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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第八章
263/333

26

ローブに似たゆったり目のワンピースと水筒を持ったセレバーナは、歌に包まれている薬草畑に足を踏み入れた。

畑の外周を沿う様に配置されている数十名の歌い手達は、全員がセレバーナが持っているローブと同じ物を着ている。

これは神聖な儀式に挑む者が着る正装で、薬草畑に入っているセレバーナも着せられた。

ただ、健康上の理由から身体を冷やせないセレバーナだけは、神学校の制服の上からローブを羽織っている。

歌い手とセレバーナの違いはそれだけではない。

歌い手達は、口だけが出ているベールを被っている。

だから歌い手達の顔は分からないが、その歌声は女性の物だけだ。

肥料病に罹った者が男性だった場合は歌い手が男性になるらしい。

彼女達が歌っているのは、この儀式の為の禁歌だそうだ。

何代も前の巫女から剣を持つ能力が失われているので、何十年以上もの長い間歌われた事が無い。

なのに、とても綺麗に揃っている。

力を持つ歌の全てを完璧に歌える様になるのが歌詩魔法を習得すると言う事なのだろう。


(女神魔法で一人前になるよりも大変そうだな)


そんな事を考えているセレバーナは、壁が布になっている小屋を無表情で見詰めている。

あの中ではイヤナが妊婦の腹を割いている。

人聞きの良い言い方をすれば、帝王切開をしている。

イヤナは医師免許を持っていないので、本格的な違法行為だ。

しかしここの存在は外に知られていないので、バレなければ大丈夫だ。

少なくとも人助けではあるのだから、わざわざ外の法に照らし合わさなくても構わないだろう。

禁歌は絶え間無く続く。

その透き通った歌を聞いていると、一人の女性が小屋から出て来た。

布の固まりを抱いたまま、全力で畑の外へと走って行く。

あの布の塊の中に赤ちゃんが入っているのか?

分娩をするには二ヵ月位早いので、畑の外で治癒歌詩係と旦那さんが待っている。

そちらに向かって急いでいると言う事は、未熟児ながらも命は無事。

つまり子宮の中までは肥料化が進んでいなかった、と言う事か。

良かった良かった。


(いや、待て。産声が聞こえないが、大丈夫なのだろうか)


入り口の方を見ると、ハチの巣を叩いた様な騒ぎになっている。

声を出さないのは儀式の邪魔になるからだろう。


(あの様子だと、多分息は有るな。――さて、そろそろ儀式が終わるか)


数分後、儀式用のローブを着たイヤナが小屋から飛び出して来た。

ベールが落ちるのも構わずに三十メートルくらい走ったところで膝から崩れ落ち、畝と畝の間で四つん這いになる。


「うっ、うぉぐっ……うげええぇぇぇえ」


イヤナの吐瀉物は緑色だった。

そう言えば、この地下に強制転移させられた時、ここに生えている薬草を使った料理を食べていたな。


「お疲れ様。さすがのイヤナでも人の解体は辛かったか」


急いでイヤナに駆け寄ったセレバーナは、丸まった背中を優しく擦る。


「う、うん。腑分け自体は平気だったんだけど、臭いがヤバかった。血と草とカビが混ざった臭いが小屋中に――」


吐いた直後なのでイヤナの声は苦しそうだ。


「解説しなくて良い。ほら、水だ」


「ありがと」


セレバーナから水筒を受け取ったイヤナは、音を立ててうがいをした後、水を吐き捨てた。

無駄にならない様に畝に沿って吐いている。


「着替えも用意したが、返り血は無い様だな」


「うん。身体のほとんどが苔になっていたから、血は全然出なかった。あんなだったのに赤ちゃんが無事だったのは」


弱々しく立ち上がったイヤナは、もう一度軽くうがいをしてから水を飲んだ。


「きっとお母さんの愛が奇跡を呼んだんだね」


苦笑するセレバーナ。

自分の母は幼い頃に亡くなっているので、その理屈は良く分からない。

分からないが、奇跡はきっと有るのだろう。


「愛か。母の愛は土地の呪いも退けるか」


「呪い、なのかな」


「人柱が必要なシステムは真っ当ではないから、適当な言葉を当て嵌めてみただけだ。この土地の人に聞かれたら不快になる言葉だろうな。失言だった」


悪びれていない無表情で腕を組むセレバーナに青褪めた笑みを向けるイヤナ。


「ここの人達に受け入れられているとしても、そんなシステムは間違ってるよ。私、女神になったらここの人達を開放したい。出来るかな」


「さぁな。新たな女神の力がどれだけの物か分からんから何とも言えん。そう言えば、女神の慈悲は?」


「中に残して来た。吐き気を我慢出来なかったから。すぐに取りに戻るよ」


イヤナは小屋に顔を向ける。


「最後、首を落とす前に感謝された。子供を救ってくれてありがとう、って。産まれた子が幸せになる様な世界を作るよ、私」


「責任重大だな。――さて。機を見て剣を持って来てくれ。貸して貰う相談をしないといけないからな」


「そうだね。でも、貸してくれるかな」


「なぜあれが必要なのかを正直に言えば通じるだろう。先程、詳しい事情は誰にも話せないと断っておいたから、巫女様だけに話すと言えば効果的になる」


女神がこの世界から去り、自分達のどちらかが新しい女神にならなければ世界は消滅する。

そんな荒唐無稽な話が信用される保証はないが、こんな風習が残っているこの国では、少なくとも一笑で終わる事は無いだろう。

信用されなかったら、そう思われるのが分かり切っているから口外出来なかった、と言えば良い。


「え?まさか、全て計算尽く?」


吐き気が治まったイヤナは口元を手首で拭う。

借り物のローブが汚れない様に、袖を捲くって。


「まさか。それとなく自分に有利になる様に動くクセが付いているだけだ。いくら何でもそこまで先を読んでいる訳ではない」


「良く分からないけど、何となく酷い事を言ってる様な」


「気にするな。話を戻そう。君の決意も添えれば、剣を貸して貰える可能性は高まる。誠意をもって接すれば信じて貰えるだろう」


「うん」


「私が交渉すると、使い道の無い物を有意義に使ってやる、的な物言いになる。それは良くない。だから、説得は主にイヤナがやってくれ」


「そっか。分かった」


そっちの願いを聞いたんだからこっちの願いを聞け、じゃまるっきり脅しだからな。

と言おうと思ったセレバーナだったが、口を閉じた。

儀式の歌が終わり、巫女が小屋から出て来たからだ。

イヤナの姿を確認したドドコは、剣を気にする様に小屋に視線を向けた。

剣が回収されたら、あの穴は塞がれる。

肥料と化した女と共に。

そして今後しばらくは薬草の豊作が約束される。

閉じられた地下でも連作障害が起こらない、良く出来たシステムだ。

もしもここの女神が勝っていたら、世界の全てがそのルールに支配されていたんだろうか。

そして、全ての女神が混在していた時代は、異国の全てが違うシステムで形作られた文化を持っていたんだろうか。

もしかしたらまだ残っている異国文化が有るかもしれないが、それを探すのは自分達の仕事ではない。

女神の知恵が残っている保証が無い地域に構っている時間は無いのだ。

残念だ。

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