27
安物の箱型馬車に揺られているペルルドールは、そっとカーテンを閉じた。
そして、暴れる心臓を落ち着かせる為に深呼吸する。
座り心地が良くないので桃尻を持て余していると、不意に停車した。
今回の帰還は秘密だったので、訪問予定に無い馬車の登場に王城の門番が驚いた様だ。
しかし御者がプロンヤだったからすぐに通過が許可される。
それからもしばらく走った馬車は、第二王女の居城、通称姫城の前で停まった。
「私が先に降り、姫の帰還を知らせて参ります。少々お待ちください」
「ええ」
降りて行く爺の背中にこっそりと使い魔の蝶を停まらせるペルルドール。
そして、外に出たところで本城へと向かわせる。
ここの敷地内に有る全ての建物には、対テロ用の魔法防御が施されている。
勿論転移魔法も通用しないので、わざわざ病院で待ち合わせしなければならなかったのだ。
だが、王女の気配で包み込んだ蝶をのんびりと飛ばせばそれを掻い潜る事が出来るだろう。
「お待たせしました」
戻って来た爺の手を取った少年姿のペルルドールは、優雅な動きで質素な馬車を降りる。
この姫城も久しぶりだ。
最果ての遺跡とは対照的な綺麗な外見。
半年も留守にしていたのに風景は全く変わっていない。
本来なら事前に王女の帰還を知らせて迎える準備をする物なのだが、それはやらないでくれと手紙でお願いしていた。
第二王女が前触れも無く帰って来たと言うニュースに驚き、怪しい動きをする者を見付ける為に。
都合良く見付けられれば良いが、そうそう上手く行くとは思っていない。
慎重に動こう。
「おかえりなさいませ、ペルルドール様!」
姫城の玄関を潜ると、赤絨毯の両端に並んだ大勢のメイドに頭を下げられた。
久しぶりの王女扱いが照れ臭く感じる。
その感情のせいで返事をしようとしたが、空気を飲み込んで堪える。
通常、王女は使用人とは口を利かない。
使用人の方も、余程大事な仕事中でない限りは、王女の前では頭を下げたまま動かない。
ここはそう言う場所なのだ。
感覚を元に戻さないとな。
「では、爺。王に謁見の許可を頂いて来てください。レディーズメイド。身を清めます。それと、謁見用のドレスの用意を」
「御意」
頭を下げたまま下がって行く爺。
ペルルドールは自室に行って湯が沸くのを待った後、湯浴みをする。
遺跡でもお風呂に入っていたが、これから王と会うのだから、失礼の無い様に隅々まで綺麗にしなければならない。
「フフフ……」
レディーズメイドの手によって髪を洗って貰っていると、くすぐったさで笑ってしまった。
他人に身の回りの世話を任せるのも久しぶりなので勝手を忘れている。
「も、申し訳ございません」
王女の身動ぎに恐縮するレディーズメイド。
長期間の貧乏暮しのせいで髪質が劣化しているらしく、滑りが悪くて絡まっている部分も有るみたいだ。
普通に洗うだけでも数本の髪を引き抜いてしまいそうになっている。
「久しぶりで緊張しているんですか?手付きがぎこちないですよ」
「申し訳ございません!お許しを……!」
この子、こんなに怯える子だったかしら?
覚えていない。
もしかすると、修行する前のわたくしはとんでもなく悪い王女で、凄く怖かったのかも知れない。
いや、何も考えずに状況に流されていただけか。
使用人が王族に失礼を働くと処罰され、最悪首を刎ねられる。
それを知っていながら、その事については何も考えていなかった。
今のペルルドールは処刑命令を出したりしないが、人目が有る場所ではそうは行かない。
周りの人間が処刑命令を望んだら出さなければならないので、多少の事は我慢した方が良いだろう。
セレバーナの様に無表情になってしまえば『何でもないですよ』と言う演出が出来るかも知れない。
いや、あの顔は王女らしくないか。
イヤナの笑顔の方が民衆受けが良いかな。
そんな事を考えられる様になったのは、修行のお陰で人間的にも成長した、と思って良いんだろうか。
「構いません。許します。これから王と謁見しますので、特に念入りにお願いします」
「はい!」
ただ、王はお忙しい身。
今日中に会える保証は無い。
だから湯浴みを終えた後は下着にガウンと言う姿で寛いだ。
のんびりと知らせを待とう。
「しかし、身の回りの全てをメイドがしてくれると言うのは楽で良いですわね。これが当たり前だったのに、不思議な感覚」
ペルルドールは、一口大に切られた果物にフォークを刺しながら感動する。
湯上りで火照った身体に冷えたフルーツが心地良い。
「ペルルドール様。国王様との謁見の許可が下りましてございます。今すぐお会いになられるとの事でございます」
連絡係のメイドが頭を下げる。
予想外に対応が早い。
「分かりました。ドレスを」
レディーズメイドの手を借りて謁見用のドレスを身に纏うペルルドール。
苦しいコルセットを腰に巻くのも、動き難いドレスを着るのも久しぶりだ。
今後もイベントの度にこの苦しみを味わうのかと思うと、早速遺跡が恋しくなった。
あそこは自由だった。
楽しかった。
ついつい頬を緩ませてしまった金髪美少女は、これからしなければならない事を思い出して表情を引き締めた。
民衆が気兼ね無くその自由を謳歌出来る様に国を守るのが王族の務め。
王位継承権を巡って陰謀を練っている余裕は無いのだ。
姫城から出たペルルドールは、敷地内用の馬車を使って王城へと向かう。
赤い全身鎧に着替えたプロンヤも一緒に乗っている。
その馬車の中で目を瞑り、使い魔が見ている映像に集中するペルルドール。
今では映像を録画し、巻き戻しや早送りも出来る様になった。
これも師の助言や指導のお陰だった。
色々と問題の有る男だったが、本当に感謝している。
「うーん。怪しい動きは無し、か。まだわたくしの帰還が伝わっていないのかしら。――この謁見が終わったら、きっと本格的に動き出すでしょう」
王に謁見したら、相手が誰であっても公式に記録が残る。
そうなったら、きっと色々な情報が王城内を駆け巡るだろう。
その時が真実を探るチャンスだ。
豪華なドレスのせいで動きの幅が制限されているペルルドールは、絹の手袋の中で緊張の手汗を掻いた。




