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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第七章
236/333

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「政権争いは事実上の終焉です。お母様にはもう何の力もありません。もっとも、継承権一位が二人居る時点で完全に消える事は無いでしょうが」


口元に手を置き、静かに咳をする姉姫。

具合が悪そうだ。


「これで全ての謎が解けた訳だが――ペルルドール。どうする?」


王に訊かれたペルルドールは、肩に力を入れて姿勢を正す。

遺跡に残った者達の事は言わずにおくつもりだったが、最初から全てが計画されていたのなら事情が違う。

こちらも真実を打ち明け、何か有ったら速やかに協力を期待出来る様にした方が良いかも知れない。


「お母様の想いは、もっと早くに教えて頂きたかった。もしかすると、お母様は判断を誤っていたかも知れません」


「何?」


「その魔王からの手紙ですが、差出人は我が師シャーフーチではありません。ソレイユドールです。彼女はまだ生きていたんです」


一瞬言葉に詰まる王。

しかし態度には出さず、威厳を持って訊き返す。


「ソレイユドールとは、五百年前に魔王に攫われた、伝説のソレイユドールか?」


「はい。これから語る事は他言無用です。絶対に。良いですね?お父様。お姉様」


頷く二人の家族に頷きを返したペルルドールは、重々しく口を開いた。


「私は魔王の真実を知りました」


そう前置きしたペルルドールは、世界が消滅の危機にひんしている現状を説明した。

それを回避する為にソレイユドールがドラゴンに転生した事を聞いた父と姉は驚きを隠せなかった。


「悲劇の王女が、実は魔王だった、だと……?」


「本来なら、王家に親戚は居ません。しかし、わたくしの修行に必要だったからヴァスッタが『発生』し、そこの血縁であるお母様も『発生』した」


こんな風に『世界五分前仮説』の下りも説明したが、これだけは正確に伝えられなかったかも知れない。

なにせ、ペルルドール自身が理解していないのだから。

女神はもう居ないと言う真実は語って良いか分からなかったので、その部分だけは伏せたが、そのせいで余計に分かり難くなったかも知れない。


「つまり、政権争いやお母様の予見はわたくしが遺跡に着いた時に『発生』したのです。わたくしと共に。――お母様の予見は、果たして予見だったのでしょうか」


「うむむ……」


言葉を失い、唸るだけになる父。

聡明な王でも自身の理解度を言葉に出来ない様だ。

しかし理解して貰う事が目的ではない。

ペルルドールがどんな行動を取ったら正解なのかを確認したいのだ。

世界が消えたら王室がどうとか言っている場合ではないのだから。


「お母様の予見を過去の出来事として信じるのなら、わたくしは帰って来るべきではなかった。遺跡で女神を目指し、世界を守るべきではなかったのでしょうか」


王は黙り込んでしまった。

だが、トロピカーナは穏やかな笑みを妹に向けた。


「大丈夫ですよ、ペルルドール。わたくしの潜在能力は真実の耳。貴女のお話には未来が感じられます。恐らく、貴女はこれで終わりではない」


「まだ、あの子達とのお別れではない、と言う事ですか?」


「そこまでは分かりません。ですので、ペルルドールの思う通りにしなさい。王位を継ぐ覚悟が有るのなら、わたくしは喜んで辞退しましょう」


「お姉様……」


ペルルドールは目を伏せる。

始めからこうして話し合っていれば姉を疑う事は無かった。

遺跡での貧乏暮らしも必要無かったのに。

ただ、遺跡での経験が無いまま女王になったらと考えると、国民に慕われる良い王にはなれなかったかも知れない。

母の予見は正しかったとも思える。


「わたくしは共に修行した仲間達と約束しました。ソレイユドールの願いを引き継ぎ、国民が豊かで幸せな生活を送れる様、王家を清く正しく存続させると」


その言葉を聞いた王が、当然の事だと言わんばかりに頷いた。

現在の王が良い王である事もソレイユドールの願いだった。


「そんな大切な約束を守りたい。その想いから、お父様のお話を窺うまでは、王位を継ぐ事もやぶさかではありませんでした」


豪華なドレスのスカートのレース部分を握るペルルドール。


「ですが、今後の世界がどうなるかが全くの不明であるのなら、あらゆる可能性を考えておく必要が有ります。お姉様にもそのつもりで居て欲しいんです」


「こんなわたくしに何が出来ると言うのでしょう。病弱な女王では国民は不安になります。それに、わたくしは子供を産めないかも知れませんし」


「……セレバーナと同じ事を」


唇を噛む妹姫の顔を覗く姉姫。


「え?今、何と?」


