールがドラゴンに転生した発想の原点も分かった」
セレバーナはベッドを椅子にして剣を見下ろす。
「女神達を産んだ世界神は、負けた女神の身体を世界の拡張に使う事を想定していた様だな」
頷くイヤナ。
「元々は女神の死体を使って世界を丸くしようとしてたみたいだね。その意思に忠実だったアイアンマテリアルは、敗者を楽に殺せる様にこの剣を造らせた」
ファンガーマテリアルのリビングに攻め込んだアイアンマテリアルの勇者は、そこを守っていた勇者に返り討ちに遭った。
激戦の果てに敗走したので、大切な剣をそこに残してしまった。
『女神の慈悲』を持つには『女神の雫』が必要な為、持ち主が怪我をしたら誰も持ち運べない。
だからそのまま放置せざるをえなかった、と言う経緯だった様だ。
現在は所有者以外も動かせるただの重い剣になっているが、それは勇者が居なくなった事による『辻褄合わせ』で間違い無い。
女神が去ってからソレイユドールが転生するまでの間、誰も使えない物が世界の中に存在していたのが『不自然』だったから。
円卓がひっくり返っていたのも、その戦いの痕跡らしい。
戦いで疲弊していた二人の女神は、その直後に隙を突かれてストーンマテリアルに制圧されている。
その出来事を夕食会のつまみとして語ったストーンマテリアルの勇者が居た為、穂波恵吾の記憶に剣の情報が残ったのだ。
夕食会とは何か。
女神の勇者は昼間しか冒険せず、夜は全員が揃っての宴会を開いていた。
勇者達は国中の拠点に散らばっているが、日暮れ後に魔法の扉をくぐればどこからでも宴会場に行けた様だ。
『辻褄合わせ』の影響によって宴会場は消えているが、最果ての遺跡に小部屋が沢山有ったのは酔った勇者が休む為だったらしい。
その宴会の最初に『女神の祝福』を受け、勇者が得た経験値をパラメーターに変換する作業を行う。
それが夕食会だ。
穂波恵吾は地上の仲間と冒険していたので夕食会は数回しか参加していなかったが、その席で勇者達が『女神の祝福』を受けている様子を見ている。
それが何なのかは、今のところは全く分からない。
『経験値』、そして『パラメーター』と言う概念は地上に存在しないから。
「対女神用の武器だったから、勇者が使っていたとしても勇者装備ではない。だから勇者が消えても剣が残っていたんだな」
「他の女神も自分の素材に沿った女神殺しの武器を作っていたのかな」
「多分な。消えてなかったら、それらも残っているだろう」
「女神の殺し合い、か。女神様って何なんだろう。愛とか慈悲とか、そんなのを全然感じないんだけど」
「まぁ、まだ女神の見習いだったからな。女神の自覚が無かったとしてもしょうが無いだろう。今の我々と同じだ」
「うーん……」
イヤナは納得していない様だが、そこに拘ってもラチが明かないので、セレバーナは腕を組んで話を進める。
「女神殺しの武器が残っているのなら他の遺物も探した方が後々の役に立つかも知れないが……どうするかな。大した知識は残っていないみたいだしな」
「でも、勝者のストーンマテリアルは全員を生かしてたよね。女神殺しの武器も作ってない」
「この世界を捨てたと言う事は、一から世界を造りたかったんだろう。他の女神から見れば旧世界神に逆らっているが、その気持ちは分からなくもない」
他人が造った土台を利用した物作りは楽だ。
素材の全てが手元に有るのだから。
だが、一から世界を造れば、存在する全てに自分の意思を反映出来る。
世界を造る神としての心構えとしては、それが一番の正解だろう。
「男性化した他の女神はその手伝い、って訳ね」
「うむ。男性化には、他の女神に敗れた女神を生き返らせる目的も有った様だな。女のままだと退場の決定が覆らなかったんだろう」
「でも、そうすると、私達も殺し合いをしないと世界は丸くならないって事になるんじゃ?」
殺意の無い目でセレバーナを見るイヤナ。
「どうだろうな。人一人の肉体が世界の基礎になるとは思えんが。小さすぎる」
「そこはホラ、『辻褄合わせ』でチョチョイっと。国中の人が一斉に発生するんだから、結構何でも有りだし」
「ありえるが。――それに、イヤナは『女神の雫』を持っているが、私は女神的な物を持っていない。素材にならない」
「でも分からないじゃない、そこのところは。女神候補なら何でも良いとか?――どうする?私、嫌だよ?殺し合いなんて」
「私もだ。体力差が有るから、私は絶対に勝てないしな。まぁ、基礎になるつもりのソレイユドールが居るから、私とイヤナで争う事は無いだろう」
「じゃ、ソレイユドールを、ドラゴンを殺さないといけないの?クリッコと同じ様に、土に埋めて世界の基礎にするの?」
セレバーナはそれには返事をしなかった。
十中八九そうなるだろうが、ソレイユドールの意識が戻らないと何とも言えない。
だから腕を組んだまま話を逸らす。
「剣には女神の鎧の能力に関する知識も有ったな。見えたか?」
「世界を形作るシステムに直接アクセスする能力だったね。それを利用して女神殺しの武器は作られた訳だね」
「うむ。――膨大な知識を得たせいか、イヤナとの会話がスムーズに進む。やはり知識は偉大だ」
「そうだね。で、これからどうする?殺し合いをしないなら、この剣もいらない訳だけど。大切な物だから、ユゴントの人達に返す?」
ベッドの上で姿勢を変えたイヤナは、剣に布を巻いた。
物騒な話をしている横に刃物が有るのは落ち着かない。
「ソレイユドールを殺すのに必要になるかも知れないが、それはシャーフーチの仕事だ。彼が来たら相談しよう」
「うん」
「相談の結果次第では、他のパワースポットに残されているかも知れない女神の遺産に触れてみるのも良いかもな。大した知識でなくとも、増えて損は無いだろう」
神学校の制服を着てベットに座っているセレバーナは、足も組んだ。
分厚いタイツを穿いているので組み難い。
「別の道が見えるかも知れないしね」
「うむ。それをするにも気絶対策をしなければ。ギルド長がここに来てくれればお知恵を借りられるんだが、無理だろうな」
問題は、膨大な知識を得た脳が正常な状態を保てるか、と言う事だ。
下手をしたら気絶したまま帰って来れなくなる可能性が有る。
人格を保てる保証も無い。
やはり止めるか。
うーむ、どうしよう。
「まぁ、知恵を借りるのはシャーフーチで良いか」
「うん。よっぽどの夜中にならない限り、お師匠様はいらっしゃるだろうしね。じゃ、摘んだ薬草で試作料理でも作って待ってようか」
キッチンに行った二人の少女は、味を濃くせずに薬草の味を美味しく表現する方法を巡って仲良く言い争った。




