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語り終えたペルルドールは、一息置いてから紅茶の残りを飲み干した。
女神の事、そしてソレイユドールがドラゴンに転生している事は言わなかった。
あそこから出た以上、その事は残った者に任せるしかない。
「話は分かった」
頷いた王は、手を振ってメイドを下がらせた。
部屋の中には父娘三人だけとなる。
「ヴァスッタの事件だが、ペルルドールはどう見ている?」
いきなり答え難い事を訊かれたペルルドールは青い目を見開く。
しかし重要な事なので淀み無く応える。
「わたくしを亡き者にして得をする人物が黒幕だ、と言う話で落ち着いて、深く追求せずにそのままにしてあります」
あえて姉姫に視線を送らない様に喋るペルルドール。
「当時のわたくしは、今もですけれど、政治的な判断や行動を取れる状況ではなかったので」
「それで良い、と思ったのか?」
王の厳しい視線。
そこを後回しにするのは王位継承権を持つ者としてどうなのかと言いたいのか。
「……はい。なぜなら、わたくしが魔法使いの弟子入りを決めた理由は、真実を知りたかったからです」
ペルルドールは厳しい視線を王に返す。
こちらにだって確固たる意志が有る。
「わたくしの母の死の真実。お姉様の病気の真実。王位継承権第一位が二人居る真意」
妹姫の青い瞳が、ベッドで横になっている姉姫に向く。
紫の瞳を王の手に向けている姉姫は静かに耳を傾けている。
「表立って探りますと真実が遠ざかると思いましたので、魔法を使って秘密裏に、そしてなるべく一人の人間として動きたかったんです」
「なるほど」
「すでに魔法を使っての探りを入れていますが……修行の場でのわたくしが下々の者と交流している事までご存知なら、秘密裏にはなっていませんでしたね」
「そうだな」
重々しく首を横に振った王は、改めて妹姫に青い瞳を向けた。
「では、その真実とやらの全てに応えよう。ワシはペルルドールが多くの人生経験を得るまで待っていたのだ。それが必要だと言う話だったからな」
父の言葉に驚く姉妹。
今までひたすら沈黙を保っていたのは、娘が成長するのを待っていたからなのか?
どう言う事なのかと言葉の続きを期待したが、父は逆に質問して来た。
「ただ、トロピカーナの病気の真実と言うのはどの様な意味だ?詳しく聞かせてくれ」
「王位継承権第一位が二人居るので政権争いが発生している事はご存知でしょう?その関係で毒を盛られていると言う噂が有るんです。あくまでも噂ですが」
「それはない。トロピカーナの身体の弱さは生まれ付きだ。毒を盛られたらひとたまりも無い」
父の言葉に頷く姉姫。
「王の仰る通りです。身体に良いお薬でも、強いお薬なら命の危険が有ります。わたくしは、今こうして生きている事自体が奇跡なんです」
「ですが、幼い頃にバラ園をお散歩なされている様子をお見掛けしました。昔は伏せる事が少なかったと記憶しています」
トロピカーナは、軽く訝しんでいるペルルドールに視線を向ける。
それには悲しみが籠っていた。
「幼い頃は、体力を付ける為のお散歩を良くしていましたね。しかし、月の物が来る様になってからは伏せる事が多くなってしまったのです」
「あ……」
「お医者様に言われました。身体が成長すると体質が変わる方もいらっしゃると。わたくしは悪い方に変わってしまったそうです」
寂しそうに微笑んでから父に顔を向ける姉姫。
「ペルルドールのお話に出て来たセレバーナ様も、成長して心臓の不具合が表立ったと有りましたね。わたくしもそれと同じでしょう」
「そ、そうでしたの……。知らなかったとは言え、毒を勘繰ってはいけませんでした」
納得したペルルドールは、頭を下げずに言外で詫びた。
姉姫は快く無かった事にしてくれたが、妹姫は別の事を考えていた。
(おかしいですわ。お姉様はこんなにも穏やかで弱々しい方だったかしら。もっとこう、瞳に力強い光が有った様な……。だからこそ疑いを持ったんですが……)
そんな胸の内を知らないトロピカーナは、枕に頭を沈めたまま続ける。
「ですから王位継承権の放棄を希望したのですが、王にも母にも反対されました。王位継承権第一位が二人居る真意はわたくしも知りたいですわ」
顎を撫でてから二人の姫の顔を順に見る王。
「娘に聞かせるべきではない話になるだろう。だが、真実を知るには必要な話だ。覚悟は良いな?」
頷く娘二人。
それに頷きを返した王は、ゆっくりと語り始めた。




