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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第八章
247/333

10

戸惑いの生唾を飲んだペルルドールは、険しい表情になっているセレバーナに訊く。


「お願いとは?」


「残り五年で魔法力が無くなる。それまでに私かイヤナ、もしくは二人共が女神になる。そうなると、こうして人前に出られなくなる可能性が有る」


顎を引くペルルドール。

それは最初から予想していた。

だから自分は女神になる事を辞退し、こうして城に帰って来たのだ。

大切な目的が有っての弟子入りだったし、王位継承権を持つ者が国民の前から忽然と消える訳には行かないから。

だから道場の一人娘であるサコも辞退し、自身の目的を果たす為に実家に帰った。


「そうなった時、人々の意識が古いままだと困るのだ。五年以内に、巷に普及している地図を平面から球体に変える必要が有る」


「理解はしていませんが、取り敢えず続きを伺いましょう」


「詳しい内容は後日書類に纏めて提出する。その纏められた物を世間に広めて欲しいのだ。王家の力を使ってな」


「想定した通りに人々の意識が変わるとどうなるんですか?」


「予想でしかないが、新しい女神が誕生すると同時に世界が一変する。それが意識的に起こす最後の『辻褄合わせ』だ」


「『辻褄合わせ』を頻繁に起こすと世界の時間がおかしくなるから、なるべく起こしたくない。との認識で良いですか?」


「それで良い。物理の理論では距離や時間の変化は頻繁に起こっているが、それは人が支配している物ではない。だからここでは気にしない」


王女の理解度に構わず話を続けるセレバーナ。


「最後の『辻褄合わせ』が行われたその時、旧世界と新世界の差が大きいと激しい不具合が発生するかも知れないのだ」


「不具合、ですか」


「先程も話をした、遺跡の西に広がる森は何度も見ただろう?」


「ええ」


「その風景が旧世界だ。実在していない空間を見ても違和感が無い様に、適当な映像を見せられている。不思議だが、世界神の御業だと思って納得してくれ」


台車を引いたメイドが応接室に入って来てお茶のお代わりを淹れた。

話を聞かれてもどうせ理解されないし、むしろ話を広めて欲しいので、構わず言葉を紡ぐセレバーナ。


「新しい女神が平面だった世界を球体に変えると、『辻褄合わせ』により、実在していないはずの空間に大地が現れる。同時に適当な映像は全て消える」


セレバーナは、無言で給仕をしているメイドの所作を金色の瞳で追っている。

奇妙な会話が聞こえているはずなのに、プロだからなのか、全く気にしていない。


「現れた大地は森のままかも知れないが、海になるかも知れないし、山になるかも知れない」


セレバーナは、自分の前に置かれた高級クッキーを指差しながらペルルドールの青い瞳を見詰めた。


「ここにクッキーが来るかケーキが来るか、実際に来るまで分からない様にな」


「それが世界の形が変わる、と言う事ですね」


「もしもあの森の中に人が居たらどうなると思う?実際には居ないが、しかし生活の痕跡を見た事が無いと言う理由が根拠だから確実ではない」


「え?あそこに人が居たら、ですか?うーん……」


「分からないだろう?それが答えだ。恐らく、無かった事になる」


「無かった事?」


「うむ。こちら側、つまり女神の修行場に居る人間は、あちら側、つまり世界の外の事を知らない。例外として、我々が知っている極東の島国以外は」


「新世界では、こちら側の人間が知らない存在は存在し続ける事が出来ない……?」


「そうだ。そこに居た本人に死の自覚は無い。そこに居た人の知り合いもそこに居た人の記憶を無くし、思い出す事も無い。そんな消滅が起こる」


「その消滅は、ソレイユドールがドラゴンに転生してまで避けようとした結末ではありませんの?それがそこに有る、と言う事ですか?」


「うむ。そこからの発想だ。もしもそれが起こるのなら、こちら側の世界の中、つまり国の中に居る人間にもそれが起こる可能性が有る」


「なぜ」


無表情のままながら、必死に説明するセレバーナ。

世界の形が変わる時、古い物と新しい物が混在すると、結局は世界が不安定なままになる。

不安定では世界の寿命が大きく伸びる事は無いと予想されるので、今有る命を出来るだけ保持しつつ、全てを新しくしたい。

その想いから、最後の『辻褄合わせ』は世界の隅々まで新しくするぞと言う確固たる意志を持って行うので、旧世界の存在はことごとく消えるだろう。

国内の風景や人々の暮らしは変わらないが、新旧世界両方の一般常識を比べれば、かなり変わっているはずだ。

そうすると、その変化に適応出来ない存在が排除される可能性が考えられる。

