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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第六章
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191/333

19

「では。セレバーナさん。転移魔法を使うので、私と手を繋いでください」


「はい」


クセっ毛のお姉さんの手はシャーフーチの手より柔らかくて温かいな、と思った瞬間に転移した。

狭い室内から明るい屋外へと。

不意打ちだった上に目を開けたままだったので、急激な風景の変化に眩暈を起こすセレバーナ。


「無茶をしてごめんなさい。ここは魔法ギルドの敷地内なんですが、秘密の空間なので座標を覚えられない様にこうするんですよ」


セレバーナの手を強く握り、後ろへ倒れそうになった黒髪少女を引き寄せるブランナーさん。

結果、ツインテールの頭が豊満な胸部に埋もれてしまう。


「後続の魔法使いの為を思うのなら、この事は誰にも話さないでください。体調を崩してしまったのでしたら休憩しますが、如何なされますか?」


「す、少し気分が……」


「はい。ではここにお座りください」


セレバーナは、背凭れが柔らかい椅子に座らされる。

用意が良いので、突然の転移に驚く弟子は多いのだろう。

数分程で冷や汗が引いて行く。


「申し訳有りませんでした。もう大丈夫です」


黙ってセレバーナの様子を眺めていたブランナーさんは、立ち上がろうとした黒髪少女を手で制す。


「貴女には心臓に不調が有るとの事なので、座ったままで結構ですから説明をお聞きください。判断力と記憶力は正常ですね?」


「はい。問題は有りません」


ブランナーさんはセレバーナの正面から横にずれた。


「あそこに大きな木が有るのが見えますか?あれは『千本枝の魔法樹』です」


セレバーナは正面を見る。

ここは先程通った中庭みたいな場所だった。

広さも、青空も、芝生もそのまま。

唯一違うのは、噴水が無くて大木が生えている事だった。

明らかに普通の木ではない。

と言うのも、枝がその背丈よりも長く横に広がっているからだ。

例えるのなら、平べったいキノコみたいな形。

普通の木なら自重で枝が折れている。


「セレバーナさんには、あの木の枝を取って来て貰います。その枝が魔法の杖になる訳です。魔法使いが持っている杖は、その全てがあの木の枝で出来ています」


「全てですか?」


「全てです。太古の昔から魔法使いの為に枝を分け与えてくれている、偉大な魔法樹です。セレバーナさんも、資格が有れば枝を分けて貰えます」


「資格が無ければ分けて貰えないんですか?」


「勿論です。その辺の見極めはそれぞれの師匠が行い、ここに寄こすかどうかを決めるので、たまに貰えない子が居ます」


「ふむ。杖を持てるかどうかは魔法樹の判断が全て、と言う訳ですか」


「貰えなくてもペナルティは有りませんので、気負わなくても大丈夫ですよ。まぁ、魔王が見極めを間違う事はないでしょうけど」


「そうなら良いのですが」


「あら、意外に信用が無い」


「自称魔王ですから。私は彼が魔王だと言う確たる証拠をまだ見ていません」


セレバーナの言葉を鼻で笑うブランナーさん。


「それは当然です。見たら死にますから。まぁ、見れないからこその不信感と言う訳ですね。おっと、話が逸れました」


メガネを中指で押し上げたブランナーさんは、セレバーナが座っている椅子の斜め後ろに移動した。


「体調が回復したら、左手で月織玉を裸で持ち、右手で『千本枝の魔法樹』の幹に触ってください。資格が有れば、一本の枝が落ちて来ます」


左利きなら持ち手と触る手を逆にしてください、と付け足すブランナーさん。


「その枝を拾ったら、近くに有る石碑に枝だけを置いてください。すると三個の数字が縦に現れますので、上から読んで覚えてください」


「はい」


