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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第七章
210/333

5

『やぁ、気分はどうかな?

と言っても、返事は出来ないだろうけど。

今の君達は意識のみの存在となっているんだ。

僕はテイタートット。

僕の方でも君達を繋ぎ止めておくけど、君達の方も僕の存在を意識していて欲しい。

そうすれば迷子にはならないから。

それと、夢の中では敬語を使わないよ。

友人の様な喋り方だと親和性が上がるからね。

さて。

君達には、これから目と耳だけで過去の記憶を見て貰う。

覗き見る相手は、本物の女神様だ。

過去、この世界に居た頃の女神様さ。

驚いているね?

黒髪の子は疑っている様だが、正真正銘、君達が信仰している女神様ご本人だよ。

相手が相手だから、君達の気配を最低限にしないと気付かれる恐れが有るんだ。

未来の君達の気配を、過去の女神様が察知するんだよ。

この僕でさえ驚く感知能力だけど、それが可能なのが女神たる所以と言う訳さ。

さて、全員居るかな?

1,2,3,4。

うん、居るね。

行くよ』


視界が開ける。

そこは見慣れた石造りの遺跡のリビングだった。

だが、円卓の上座に着いているのは師でも少女達でもなかった。

透き通る様な金髪の女性が、豪華で巨大なソファーの肘掛けに右腕を乗せていた。

ゆったりとした絹のドレスを身に纏っている。


「うーん。戦況が動かないわね。全員が様子見しているか。これを動かすのに必要なのは、運か、策略か……」


不機嫌に唇を歪めているが、それでも美しさが損なわれていない。

その声も心を揺さぶる様な音色を湛えている。


「取り敢えず、今日の分の勇者を引きましょうか」


女性が左手を上げる。

その腕は武骨な青い甲冑に包まれていた。

片腕だけの甲冑に何の意味が有るのだろうか。

そんな考えが四人の意識に共有されている。

テレパシーが開きっ放しになっているのか、会話しなくても全員の心が通じている。


「エンチャント。ヒーローソウル」


魔力が籠った言葉と共に女性の左腕が降り下される。

すると、円卓の上に一枚のカードが現れた。

パッと見はトランプの絵札。

そのカードを手に取り、書かれた文字を読んだ女性の顔がまた歪む。


「何これ。体力ゼロ。攻撃力ゼロ……その他全部ゼロ。まさか、ハズレ?これ、具現化したら死んじゃうんじゃないの?」


カードを円卓に放り投げた女性は数秒考え込み、左手を上げて指を鳴らした。

甲冑に包まれているので、それは金属音だった。


「ジャッジコール。不具合問い合わせ」


女性の呼び掛けに応じ、蝶の羽根を生やした幼児が現れた。

身長は四十センチ、と言ったところか。

イヤナの使い魔の様に空中を浮遊していて、大きな万年筆とノートを持っている。


「お呼びでしょうか?女神ストーンマテリアル」


女神?

あの人が、私達が信仰している女神様?

