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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第七章
212/333

7

女神は優雅に右手を上げて指を鳴らした。

すると古風なメイド服を着た若い女性達が石造りのリビングに入って来て、質素な椅子を円卓に備え付けた。

続いて、リビングの隣に有るキッチンから出て来たメイドが無言でお茶とお菓子を円卓に並べて行く。


「ただ指を鳴らしただけなのに、何の迷いも無く動いてますね。魔法ですか?」


テキパキと動くメイド達を物珍しそうに眺めている穂波恵吾。


「そうよ。これも召喚魔法。君みたいなヒーローソウル、つまり異世界に居る勇敢な人間の心のコピーではなく――」


女神は説明しながら淹れたての紅茶に手を伸ばす。


「この世界の人間のコピーよ。コピーと言っても親が居る普通の子で、『生まれながらに神に選ばれた巫女』って立場ね」


「良く、分かりませんが。でも、巫女って言う事は、ストーンマテリアルさんの世話をする資格を持った人達、って事ですよね?」


一口飲んだカップを円卓に戻した女神は、穂波恵吾に頷いて見せた。


「巫女の概念は知っている様ね。まぁ、そう言う事よ。私はここを出られないってルールだから、下界の理に縛られない世話係が必要なの」


「ルールですか」


「ま、座って。穂波恵吾」


若者は、豪華なソファーに座っている女神の対面に置かれた椅子に座る。

背凭れが皮張りなその椅子は、イヤナだけが見覚えが有る。

遺跡に初めて来た時に見た、皮が朽ちていたあの椅子だ。


「改めて自己紹介するわね。私は世界神見習い七柱の一人、女神ストーンマテリアルよ」


「世界神見習い?まだ神じゃないの?」


「そう。神様候補。正式な神になる為の修行中。ここまでは理解出来る?」


「まぁ、言葉通りの意味なら」


「良かったわ。――女神を目の前にしているのに落ち付いているわね。疑ってるからかな?どっちにしても気楽にして良いわよ。お菓子とお茶をどうぞ」


「あ、ありがとう」


勧められるままお菓子を抓んだ穂波恵吾は妙な表情になった。

彼が食べた物は、もちもちとした食感の果実と荒い小麦粉を混ぜて焼くクッキーの先祖みたいな食べ物だ。

意識体となって様子を眺めている少女達にとっては馴染み深い昔ながらのお菓子だが、異世界人の口には合わないらしい。

ただ、ペルルドールだけは彼に共感している。

これに使われる果物はクセの有る味なので、苦手な人も少なくない。

美食が当たり前の王族は、これを好んで食べる事は無いらしい。


「世界神と言うのは、世界を作る神の事。そして、作り出した世界を育てるのが仕事」


「世界を育てる?」


「世界神が世界を作ると、その世界に新しい神が産まれる。そうすると世界神の力が上がるから、もっと世界の数が増やせる。それが『世界を育てる』って事よ」


「数を増やすのが目的なんですか?ああ、だから異世界とかが有る訳か」


「まぁ、そうなるわね。産まれた新しい神がその世界を見守り、深みの有る物にして行くの。すると世界は世界樹の栄養を産む様になる」


「世界樹って?」


「神の国を支える巨大な樹の事よ。この円卓は世界樹の枝の先っぽから作られた物なの。私達だけに使用を許されている貴重な物よ」


女神は年輪が美しい円卓を右手で撫でる。


「神の国は枝に有り、人の世界は根に有る。人の世界から吸った栄養は実となって神の国を潤す。だから世界を作るのはとても重要な仕事なのよ」


「ふーん。つまり、世界って言う家を何棟も作って、そこの住人を増やして、その住人達に食料を作らせるのが世界神の仕事。って感じか」


「結構賢いわね。その理解で間違い無いわ」


「神と言っても、やってる事は人間と同じですね」


「逆よ。神と同じ事を人間がやってるのよ。神と違う生態を作るのは遊びとしては面白いだろうけど、今の私達には自分達のコピーを作るので精一杯なの」


「なんで?」


「今の世界神がそろそろ寿命で引退するからよ。だから新しい世界神を育てなきゃならないって訳」


そう言った女神は、涼しい顔で紅茶を啜った。


「神様も寿命で死ぬんだ」


「そりゃあね。何百億年も生きたら蓄えた知識が膨大になる。その状態で無理に延命すると世界樹を脅かす毒になっちゃうの」


「お、億……」


人の身では絶対に体感出来ない時間に怯んだ穂波恵吾は、気を取り直して苦笑する。


「それで世界神見習いが産まれた、と」


「そうよ。世界神候補は七柱。私を入れて七人居るの。世界神になれるのは、その中の一人だけ」


