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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第六章
186/333

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「『試しの二週間』をあっという間にクリアしてしまった弊害が出ましたねぇ。色々と思考錯誤する時間が無かった」


シャーフーチは他人事の様に呟きながらページを捲り、こんな場合の対処を探す。

文字数も多いし堅苦しい感じで書かれているから分かり難いが、要するに目標が明確になる様に弟子を導いてやれば良いのか。


「質問します、イヤナ。何でも出来る魔法使いとは、どう言った存在だと思いますか?気負わず、思った事を言ってみてください」


「えっと……」


黒髪の師匠を上目で見てから、黒髪の少女を横目で見るイヤナ。


「お師匠様の様に強い魔力を持っていて、セレバーナの様に何でも知っている人。でしょうか」


「そうなる為にはどうしたら良いと思いますか?」


「いっぱい勉強して、いっぱい修行すれば良い――んでしょうか」


「そうですね。もしもその手伝いをしてくれる存在が有るとしたら、どの様な存在だと思いますか?」


イヤナは目を伏せ、必死に考える。

すると、女神の導きなのか、閃く様に昔話を思い出した。


「……賢者の泉、です」


「それは何ですか?」


「幼い頃、お婆ちゃんが私を寝かし付ける時に話してくれた昔話です。それは……」


昔々在る所に、偉い賢者様が居ました。

賢者様はこの世界に無い知識を持っており、それを広めてくださったお陰でこの世界は豊かになりました。

魔法が進化し、道具が洗練され、道徳も人々の意識を高めました。

しかし、賢者様にも知らない事が有りました。

魔物がどこから来るのか。

冒険者が見付け出す宝を作り出したのは誰か。

そして、女神様はなぜこの世界を作られたのか。

それを知る者はこの世界には居ませんでしたが、ただひとつ、賢者の疑問に答えてくれる存在が有りました。

旅の途中、賢者様が見付けた不思議な泉がそれです。

泉は賢者様の質問に何でも答えてくれましたが、ひとつの質問にひとつの捧げ物を要求します。

食料や宝石と引き換えに多くの知識を得た賢者様は、最後にこの質問をしてしまいます。

『お前は何だ?』と。

泉はその答えと引き換えに、賢者様の命を取ってしまいました。

なので、泉の正体とそれが有る場所は今も分かりません。


「そのお話は初耳ですねぇ……」


珍しく眉間に皺を寄せるシャーフーチ。

視線を泳がせ、何かを考えている。


「私は賢者様になりたい訳ではありませんが、その泉が有れば、何でも出来る魔法使いになれそうです」


「セレバーナは今の話を知っていますか?」


師に話を振られ、金色の瞳だけを動かして成り行きを窺っていたツインテール少女が口を開く。


「はい。幼児向け絵本の定番のひとつです。東方の小国に原作が有るおとぎ話ですね。ペルルドールとサコも知っていると思います」


金髪美少女と茶髪少女の頷きを見てから言葉を続けるセレバーナ。


「最後に賢者様の命が無くなった部分が幼児教育になっていると私は受け止めています。身の丈に合わない事実を知ろうとするな、と言う」


セレバーナに同意の頷きを向けるイヤナ。


「そうだね。好奇心旺盛な子供が無茶な冒険をしない様にするのが目的のお話だと思います」


「結構。イヤナはその泉を我が物にする事を望みなさい。その昔話を元にせず、無償で知識をくれる泉を」


「無償で知識をくれる賢者の泉、ですか?」


「有れば便利だと思いませんか?」


「ええ、まぁそうですけど……」


「他に願いが有れば、そちらでも結構です。決めるのは、イヤナ。貴女です」


イヤナは眉間に皺を寄せて考える。

確かに、賢者の泉が有ればなんでも一人で出来る魔法使いになれるだろう。

頭が悪い自分でも、セレバーナ以上の知識を得る事が出来る。

だがしかし、昔話では賢者は最後に命を落とす。

それを無償で使う事は出来るのだろうか。

虫が良過ぎるのではないだろうか。


「……」


不意に顔を上げるイヤナ。

仲間達が心配そうに自分を見詰めていた。

お師匠様も穏やかな顔で見詰めている。


「そうですね。有れば便利ですね。私は無償で知識をくれる賢者の泉が欲しいです。私が一人前の魔法使いになる為に」


まぁ良いや。

貧民である自分の命なんか安い物。

人生を掛けたチャレンジに怖気付く資格なんか最初から無い。

これは投げやりではなく、賭けだ。

故郷を捨て、ここに来たのも賭け。

最初の賭けは大正解の大勝利だった。

ふたつめの賭けにも勝てれば、セレバーナに頼らずとも一人前になれるはずだ。

賢者の泉に命を奪われたとしても、それで困る人は居ない。

仲間達は悲しんでくれるだろうが、炊事担当の平民が居なくなったからと言って歩みを止める子達だとは思えない。

他の子達は明確な目的が有ってここに居るんだから。


「では。イヤナにもこれを」


イヤナの前に小箱を置いたシャーフーチは多くのページを捲り、虎の巻の最後の方に書かれている文字に視線を落とす。


「貴女達の前に置いた小箱には、月織玉(つきおりだま)と言うマジックアイテムが入っています。ああ、まだ触らない様に」


箱に手を伸ばそうとしたセレバーナとペルルドールを制するシャーフーチ。


「その玉を育てるのが、これからの修行になります。その玉は貴女達の魔力と願いを吸い取り、望んだ通りの物体へと変化します」


シャーフーチは説明文を読んで行く。

月織玉は、魔力を溜め込む水筒の様なアイテムである。

魔力が満タンになった時、願いを反映した存在に姿を変える。

例えば、イヤナが見返りを求めない賢者の泉を望めば、その通りの物に変化する。

ただし、真の願いが別に有る等の理由で雑念が入ると、望んだ物ではない物体に変化する事も有る。

やり直しが効かない儀式なので、十分に注意する事。


「サコとペルルドールはハッキリとした目的が有るので大丈夫でしょう。しかしイヤナとセレバーナは目標が曖昧です。心を乱さない様に注意してください」


「質問、宜しいでしょうか」


右手を上げるセレバーナに頷くシャーフーチ。


「私もイヤナの様に有れば便利な物をイメージしても宜しいでしょうか」


「貴女の思うがままに、ご自由に。心を乱さなければ、ね」


「自由、ですか。難しいですね」


セレバーナは口をへの字にして腕を組んだ。

さて、祖父を越える為に必要なマジックアイテムとは何だろうか。


「最初にそのイメージを固め、維持して行かないと、この修行は失敗してしまうのでしょうか?」


「そうですね。多分そう言う事でしょう」


説明書きを読み返して確認したシャーフーチは、他の少女達に視線を向けた。


「ですので、自分の願いを今ここで固めてください。先程の質問に答えられたみなさんなら難しくないでしょう」


少女達は、師の言葉に緊張を新たにする。

ここでの決断が、月織玉と言うマジックアイテム育成の正否に関わるらしい。

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