古い考えを持ち、それを捨てられない人間が旧世界の変化に巻き込まれて消滅する可能性が有るのだ。

新しい女神に従わない存在は新世界に否定されても不思議は無い。

それを回避したい。


「なるほど。仰りたい事は理解しましたわ。多分、ですが」


「助かる。で、だ。回避方法を考えた。意識変化を事前に広めれば、予め人々の常識を変えておけば、『辻褄合わせ』の影響を最小に出来るのではないだろうか」


セレバーナは腕を組む。


「ここで思い付くのは、女神教を国教と明確に定め、新約聖書を発行する手段だ」


「新約聖書?」


「うむ。今の女神教は千年以上も昔に作られた物だ。実際には一年しか経っていないが」


「その時間経過の誤差がどうにも理解出来ないんですよ。わたくし」


「理解する必要は無い。時間に関する知識は、穂波恵吾の記憶の中でも最難関のひとつだ。私は理解していない。恐らく、イヤナも理解していない」


視線を受け、頭を掻くイヤナ。

照れ臭そうな表情が肯定を表している。


「だから気にするな。話を戻す。今までの女神教は古く、時代に合っていない。なので聖書を現代風に再編集する。と言う設定で行う」


「それで世界は球体だと言う情報を広めようと言う訳ですか。――ああ、それが先ほど仰っていた『詳しい内容を纏めた書類』ですか」


「そうだ。最低限の教育も受けていない最下層の人間にも教えを広めなくてはならない。国を上げての事業になるだろう」


「難しいですわね。ですが、成功すれば国の教育レベルは格段に向上しますわね。国が聖書を広めるのならば、識字率もグンと上がる事でしょう」


「そして、国内の異教徒の存在も無くしたい。具体的に言えばヴァスッタの改宗だ。他にも有れば、そこもだ」


さすがのペルルドールも難色を示す。


「それは難しいですわ。下手を打てば戦争になります。上手くやっても禍根が残るでしょう。そこまでしなければなりませんの?」


「精霊魔法に限らず、絵画魔法や文字魔法と言った女神魔法以外の魔法は、ストーンマテリアル以外の女神が使っていた魔法だ。本来なら消えている魔法だ」


「ストーンマテリアル以外の女神の痕跡を大切にすると、旧世界の遺物と判断されて消えてしまう?」


「分からない。だが、精霊魔法を大切にしているヴァスッタが変化に巻き込まれて消える可能性は十分に考えられる。僅かな可能性でも憂いは残したくない」


「なるほど……。不確定な賭けはしたくない、と。それはわたくしも同意しますわ」


「可能だろうか」


「そうですわねぇ」


友人二人の表情を眺めながら考えるペルルドール。

別れてからそれほど経っていないのに、二人の表情がやけに大人びて感じる。

女神になる為の階段を上り始めたからか。

彼女達に遅れを取らない様に、自分も何かをしなければ。


「可能、だとは思います。しかし、五年は短い。ヴァスッタだけではなく、教会の反発が予想されます」


「構わんさ。言葉は悪いが、消滅したい者を説得するヒマは無い。知らないは言い訳にならない事態なのだ。事は世界の存亡なのだからな」


無表情で言うセレバーナを睨み付けるペルルドール。


「わたくしの立場では、その言葉には反対します。国民全員が幸せに暮らせる国を作る事が王族の務めですから」


「また例え話をする。絶対に他人には見せないつもりだったが、私の本気を示す為にこれを君に見せる」


神学校の制服の前を開け、ワイシャツのボタンを外すセレバーナ。

そして、見苦しくない程度に素肌を晒す。

女性らしい膨らみの無い胸の下に見える、大きな手術跡。

冬なのに下着を着けていないのは、ここまでしなければならないと予想していたからだろう。


「私は心臓の手術を受けた。身体に傷を刻むのが嫌で怖かったが、した。そうしなければ、今頃は死んでいたかも知れないからだ」


「わたくしも、その覚悟をしろと?世界を守る為、世界を死なせない為に、身体に傷を付ける覚悟を」


「現状では、生き残りたいのならば傷と言う犠牲は仕方が無いのだ。だが、その犠牲を出来る限り少なく出来るのは、王族であるペルルドールだけなのだ」


天井を仰ぐペルルドール。

女神が太陽を掲げている宗教画が描かれている。

あの女性はもう居ない。

正面に居る二人のどちらかが、あの女性の代わりになる。

なら、二人の言葉に従う事が、女神教の信徒として在るべき姿なのだろう。

覚悟を決めたエルヴィナーサ国第二王女は、ツインテール少女に笑みを向けた。


「セレバーナの覚悟は十分に見せて貰いました。前を閉じてください」


「うむ。伝わって良かった」


ボタンを閉じたセレバーナは立ち上がり、乱れたワイシャツの裾を制服のスカートの中に入れた。

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