「何でもありません。ただ、やはり今後も継続的に真実を探る必要が有る様です。遺跡に残った二人が、本当に女神になるのか、なれるのかと言う事を」


ペルルドールは大人びた表情を父に向ける。


「もしもわたくしが女神になる事がお母様の予見なら、きっと王位は継げないでしょう。今現在は女神にならないと決めてはいますが――」


一呼吸置いたペルルドールは、父と姉を順に見た。


「一人前の魔法使いになったわたくしがどう動けば最善か、もう少し探っても宜しいですか?お父様」


「許す。二人の思う通りにするが良い。ただし、ワシはまだまだ隠居するつもりは無いので、継承権の結論は勝手に決めぬ様に。良いな」


王は立ち上がり、自らドアを開けて退室して行った。

それで謁見は終わりとなった。

姉妹二人きりとなった途端、姉姫が身体を起こす。

早く行動を起こさないとメイドが戻って来てしまう。


「これからわたくしがする事は、姉妹間の出来事です。ここだけの事です。ですから、裏も表も有りません」


「?」


ネグリジェ姿の姉姫はベッドの上で正座し、身体を妹姫に向ける。


「ペルルドール。わたくしのお母様が取り返しのつかない事をしました。貴女のお母様を暗殺しただけではなく、貴女にも刺客を送っていたとか」


敷布に前髪が付くほど頭を下げる姉姫。


「王族は謝ってはいけませんが、これだけは言わせてください。ごめんなさい」


その行動に驚いたペルルドールだったが、今の自分なら姉姫の心が分かる。

謝りたい時に謝れるのは救いになる。

罪悪感に押し潰されそうな心が軽くなるから。

姉姫のつむじを見詰めたペルルドールは、穏やかな声色で謝罪に応える。


「国民を導く立場にある王族が謝らないのは、そもそも始めから謝る様な行動をしてはいけないからです。間違ってはいけないからです」


妹姫の言葉を受け、顔を上げる姉姫。

慈愛に満ちたペルルドールの表情を目の当たりにして息を飲む。

続いて放たれた言葉が表情とは裏腹に厳しい物だったから。


「お姉様にそんな行動を取らせたお義母様は、王族としての覚悟が足りなかったんです。追放されて当然です。お姉様もそう思いますでしょう?」


「はい。お母様がお城に戻って来る日は未来永劫無いでしょう。お父様も、わたくしも、国民の安全を第一としていますから」


「悲しいですが、その覚悟をする事がわたくし達の役目ですからね。それが確認出来て安心しました」


立ち上がったペルルドールが窓に近付く。

日光が室内に入って来ない様に薄手のカーテンに覆われている。

だから空は見えない。


「わたくしも、修行中は仲間達に謝り捲っていました。あそこでは未熟な一人の弟子でしたからね。だから謝罪の重さは良く理解しています」


カーテンを開けようとしたが、手を上げたところで思い止まった。

別に外の風景が見たい訳ではなく、重い話題のストレスを誤魔化す為の手遊びみたいな行動だったからだ。

それは王族としては威厳の無い動きだろう。

人前では自重した方が良い。


「刺客は修行の場に入れず、ヴァスッタの被害もゼロ。わたくしのお母様については、本人が覚悟していたのなら対策のしようが有りません」


振り向いて窓を背にしたペルルドールは、逆光の中で微笑んだ。


「ですから、お姉様の謝罪を謹んでお受けします」


「ありがとう」


姉姫の笑顔に笑顔を返す妹姫。

しかしペルルドールはすぐに真顔になる。


「ただ。女神の問題が解決していない以上、仲間達の許に戻らなければならない時が来る可能性が有ります。もしそうなったら、わたくしは国より仲間を選びます」


「ペルルドール……」


正座のままでいるトロピカーナは、大切な物を手に入れた妹姫を羨ましいと思った。

もしも健康だったら、自分も魔法使いの弟子に――


「いえ、行かずに好機と思ったでしょうね……」


「え?」


「何でもありません。ペルルドールは『世界五分前仮説』についてどう考えていますか?わたくしは、正直理解に苦しんでいます」


「わたくしもです。しかし、魔法ギルドのギルド長様が語った事ですので、バカバカしいと一蹴したりは出来ません」


「そうですか。なら、直接伺っていないわたくしはペルルドールとは逆に疑念を持って受け取りましょう。春に現代が『発生』した事を信じず、時は正常だったと」


「良い判断だと思います。その視点も大切でしょう。――さて。わたくしもそろそろ戻ります」


窓から離れたペルルドールは、先程まで王が座っていた椅子の横に立ち、その背凭れの装飾を撫でた。


「お姉様の健康を顧みず、お姉様にこの国をお任せする可能性も有る、と言う事を覚えておいてください。ですので、どうぞお身体を大切になさってください」


スカートを抓み上げる淑女の礼をしたペルルドールは、姉姫の返事を待たずに部屋を後にした。

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