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円卓のヴェリタブル  作者: 宗園やや
第五章
143/333

2

調味料や手紙の束が入った木箱を抱えた茶髪の少女が下の村から帰って来た。

少女と言っても、男でも通用するほどの体格と筋肉を持っている。

短髪なので余計に男に見えるが、本人に女らしくする気は無い。


「ただいま、ペルルドール」


「おかえりなさい、サコ」


外見に似合わず妙に可愛いサコの声に反応した金髪美少女が庭の畑から歩み出た。

ペルルドールは、どう見ても農民そのままのモンペ姿になっている。

最初は野菜を見ていただけだったが、虫やら土やらが気になったのでワンピースから着替えたのだ。


「いやぁ、暑くなって来たね。ここは丘の頂上だからまだマシだけど」


「あら。サコは暑がりなのかしら?わたくしはまだ夏の陽気を感じていませんが」


「暑がりって事は無いと思うけどな。トレーニングしてるからかな?」


「かも知れませんわね。でも、この地方は確かに暑くなりそうですわ。今後の暑気払いも考えませんと」


サコとペルルドールは、二人並んで石造りの遺跡に入る。

サコは玄関脇の扉の無いリビングに入り、部屋の中心に備え付けられている巨大な円卓に木箱を置いた。

ペルルドールは真っ直ぐ廊下を進み、水場が有る地下を目指す。

手が土で汚れているので麦わら帽子を脱げない。


「おや?昼間なのに、明かりが……」


地下に有るトイレのドアの上で、ジャムのビンみたいな形の電球が光っていた。

電気を使っている割にはそんなに明るくないが、ロウソクの代わりにはなるくらいの明るさ。


「こんな事をするのは、きっとセレバーナですわね。……ヒィッ!」


視線を下に降ろすと、床一面に黒髪が広がっていた。

ペルルドールはカエルの様に飛び跳ねて驚く。

もう一歩前に進んでいたら踏んでいた。


「ビックリしましたわ……。何しているんですの?セレバーナ」


「御覧の通り、寝ているのだ」


ツインテールの少女が、トイレの横に有る井戸の前でうつ伏せになっていた。

だから妙に量の多い黒髪が床に広がっていたのだ。


「なぜそんな所で寝ているのかって聞いているんです。返事をしているので、倒れた訳ではない様ですけど」


「薬品や塗料の臭いが充満しているので、少々具合が悪くなったのだ。だから頭を低くしている」


「臭い……?」


形の良い鼻を鳴らすペルルドール。

確かに変な臭いがする。

今まで気付かなかったのは換気がほとんど終わっていたからだろう。


「大丈夫ですの?」


「何、いつもの事だ。気にするな」


セレバーナはうつ伏せのまま応える。


「大丈夫なら良いんですけど……手を洗ってもよろしくて?このままじゃ髪を踏んでしまいます」


「そうか。邪魔して悪かった」


セレバーナは腕立て伏せの要領で起き上がる。

神学校の制服の前面が思いっきり汚れている。

心成しか表情が暗い。


「本当に大丈夫ですの?」


「しつこく訊くと言う事は、大丈夫そうに見えないのかな?」


「ええ、まぁ。こんな所で寝転んでたら、誰でも心配しますわ」


「そうか。そうだな。まだ神学校のノリが抜けていない様だ」


取り合えず、ペルルドールは井戸ポンプの口の下に置いてある桶に溜まっている水で手を洗った。

その間、セレバーナは気だるそうな横座りで壁に凭れ掛っている。


「神学校では人が床で寝てますの?」


「研究棟の方ではな。徹夜明けの教授や学生が好き勝手に転がっていた。私も最初は驚いたもんだったが、いつの間にかそれに染まっていたんだな」


手櫛で髪を梳いたり制服の汚れを払ったりしたセレバーナは、ゆっくりと立ち上がった。

そして姿勢良く階段の方に向かって歩き出す。


「さて。そろそろお昼だな。行くか」


「え、ええ」


ペルルドールは、訝しく思いながらもセレバーナの後ろに付いて階段を登る。


「どうしたの?なんか変な声が聞こえたけど」


階段の途中にイヤナが居た。

その後ろにはサコも居る。


「別にどうもしない。そっちは?」


「私は水汲み、をしたいから様子を見に。もう井戸使える?」


空の水差しを持っているイヤナがエヘヘと笑う。


「使える。ただ、最初は薬品臭いかも知れない。何度か水を流せばすぐに取れる筈だ。料理用なら気を付けてくれ」


言いながら、無意識で左胸に手を当てる仕草をするセレバーナ。

