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自分の姫城で帰還後の身辺整理をしていると、エルヴィナーサ王国に夜が訪れた。
今日の仕事と豪華な夕食を終えたペルルドールは、自室に戻って重いドレスを脱いだ。
久しぶりの正装は肩が凝る。
パジャマに着替えて身軽になってから、王女らしい表情を解しながらベランダに出た。
王城の敷地は高い壁に囲まれているので、姫城からは王都の様子が何も見えない。
だからいつも空を見上げる事になる。
「おかえり、アリスト」
星と月に紛れていた一匹のモンキチョウがペルルドールの金髪に停まった。
「知りたかった真相がいきなり分かってしまいましたけど、貴方の役目が無くなった訳ではありません。今後もわたくしの為に働いてください」
使い魔は返事をする様に一回だけ羽ばたいた。
「フフ。頼りにしていますよ」
そう言ったペルルドールの息は微かに白い。
冬の気配はまだまだ遠いが、夜風は結構寒い。
「ペルルドール様、お召替えを……あ」
部屋に入って来たレディーズメイドが固まった。
高価そうな素材で作られた寝巻きを持っている。
「どうしたんですの?――ああ、ごめ……」
反射的に謝ろうとしてしまったペルルドールは、苦笑してから部屋の中に戻って掃き出し窓を閉じた。
まだ感覚が王族になっていない。
「今日は疲れていたので自分で着替えてしまいましたけれど、明日からは貴女にお願いしますわ。下がってください」
パジャマ姿のペルルドールは一人掛けの柔らかいソファーに座った。
ここではメイドに着替えさせるのが当たり前な事を完璧に忘れていた。
「わたくしはペルルドール・ディド・サ・エルヴィナーサ。エルヴィナーサ国第二王女、ですわ。もう魔法使いの弟子ではありません」
自分に言い聞かせる様に声を出す。
今居る部屋は寒々しい石造りのリビングではなく、絵画や骨董が飾られている姫城の一室だ。
電気による明かりに照らされていて、電力が届いていない箇所では贅沢にロウソクが灯されている。
生活の常識を王城の物に変えなければ王族主催のパーティで恥を掻いてしまうかも知れない。
王女の恥は王の恥であり国の恥なので、失態は決して有ってはならない。
「まぁ、二、三日もすれば元の感覚に戻れるでしょう。――さて、眠りましょうか」
ロウソクを吹き消そうとしたが、これも本来はメイドに任せる仕事だ。
だから全ての明かりをそのままにして寝室に移動する。
美しい天蓋付きのベッドは皺ひとつ無くメイキングされている。
明日からは自分でシーツを洗わなくても良い。
楽だ。
「あ、貴方の寝床が必要ですわね。どうしたら良いかしら」
ベッドに入ったら、髪に停まっていたモンキチョウが天蓋の中を飛び回った。
優雅な蝶の羽ばたきを見上げていると、ここで良いとの思念を伝えながら適当な所に停まった。
ペルルドールの使い魔は言葉を話さないが、ちゃんとした自我は持っている。
「今日はもう遅いから、そこで我慢して頂戴。明日、ヒマを見付けて止まり木を造りますわ。おやすみなさい」
柔らかい寝床で横になり、温かい毛布をアゴまで掛ける。
そして目を瞑り、睡眠に入る体勢になる。
(アリストの止まり木はどんな物が良いかしら。
農機具小屋をみんなで作った時の経験を生かして、トンカチと釘で何か造りましょう。
二本の木の棒を拾って来て、Tの字に組めば安く済みますわね。
でも、それだと素っ気無いかしら。
蝶の使い魔だから、鉢の造花を止まり木にすれば素敵になるかも。
どちらにしても、明日、下の村に行って――)
だから、もう姫城に帰って来ている。
今の自分は自由に外出出来ない身分に戻っているのだ。
下の村どころか、王都にも行けない。
考えを城内での事に限定しよう。
(ええと、そう、お姉様ですわ。あれからずっと考えていましたが、お姉様に見た違和感の正体が全く分かりませんの。
お姉様ご本人である事には間違いないんですけれど、何かが違うんですわ。
明日、セレバーナと相談して――)
勢い良く目を開けたペルルドールは、夢遊病者の様な動作でベッドを下り、自室に戻った。
しかしその部屋はすでに暗かった。
優秀なメイドが素早く明かりを落としたのだろう。
呼べばすぐに火を点けてくれるだろうが、無言のまま通販雑誌を持って廊下へと出た。
「姫?どうなされました?」
赤絨毯が敷かれ、無数のランプが灯されている廊下で礼服姿のプロンヤが椅子に座っていた。