女神の名前を初めて聞いた、とセレバーナの意識が戸惑う。


「この勇者、こんなステータスなんだけど、バグなんじゃないの?もしそうなら、やり直しを要求する」


妖精は円卓に降り立ち、カードを覗きこんだ。


「このカードは世界神の理から外れていません。バグは確認出来ません。よって、何らかの役割を担った勇者である事に間違いありません」


「本当にぃ?じゃ、これから具現化するから、見届けて貰える?どうしても不具合の不安が拭えないのよ」


「構いません」


「じゃ、呼び出すわね。ヒーローリアリゼーション」


左手でカードを持った女神は、それを適当な方向に放り投げた。

すると、黒髪の若者がそこに現れた。

少女達と同年代くらいだろうか。

見た事の無い服装と顔立ち。

セレバーナの意識が思い出す。

修行を始めた最初の頃、クエストの報酬として師に外食に連れて行って貰った事が有る。

そのお店は東の島国に有って、若者の顔立ちはそこに住む人達に近い。


「お?ここは……?」


ボーっと突っ立っていた若者が我に返り、石造りのリビングを見渡した。


「何か反応が変ね。貴方、お名前は?」


「うっ、金髪美女!?なんで?俺、学校に居たはずなのに」


質問の答えが返って来ない事に苛立つ女神。


「やっぱりバグよ、コレ」


「確かにおかしいですね。自我が強過ぎます。それなのに世界神の理から外れていない」


蝶の羽を生やした幼児は短い腕を使ってノートを捲り、凄い勢いで文字を読む。


「ルールブックにはステータスオールゼロの存在は書かれていません。ジャッジはイレギュラーと判断し、仮にオールゼロと名付けます」


ノートを閉じた幼児は、蝶の羽を羽ばたかせて浮かび上がった。


「特例として、女神ストーンマテリアルにはオールゼロをルールに加えるか、無かった事にするかの選択権が与えられます。どうされますか?」


「うーん。オールゼロなんて、冒険にも探索にも防衛にも使えないしなぁ。うーん、どんなに考えても使い道が無いなぁ。――無かった事にしようかな」


「では、公平性を保つ為に他の女神から多数決を貰い、イレギュラーと判断されたら本日のポイント消費は無効とさせていただきます」


「ん?ちょっと待って。このイレギュラー、他の女神には現れていないのよね?」


「はい」


「今後、他の女神にオールゼロが現れる事は?」


「理に沿っている以上、可能性は有ります。実際、ここにこうして現れていますから」


黒髪の若者を緑色の瞳で見詰める女神。

若者の方は自分が置かれている状況が分からずにキョトンとしている。


「ふぅむ。もしかすると、これは世界神になる為の試練なのかも知れない。もしそうなら『当たり』の可能性も有り得るか」


左腕の甲冑を右手人差し指で一撫でした女神は、小さく頷いた。


「この問題、一旦預かって貰っても良いかしら。しばらく使ってみて、バグかどうかを確かめてみたい。バグへの対応も経験値になるかも知れないしね」


「この件は、同様の訴えが他の女神から起こった場合の前例となります。宜しいですか?」


「イエスよ」


「認めます。確認ナンバーは四日目の一番目になります」


「了解」


幼児は霞になって消えて行った。

それを見届けた女神は、深呼吸してから若者に視線を向ける。


「さて。戸惑っている貴方。なぜここに居るか、理解してる?」


「いや、全然」


放置されていた若者は、やっと話し掛けられて安堵した。


「知識もゼロ、か。初日から勇者として働ける様に、基礎知識がカードに込められているはずなんだけどなぁ」


「勇者?俺が勇者?」


「そうよ。私の召喚に応じた貴方は、私の為に働く使命を背負っているのよ」


「って事は、もしかして、ここは異世界って奴?」


「お?分かってるじゃない」


「まぁ、マンガとかで良く有るシチュエーションだし。って事は、俺には秘められた能力が有るって事か?」


「女神の為に働く勇者には『潜在能力』ってのが与えられるけど――それが何なのかを調べる前に訊きたい事が有るわ。マンガって何?」


「何って聞かれても説明に困るなぁ。そうか、異世界にはマンガが無いのか。そう言う世界も有るのか」


「ふぅむ。文化検索。マンガ」


左手の親指と人差し指を立て、Lの字を作る女神。

すると中空に文字が現れた。


「おお、凄い!SFみたいだ!」


「そのエスエフってのもマンガなの?」


女神は中空の文字を読みながら若者に質問する。


「まぁ、そうですね。小説とかアニメとか色々な物が有るけど、俺はマンガでしか知らないかな」


「下界にもマンガは無いわね。そのマンガってのを詳しく教えて頂戴」


「えっと、絵と文字で物語が進んで行く物、かな。そうだな、まず、四コママンガから説明しようか」


若者は身振り手振りを交えてマンガの説明をする。

少女達の時代では普通に存在している物なので、長く続いたその話はとても退屈だった。

それを聞いていたペルルドールの精神がなにやら不安定になったが、目と耳しか無い他の三人はどうにも出来ない。


「なるほど。面白そうな娯楽ね。この世界にもそれが有れば退屈しなくても良いのに、って、あれ?」


中空に浮いている文字を見直して驚く女神。


「検索にマンガがヒットしてる?さっきまで無かったのに!」


女神は口を開けたまま固まっている。

しかし瞳の輝きは失われていないので、高速で思考を巡らしている様だ。


「もしかすると、彼の潜在能力は『創造』なのかしら。人としては規格外の能力だからステータスが犠牲になってる?――もしそうなら面白い事になりそうね」


口の端を上げた女神は、左手を振って中空の文字を消した。

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