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「何も無くて良かったね、セレバーナ」
安心したのだろう、イヤナは満面の笑顔で坂になっている草原を登っている。
無表情のセレバーナも横に並んで登る。
「だから言っただろう?何でも無いと」
しかしセレバーナは気になっていた。
もじゃひげ先生は、明らかに何かを言いたい様子だった。
それが何か分からないので、生来の探究心からそれを調べたいと思う。
医学方面には縁が無かったから、勉強するには良い機会だ。
しかし、もしも自分の心臓に何か有るとすれば、それは確実に悪い情報だろう。
知らずに居るのは気持ち悪いが、知ったら行動が制限されるかも知れない。
下手をすれば、もしかすると……。
「どうしたの?セレバーナ。深刻な顔をして」
イヤナは、歩きながら黒髪少女の顔を覗いた。
我に返ったセレバーナは、無表情のまま考えていた事と別な言葉を口にする。
「心臓に負担が掛かる運動を控えろと言われたが、どうした物かと思ってな。今まで通りで良いと仰られていたから、特別な気を使わなくても良いとは思うが」
「うーん。そうだね。でも、具合が悪くなったらすぐ言ってね。無理しないで休む事」
「ああ。いつも無理しないで休んでいる」
「あはは。そっか」
遺跡に戻ると、リビングからペルルドールとサコが飛び出して来た。
「大丈夫でしたの?」
心配そうな表情をしているペルルドールに迷い無く頷いて見せるセレバーナ。
「予想通り、何の問題も無かった。シャーフーチにも報告せねばな。彼は自室かな」
「いえ。リビングにいらっしゃいます」
「そうか」
頷いたセレバーナは玄関脇のリビングに向かった。
玄関で立ち止まっていたイヤナは、ツインテール少女を目で追っていたペルルドールに話し掛ける。
「ペルルドールはどこか調子の悪い所は無い?」
「わたくしは健康そのものですわ。心配してくださってありがとう」
「なら良いけど。セレバーナと同じくらい体力が無いから、もしかしてって思って」
悪意無き笑顔で言うイヤナにムッとするペルルドール。
「わたくしから見れば、女のくせに異様に体力と腕力が有るサコの方が不自然ですわ」
「うへ、とばっちり」
サコが情けない顔をする。
そんな同門達を尻目にリビングに入るセレバーナ。
そして木目が美しい巨大な木の円卓の上座に座っている師匠に一礼する。
「ただいま戻りました。御心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「お帰りなさい。どうでしたか?」
穏やかな顔で訊くシャーフーチに無表情で応えるセレバーナ。
「問題は無かったので、今まで通りの日々を過ごせるでしょう。ただ、無理な運動はするなと言われました」
「そうですか。私達が注意するべき事は?」
「何も有りません。あ、これは診察費のおつりです」
セレバーナは、ポケットに裸で入れていた小銭をシャーフーチに手渡しする。
そこで仲間達もリビングに入って来た。
「分かりました。では、今まで通りの生活をしてください」
「はい。みんなも私を特別扱いせず、今まで通りの生活を頼む。――ただ、もしかするとですが、後日、もじゃひげ先生に呼ばれるかも知れません」
「何で?どうして?そんな事言われなかったよ?」
赤毛少女が早口で言う。
「いつもの心配性だ。ほんの僅かだがその可能性が有るので報告しただけだ。そうなって慌てるのは私なので、みんなは気にしなくて良い」
「でも……」
また心配そうな顔になったイヤナの肩を軽く叩いてから前に出るサコ。
「そうなったら気にするけど、今は気にしないでおくよ。話は変わるけど、そこにセレバーナ宛ての手紙があるから」
サコが円卓の上に置いてある三通の封筒を指差した。
少女達が暮らしている封印の丘には魔王が封印されている事になっているので、誰も入れない様に結界が施されている。
例外として、魔王であるシャーフーチの弟子となった少女達だけが自由に出入り出来る。
だから郵便物が届かないので、下の村の役所で留めて貰っている。
数日に一度、下の村に行ったサコかイヤナがそれを回収する。
今回はサコが回収して来た様だ。
「ありがとう」
その封筒を手に取ったセレバーナは、師に向けて失礼しますと一礼してから自室に戻った。
それを見送った師匠が二階に戻って行ったので、他の少女達もそれぞれの居場所に散って行った。