「例えば上から123(いち に さん)と書かれていれば、百二十三と言う意味になります。これを間違えると枝は杖になりません。注意してください」


「分かりました」


立ち上がったセレバーナは、上着のポケットに入れておいた小箱を左手に持つ。


「おっと、その前にあちらで着替えをして貰います。神学校の制服は魔法樹が雑念を感じてしまうかも知れませんので」


振り向くと、椅子の後ろに黒いカーテンが浮かんでいた。

あそこで着換えろと言う事か。


「お守りや呪物も置いて行ってください。刺青は無いとの事ですが、先程の書類に書き忘れたのなら今の内に申し出てください。一時的に封印しますから」


「胸に手術跡が有りますが、それは関係有りませんよね?」


「魔法的に意味の無い傷や痣なら問題有りません。それがセレバーナさんの人生の一部なら、むしろ必要です」


「分かりました。着替えは中に有るんでしょうか」


「準備してあります。ここには私とセレバーナさんの二人だけしか居ませんから、月織玉以外の貴重品を中に残したままで大丈夫です」


頷いたセレバーナは、カーテンを下から捲って中に入る。

筒状になっているカーテンの中には小さな机が有り、黒いローブと黒いショーツが畳んで置いてあった。


「下着も変えるんですか?」


「はい。身を清めると言う意味が有ります。ローブは返して貰いますが、下着はそのまま着けて帰っても良いですよ」


カーテンの向こうから返事が来る。

制服を脱ぎ、下着を替える。

ふむ、中々良い生地で作られている。

下しかないが、これがタダで貰えるのならお得だ。

そしてローブを着て制服を畳む。

古い下着は制服のポケットに入れ、神官の証を重しとして一番上に置く。

ブランナーさんを信用していない訳ではないが、そこそこの額が入った財布が有るので、こうしておけば上着を探ろうとしても数秒くらいは時間が稼げる。

神官の証に驚いてくれれば、怯んだ分の時間が猶予になる。


「お待たせしました」


魔法使いっぽいローブ姿になったセレバーナがカーテンの外に出ると、ブランナーさんが魔法樹の方に促した。


「フードは被らなくても結構ですよ。セレバーナさんのタイミングでどうぞ」


「では、早速」


ツインテール少女は、小箱から月織玉を取り出した。

見た目は帯電しているが、素手で触っても感電する事は無い。

それを左手で握り締めながら魔法樹に近付く。

こうして木の前に立ってみると、とんでもない存在感に気圧される。

胸が苦しい。

しかし手術跡は癒される様な、不思議な感覚。

明らかにそこらで生えている樹ではない。

おっと、樹に圧倒されている場合ではない。

儀式を行わなくては。

右手で魔法樹の幹を触る。

感触は普通の木だ。

特殊な力は感じない。

そう思っていたら、右の方で何かが落ちる音がした。

そちらに顔を向けると、青々とした芝生の上に一本の枝が落ちていた。

三十センチ程の細い枝。

セレバーナの杖になる予定の枝を右手で拾い、ツインテールの頭を巡らせて石碑を探す。

石碑は椅子と樹の中間付近に有った。

魔法樹を見上げていたせいで気付かずに通り過ぎていた様だ。

それは白く濁った石英を長方形に切った様な形をしている。

一メートル程の大きさで、鏡の様に真っ平らな上部に小さな文字がびっしりと彫られている。

文章ではなく、数多くの数字が不規則に並んでいるだけの物だ。

一見しただけでは数字の並びに意味が有るとは思えない。

そんな石碑に枝をそっと置く。

すると、みっつの数字が赤く光った。

上から下へと順に読み、記憶する。

だが、ここで説明には無かった事態が発生した。


「ブランナーさん!三文字目が数字ではないんですが、これはどう言う事でしょうか?」


距離が有るので大声で訊くと、大声が返って来た。


「問題有りません!覚えて戻って来てください!枝を持って来る事を忘れずに!」


「はい!」


枝を再び拾い、ブランナーさんの許に戻る。


「持ち帰った枝と月織玉をここに置き、石碑に表示された数字を正確に言ってください」


ブランナーさんは、さっきまでは無かった机を示す。

玉が転がらない様に白兎の毛皮が敷いてある。