それを見ながらサコも応える。


「私はトイレ。下で何か有ったの?」


「別に何も無い」


黒髪少女は壁に背を当て、道を譲る。


「セレバーナが地べたで寝転んでいたんですわ。それに驚いたわたくしが変な声を上げてしまったんです」


ペルルドールも肩を竦めながら道を開ける。

確かにセレバーナの制服が薄汚れている。


「どうしてそんな事を」


目を丸くしているイヤナを見上げたセレバーナは、左胸に当てていた手を下げて応える。


「薬品の臭いに当てられただけだ。深い意味は無い」


「本当に?」


珍しく鋭い目付きになるサコ。


「もしかすると、セレバーナ。心臓に痛みを感じているんじゃないの?」


セレバーナの眉がピクリと動く。


「前から気になってたんだ。セレバーナって、畑仕事とかで一服付ける時、たまに左胸を押さえるよね」


「……良く見ているな。その仕草がクセになっているのか、私自身も気付いていない時が有るんだが」


セレバーナは金色の瞳を仲間達から逸らし、階段を上ろうとする。

しかしイヤナが道を塞ぐ。


「どうなの?セレバーナ」


子供を労わる様な口調で聞くイヤナ。

セレバーナは仕方ないなと溜息を吐く。


「痛くはない。たまに心臓に違和感を感じるだけだ。幼い頃からな。――だが、特に問題は無い。今まで無かったから、これからも無い」


改めて階段を昇り始めるセレバーナに可愛い声を掛けるサコ。


「もしも心臓がおかしくて横になっていたのなら、私は何が有ってもセレバーナを医者に連れて行くよ」


「大袈裟な」


「私は本気だよ」


呆れ顔をしたセレバーナだったが、サコの真面目な顔を見て階段を登る足を止めた。

イヤナも、ペルルドールも、黒髪をツインテールにしている背の低い少女を見詰めている。

全員が心配している様だ。

だからその心配を払拭出来る様な情報を提供する。


「神学校時代、一年に一度の健康診断を受けていた。それで再検査を受けた事は無い。だから大丈夫なんだ」


「どうしてそんなに頑なに大丈夫って仰るんですの?床で寝ているセレバーナを見た時、ビックリしたわたくしの方が心臓がおかしくなりそうでしたわ」


小首を傾げたペルルドールが眉間に皺を寄せながら続ける。


「今後、また同じ様な事が起きない保証は有りますの?」


「……さて。私は医学に明るくないから、何とも言えない」


セレバーナは腕を組む。

今になってみれば、この腕を組むクセも無意識に心臓を守っているのかも知れない。


「だが、本人が問題を感じていない以上、医者に行っても無意味だと思うんだが」


「うーん。でも心配だなぁ。私達を安心させるって意味でも、一度お医者さんに行ったら?しつこくしてごめんなさいだけど、ね?」


セレバーナの肩に手を置くイヤナ。

しかし黒髪少女は首を横に振る。


「医者に行きたくない理由はふたつ。一番はお金が掛かる。そして、さっきも言ったが、健康診断で問題は発見されていない。無意味なのだ、医者に行くのは」


セレバーナが面倒そうに言うと、階段の上に人影が現れた。

灰色のローブを着た、長い黒髪の男。

遺跡の二階に自室が有る、少女達の師匠だ。


「どうしたんですか?そんな所で固まって。上まで話声が聞こえて来ましたよ」


「聞いてください、シャーフーチ。セレバーナの心臓の具合が悪いそうなんです」


サコの言葉を聞たシャーフーチは、事態を理解して表情を引き締める。


「で、当の本人が医者に行くのを拒んでいるんですわ」


言葉を補足したペルルドールがヤレヤレと肩を竦める。


「なるほど。拒む理由は聞こえていました。お金は私が出します。弟子の健康を管理するのも師匠の責任の様ですし」


「お師匠様……!」


イヤナは指を組み、女神に祈りを捧げる様なポーズで瞳を輝かせる。


「お師匠様の命令なら、行かない訳にはいかないよね?セレバーナ」


満面の笑みになったイヤナを見て、ついに観念するセレバーナ。

逃げる口実は潰えた。

これ以上駄々を捏ねても赤毛少女は諦めてくれないだろう。


「分かったよ。行くよ。無駄になると思うがな。恐らく、医者はこう言うだろう」


組んでいた腕を解いたセレバーナは、神経質そうに制服の皺を伸ばした。


「生活環境が変わったストレスと、栄養状況の悪さが原因だ、とな」

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