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セクシーな秘書に連れられて秘書室に戻って来たセレバーナの表情が暗い。
応接セットに座ってお茶菓子を頬張っていたシャーフーチは、いつもとは明らかに違う弟子の様子に気付いて立ち上がった。
「どうしました?何か不都合な事でも?枝を貰えた様なので、失敗した訳ではないんでしょう?」
「はい、枝は貰えました。しかし……」
細長い木箱を我が子の様に抱えているセレバーナは、師に相談しようとして思い留まる。
彼に、と言うか、他人に相談しても良い物なんだろうか。
事はメンタルな部分なので、セレバーナが最も不得意な分野だ。
不用意な行動が枝を腐らせかねない。
「質問が有ります。シャーフーチは、この儀式についてはどれくらいご存じですか?」
「私はこの儀式を受けた事が無いので、師匠向けの本に書かれている程度の知識ですね」
「そうですか……。では、儀式の後半部分についてもその本に書かれてありますか?」
「確か、入手した枝と月織玉を融合させて魔法使いの杖とする為の条件が出されるそうですね。――もしかすると、その条件が難しいのですか?」
「とても難しい条件が出されました。……貴方が師とは言え、他人に相談しても良いのでしょうか」
その質問に応えようとして、ふと気付くシャーフーチ。
自分は勿論、弟子と秘書は立ちっ放しだ。
「答えを授ける訳には行きませんが、相談程度なら大丈夫でしょう。その為に師が居るのですから。では、遺跡に帰りましょうか」
手を差し伸べて来たシャーフーチに向けてツインテールの頭を横に振るセレバーナ。
「いえ、遺跡はまずいです。彼女達は下の村へアルバイトに行っているでしょうが、何かの拍子に帰って来て話を聞かれるかも知れない」
その言葉を聞いた秘書が応接セットを勧める。
「お仲間に聞かれてはいけない話なんですね。なら、無関係な私に聞かれても問題が無いのでしたら、ここでご相談なさっても結構ですよ」
そう言ってくれた秘書に甘え、ソファーに向かい合って座るセレバーナとシャーフーチ。
秘書は自分の席に戻って書類整理を始めた。
「儀式成功の条件は『同期の人に嫌われる事』です。つまり、あの三人に私が嫌われなくてはいけません」
セレバーナが机に置いた一枚の紙には、確かにそう書いてある。
それを確認したシャーフーチは、うーんと唸って頭を掻く。
「嫌われるのが条件ですか。それは確かに難問ですねぇ。貴女達は四人で力を合せて困難に立ち向かって来ましたから、余計に難しい」
「だからこその条件らしいです。取り敢えず、あの三人の事を考えてみましょうか」
ペルルドールは王家で生まれたせいか、まず他人を頼ろうとする。
周りが自分に尽くしてくれる事が当たり前な環境で育って来たので、それが彼女の普通なのだ。
助けてくれる家来が居ない遺跡に来てからは一般常識を備えつつあるが、それでも利己主義な部分が消えない。
そのせいか、自分に得が有る人物を無条件で信頼するクセが有る。
以前、毒を警戒しなければならないから外出先では飲食しないと言っていたのに、セレバーナが先に物を食べただけで信用してしまった。
これはつまり、自分を助けてくれるセレバーナを全面的に信頼している事になる。
簡単には嫌ってくれなさそうだ。
普段は一歩下がって目立たないサコも、仲間の事になると意外に前に出て来る。
今回の儀式の為にセレバーナの態度が一変したら、しつこいくらいに訳を聞いて来るだろう。
だがしかし、そうなっても徹底的に無視すれば良い。
目的は嫌われる事だから、サコへの対処は簡単だ。
それで嫌われるかどうかは、その時になってみないと分からない。
ただ単純に無視するだけではなく、彼女を呆れさせる為の慎重な対応が必要だろう。
イヤナは率先して家事をしてくれているせいか、良くも悪くもお母さんみたいな行動をする。
心臓の病気が発覚した時、入院を怖がるセレバーナに病院行きを決意させてくれたのはイヤナだ。
その時のイヤナはサコ以上にしつこく、おせっかいだった。
そして意外に察しが良い。
態度が変わったセレバーナに食らい付き、自分が納得するまで纏わり付いて来るだろう。
無視程度では嫌ってくれないに違いない。
この儀式の最大の敵はイヤナだ。
「私はこれから憎まれっ子にならなければなりません。ですが、事情を察してしまわれたら失敗になるでしょう」
「そうですねぇ。口裏を合わせて嫌われても、その時点で仲良しですからねぇ」
師弟揃って腕を組むと、白いローブを着た魔法使いの女性がお茶を持って秘書室に入って来た。
いつの間に手配してくれたのか。
もしかすると、秘書もテレパシーが使える魔法使いなのか?
いや、余計な事を考えている場合ではない。
この儀式には期限が有るので、ここで打ち合わせを完璧にしておかなければならない。
出されたお茶を啜った二人は話を再開させる。
「期限は一週間。取り敢えず頑張ってみますが、今回ばかりは失敗も有り得ます。ですので、フォローをお願いします」
セレバーナは、座ったままでツインテールの頭を下げた。
しかしシャーフーチは全く乗り気ではない声を出す。
「フォロー、ねぇ……」
「出来ませんか?魔王は色々な人を手玉に取って世界を震撼させたと伝説に残っています。なら、十代の少女を仲違いさせる程度は簡単ですよね?」
「それとこれとは話が別な様な……」
シャーフーチが困った声を出すと、秘書が噴き出した。
仕事をしながら聞いていた様だ。
このまま話し合ってもこれ以上の進展は無さそうなので、セレバーナは自分の太股の上に置いている木箱の端を掴んで纏めに入る。
「まぁ、しばらくは一人で頑張ってみます。シャーフーチは口裏を合わせるか惚けるかで協力してください」
「そうですね。その試練が選ばれた事には意味が有るのでしょうし。確かに、あの三人はセレバーナに頼り過ぎです」
「頼られる事に少なからずの愉悦を感じていたのも事実です。彼女達は損得抜きで私と付き合ってくれていますし、私も彼女達を頼っていますし……」
セレバーナにしては珍しく悲しそうな顔になる。
「遺跡での生活が楽しくて、居心地が良くて、そしてみんなが私を必要としてくれるから、あそこが私の居場所かと思った時が有りました」
セレバーナは制服の上から胸の手術跡を撫でた。
自分について色々と悩み、自分はこう有るべきと決めた証。
この試練は、きっとその延長上に有るんだろう。
そう考えると、多分これから言う言葉が試練の真意なんだろう。
「でも、違いますよね。一人前になったらそれぞれの道に進む。四人は別れ別れになる。――杖を作るのは、その第一歩なんですよね」
だからこそ、こんな面倒な試練が出たんだと思われる。
一人前になって遺跡を出た後で、仲間がまだセレバーナを頼る様ではセレバーナは自由にならない。
魔法樹はそう判断したんだろう。
「そうですね。そんな普通で当たり前の世界を護る為に、私達とあの人は……」
シャーフーチは言い掛け、慌てて口を閉ざす。
その行動には気付いていたが、今のセレバーナにはそれに構っている余裕は無い。
木箱の中身を腐らせたら一人前もへったくれも無くなるのだから、雑念は出来る限り追い払いたい。
「では、帰りましょうか。場合によっては私も貴女を悪く言うかも知れませんが、それでも私は弟子達全員の味方ですよ」
シャーフーチは失言を誤魔化す様に立ち上がる。
セレバーナも立ち上がる。
「信頼していますよ、シャーフーチ。貴方の演技力に期待します」