そこに枝と玉を置いたセレバーナは、クセっ毛な女性を金色の瞳で真っ直ぐ見詰めた。


「九百七十Cでした」


「おお、九百代とは優秀ですね。しかも文字との複合なんて、ギルドの歴史上では、貴女で二人目です」


「珍しいんですか?」


「数字が大きい枝ほど魔力の負荷により耐えられるとされています。魔法樹は、貴女の魔法力がそれくらい大きいと判断したんですね」


「なるほど。それはつまり、私は魔法使いとしての自信を持っても良い、と言う事ですね?」


「そうですね。文字が混ざっているのは、それがもっとも古い枝のひとつと言う意味です。古い枝を持っている人はかなり珍しいんですよ。スーパーレアです」


宙を見て暗算するブランナーさん。


「正確な数字は九百八十二で、その番号はセレバーナさんしか持っていない事になります。百代でも文字が混ざる事が有り、その意味はまだ解明されていません」


「16進法……ですか?文字の部分だけ?」


「お、さすが天才少女。知ってますね。まぁ、バグなんですけどね。文字の解明にはかなりの時間が掛かりました」


「どうやって解明したんですか?」


「実際の魔法力と照らし合わせて、大体それくらいかなと予想したんです。この表記がされた一人目は現魔法ギルド長です。数字は九百九十Fでした」


「千を超えているじゃないですか」


「その謎も未だ解明されず、です。そんなギルド長が居るから魔王の出入りが黙認されているんですね。魔力だけなら、恐らく彼は魔王より強いです」


「凄いですね」


「凄いんです。さ、元の服に着替えてください。私はその間に儀式の後半部分の準備をします。枝と玉はこのままで結構です」


「はい」


ブランナーさんは転移魔法で姿を消した。

残されたセレバーナは、カーテンの中に入って神学校の制服に着替え直す。

黒いショーツは貰って帰るつもりなのでそのまま。

外に出ると、ブランナーさんが帰って来ていた。

細長い木箱と一枚の紙を持っている。


「では、セレバーナさんの手で枝と玉をこの木箱に入れてください。他人は触れませんから」


ブランナーさんは木箱をセレバーナに手渡した。

言われた通り、木箱に枝と玉を入れる黒髪少女。

木箱の中には綿が詰めてあるので、まるで宝物の様だ。


「はい。では蓋を閉めてください。机に置いてから閉めても良いですよ」


続いて薄い蓋を受け取ったセレバーナは、木箱をそっと机に置いた。

そして、静かに木箱の蓋を閉めた。

それを見届けたブランナーさんは、紙を木箱の上に乗せた。

先程まで白紙だったそれに、じんわりと文字が浮かび上がる。


「ある条件を満たすと玉と枝が融合し、魔法使いの杖の完成となります。その条件とは……あら、これも珍しい。『貴女の同期の人達に嫌われる事』です」


「嫌われる、ですか?」


セレバーナは、予想外過ぎる条件に目を丸くする。

紙を見てみると、確かにそう書かれてある。


「恐らく、貴女は仲間達に頼られ過ぎているんじゃないですか?友達が居ない子は、逆に友達を作る事が条件になる事が多いですから」


思い当たる節が有り過ぎる。


「第二王女様に嫌われるのは辛いでしょうが、頑張って乗り切ってください。期限は一週間です。その間は蓋を開けない様に」


ブランナーさんは条件が書かれた紙を二つ折りにし、セレバーナに手渡す。


「一週間後、蓋を開けてみてください。成功なら杖になっています。その後に同期の人達にその紙を見せ、事情を話して仲直りしてください」


「仲間に嫌われなかったら失敗になるんですか?」


「そうなります。失敗時は枝と玉が腐ってしまうので、腐臭で分かります。そうなったら、貴女は魔法使いになれずに破門です。再挑戦も出来ません」


厳しい事を言いながらセレバーナに手を差し伸べたブランナーさんは、ニッコリと微笑んだ。


「さ、受付に戻りましょう。木箱を落とさない様にしっかりと持ってください。――帰りは目を瞑っても大丈夫ですよ」

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