真面目な女騎士と言えども四六時中全身鎧を着ている訳ではない。
今時分の様な、絶対に来客が無く、外出する事も有り得ない時は身軽な格好で警護をしている。
そんな護衛団団長の前を素通りしたパジャマ姿のペルルドールは、壁に下がっているランプの近くに行く。
「夏に、仲間のみんなで海に行った事が有りますの。完全なお休みのバカンス旅行でした」
通販雑誌を開くと、一枚の写真が栞の様にして挟まっていた。
それを大切そうに手に取り、雑誌は落とす様にして床に置く。
「その時に撮った記念写真です。サコはいつも通りのシャツにズボンですが、他の二人はわたくしのワンピースを着ているでしょう?」
写真を覗き込むプロンヤ。
良く知っている四人の少女が並んで立っている。
一見楽しそうだが、赤髪少女の表情が強張っている。
それは写真を撮られると魂が吸い取られると言う迷信を信じている田舎の老人が良くする表情と同じだった。
「良い思い出ですね」
プロンヤが微笑むと、ペルルドールも懐かしそうに微笑んだ。
「セレバーナは、ワンピースの下にピッタリとしたTシャツを着ているでしょう?これ、胸の手術跡を見られたくないからなんですって」
「その気持ちは私も良く理解出来ます。女性の騎士や冒険者は、傷を見られたくないからと夏でも長袖を着る事が多いですから」
「ああ、だから……。アレってそう言う事でしたの」
「はい」
「色々有って、楽しい旅行でしたわ……」
一転、無表情になるパジャマ姿の第二王女。
「プロンヤ。わたくし、修行を修了して、一人前の魔法使いになれましたの」
「……?はい。その様に伺っております。ですから、今日お迎えに上がったのですが」
いきなり話題を変えられ、戸惑う女騎士。
俯いている金髪美少女の頭上でモンキチョウが飛んでいる。
「ですが、修行の場で教わった世俗の常識がなかなか抜けないんです。なので、今だけはまだ王女に戻らなくても構わないかしら……」
姫が何を言いたいのかは良く分からなかったが、プロンヤは肯定した。
「はい。お疲れでしょうから、数日はゆっくりなさってください」
「いいえ、明日には王女のわたくしに戻ります。でも、今夜だけは我慢出来ないんです……」
まさか、こんなにも激しい喪失感に襲われるとは思ってもみなかった。
修行を急がずに何年もあそこに居れば良かったが、もう後の祭りだと言う事はとても良く理解している。
だけど心が理性で制御出来ない。
いけない事だとは分かっているが、今は感情のままに動きたかった。
「今夜だけは、みっともないワガママを許してください」
最果ての村の小さな子供が親に甘える様にプロンヤに抱き付いたペルルドールは、その胸に顔を埋めた。
「うう、ううぅ……寂しいよぉ……帰りたいよぉ……うわぁあああぁん!」
「ひ、姫……」
王女の涙で胸を濡らしているプロンヤはどうしたら良いか分からずに凍り付く。
しかしすぐに心中を察し、十三歳の女の子としてペルルドールを抱き締めた。
王女として立派に振る舞っているペルルドールだが、まだまだ子供。
初めて仲良しになった友人達との別れに涙したとしても、何らおかしい事は無い。
プロンヤは、泣き声が収まるのを待ってから口を開く。
「修了、おめでとうございます」
「ありがとう……。今日だけ、一緒に寝てくれる?」
高貴な血筋の子供は乳母に育てられるのが一般的で、親との接点が薄い事は珍しくない。
それでも母親が暗殺された直後はペルルドールもかなりのショックを受けていた。
王女なので顔には出さなかったが、毅然としていなければならないストレスもあって精神が不安定になり、寝付きが悪くなった時期が有った。
その時期だけ、プロンヤとペルルドールは同じベットで眠っていた。
人肌の温もりが精神安定剤となったのか、それ程の時間も掛からずにペルルドールは母の死のショックから立ち直る事が出来た。
姫はその時の事を思い出しているのだろう。
「懐かしいですね。一緒に寝ましょうか」
「ありがとう。明日、お願いしたい事が有るんです。ちょっとしたお買い物なんですが、聞いてくれますか?」
「何でしょう」
金髪にモンキチョウを停めたペルルドールは、プロンヤと手を繋いで寝室に戻った。
最果ての遺跡にはもう入れない。
あの子達にも、もう会えないかも知れない。
しかし諦めない。
世界が消えない限りは、きっと希望は残っているだろうから。
第七章・完