「狭き門、って訳か。神様になるのも大変なんだな」


「私達の前に一人育てたみたいなんだけど、育成に失敗したんだって。失敗した世界神が作った世界はあっと言う間に滅びたらしいの」


「失敗なんて事も有るんだ」


「有ったみたいね。私達が産まれる前の事だから良く知らないけど、世界樹が根腐れする一歩手前まで行って大変だったらしいわ」


女神もお菓子を食べる。

こちらは美味しそうに頬張っている。


「その失敗から学び、その時とは別の方法で新しい世界神を育てる事にしたそうなの。今回は古い世界神は傍観者となり、私達に全てを任せた」


甲冑を纏った左手を振った女神は、先程の地図に線を引く。

まず、円の中に小さな円を書き、肉厚なドーナツみたいな形にする。

そしてそれを均等に六等分した。


「任された私達は、古い世界神が与えてくれたこの世界で国を作った。それぞれが目指す世界神の姿を現す国をね。だから、この世界には七つの国が有る」


甲冑を着けていない右手でドーナツの南西側を指差し、ここが私の国、と言う女神。

ドーナツの中心は空洞ではなく、そこも国らしい。


「自分はどんな世界を造るのかを古い神々に見せる為に私達は争っている。ここまでは理解出来てる?」


ほんやりと話を聞いていた穂波恵吾は、急に質問されて驚いた顔をした。


「まぁ、なんとなく。どうやって戦っているのかを知らないから実感は無いですけど」


「そっか。理解してると信じて話を続けるね。争いに生き残った国が一番生命力が有る、つまり一番滅び難いって事だから、そこの国の神が世界神になれるの」


「多様性より生命力って事かな」


「うーん、違うわね。貴方と世界の事を語っても仕方ないから、今行われているゲームの話をするわね。――今言った理由で、私達は争ってるの。続けて良い?」


「うん」


「勝利条件は手駒が相手の拠点に入る事。私の手駒は貴方。私が住んでいるここが拠点。他の六柱にも貴方みたいな勇者が居て、それが一人でもここに入ったら負け」


「俺が?重要な役どころじゃないですか」


「貴方だけじゃないけどね。一日に一枚、ランダムにカードが引けるの。そこから勇者を具現化させる事が出来るの。貴方みたいに」


穂波恵吾を指差し、ウィンクする女神。


「具現化した勇者に指示を出し、相手の拠点に攻めさせる。勇者は自国の民と協力して他国を攻める。他国も同じ様にこちらに攻めて来る」


「陣取り合戦か。となると、防御も大事ですよね」


「勿論。国が富めば人口が増えて攻守共に強くなる。だから作物やら動物やらが生き易い環境を整えてやらなければならない」


伝統のお菓子を抓んだ女神は、大地の恵みの固まりであるそれを目の高さに掲げる。


「環境保全は、本来ならこの世界の神がやる事だけど、ここは修行の場だから新しい神は産まれない。だから私がそこもやってるの。それも修行の内って訳」


「なるほど。強い国が一番生命力が有るってのはそう言う事か」


「そう言う事。それが私達のゲームよ。円卓を見て」


お菓子を頬張った女神は右手の指を鳴らし、メイド達にお茶を片付けさせた。

その後、円卓にドーナツ状の線を引き、均等に六等分した。

先程の地図に描かれていた物を円卓に写した様だ。


「本来の地図はこっちなの。私の国はここ」


女神はソファーに座ったまま前屈みになる。

そして円卓に指を置く。

すると、女神の目の前の部分が切られたバウムクーヘンみたいな形で光り出した。


「私はまず国境を勇者に守らせた。国境は三面有るから、最初の三人はそれぞれを守らせた」


国境を表す線の上に三体の人形が現れた。

穂波恵吾とは違い、強そうな青年達だった。


「こっちの地図だと今の状況が分かる訳か。でも、この真ん中の丸い国は不利なんじゃない?国境が六面も有る訳だし」


「そう思って真ん中に攻めて、他の国に留守を突かれたらどうする?」


「ああ、なるほど。他の国のスパイも当然入って来てるだろうしな」


「勇者なら国内に入って来たら分かるけど、一般国民の出入りまでは分からないからね。貴方みたいな発想をする勇者が居れば、スパイも動いているでしょうね」


「他の女神との談合は有り?」


「有り。ただ、最終的には絶対に敵対するから裏切りが怖いけどね。まぁ、まだ真ん中に動きが無いって事は、不利を跳ね返す何かが有るんでしょうね」


「そう言う特別扱いも有りなのか」


「だから、勇者の数が増えるまでは様子見が安定行動なのよ」


円卓の縁に有る女神の拠点には、四人目の勇者である穂波恵吾の人形が立っていた。

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