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ふたつ折り状態で敷いたピクニックシートが動かない様に、セレバーナのリュックを端に置いて重しにした。
「さてさて。異世界の知識を利用して作ったこの水筒。本当に機能しているかな?」
毛糸の帽子を被っている黒髪少女は、そのリュックから金属製の水筒と二個のカップを取り出した。
水筒の蓋を慎重に開けると、沸かし立ての様な湯気が上がった。
「おお、本当に温かいままだ。魔法瓶と言う名前通り、魔法の様だ。なのに魔力を消費しない。科学とは本当に素晴らしいな」
ブーツを脱ぐと足が冷えて体力を奪われるので、シートに膝立ちになってお茶を注ぐセレバーナ。
ふたつのカップにお茶を注いだ黒髪少女は、水筒の蓋をしっかりと閉めてからリュックの中に仕舞った。
それから二人で横座りになる。
「ふぅ、温まる」
お茶を啜った後、白い息を盛大に吐くセレバーナ。
寒さのせいで顔色が悪かったが、頬に紅が差している。
「科学って凄いねー。真空が温度を通さない、だっけ?――真空って何?」
イヤナもお茶を飲んで一息吐く。
二人の吐く白い息が、カップから登る湯気と合わさって視界を遮る。
「空気が無い状態を真空と言うのだ。温度は空気を伝って逃げるから、空気を無くせばお茶の温度が下がらない。と言う理屈で水筒を作ったのだ」
「ふーん。私の頭の中にもその知識が有るけど、理解出来ないんじゃ宝の持ち腐れだよね」
「まぁな。だが、義務教育が当たり前な異世界では全員が学校で教わるから子供でも理解している。理解しようと思えば誰でも理解出来るはずだ」
「そうかなぁ。そうなんだろうけど、実感は無いなぁ」
「学ぶ姿勢とやる気次第という事だな。――だが。この知識を広めて科学が進歩すると、世界に魔力が残っていても魔法使いは減るだろうな」
セレバーナは無表情で言う。
カップから登る湯気を鼻から吸って冷たくなった鼻孔を温めているイヤナがしんみりと応える。
「かもね。もしも世界から魔力が無くなったら、その形に変化させるのが一番良いんだろうけど」
「魔法使いは絶滅し、魔法使いギルドは機械を生産する企業に産まれ変わる、か。そんな無茶な『辻褄合わせ』をしたら、何人の魔法使いが旧世界に消えるかな」
「誰も消したくないけど、どうすれば正解かが分からない。だからこうして女神の知恵を探しに来てるんでしょ?」
「そうだが、犠牲者ゼロにする知恵が有るとは思えないんだ。国内に居る世界に関係無い一般人でも、我々が認知していない人がどうなるか。予想も付かない」
「認知していない人?」
「例えば、王都で擦れ違った通行人は大勢居る。その中の一人が人知れず消えたとしても、私達にはそれに気付く術が無いと言う事だ」
「女神は世界の全てを見ている、って話だから分かるんじゃない?あれ?それってどこから出た話だっけ?あれれ?」
それは現在の女神教の教えだ。
イヤナはまだ記憶の混乱を残しているか。
「まぁ、どんな結末を選択するかは未定だが、世界が消えるよりは良い。さて、一服が済んだら薬草を摘むか」
一気にお茶を飲み干したセレバーナは、分厚いタイツを重ね着している膝を叩いて立ち上がった。




