13
全員を起こして簡単な食事を取った少女達は、騎士達が操る馬に乗せて貰って野を駆けた。
ペルルドールは女騎士が操る葦毛の馬に乗り、他の三人は男性騎士の馬に乗っている。
馬の蹄の音を二時間ほど聞いた後、少女達だけが馬から降りた。
「では、行って参ります。最善を尽くします」
ペルルドールは、騎士達に緊張した顔を向けた。
「お気を付けて。決して無理はなさいませんよう。私達は後方にて支援を行っておりますので」
馬上で敬礼をした騎士達は、そのまま引き返して行った。
「さて、行くか。昼過ぎには着くだろう」
セレバーナは、お弁当のパンが入ったポケットを軽く二度叩いてから進行方向に金の瞳を向ける。
「うん。行こう」
ハイキング気分のイヤナを先頭にして進む少女達。
南の国だから暑いのかと思っていたので薄着の準備をしていたが、来てみたらそれ程でもなかった。
むしろ歩くには気持ちの良い朗らかな陽気なので、他の三人も楽しい気分で歩を進める。
「ペルルドール。光線魔法は自在に操れる様になったか?昨晩も遅くまで魔法の練習をしていた様だが」
セレバーナが唐突に訊く。
「なんとか。うーん……」
目を瞑り、集中するペルルドール。
すると、金色だった長い髪の色が淡い紫色になった。
「わ、綺麗な色」
イヤナが目を輝かせる。
しかしセレバーナは冷淡な声で続ける。
「では、全身の透明化を」
再び集中するペルルドール。
見事にその姿が消える。
「うむ。問題無い。このまま引き返す事にならなくて良かった」
ペルルドールは、安堵の吐息と共に姿を現す。
「殲滅部隊が到着するのはもうすぐですもの。私のせいでヴァスッタ族が殲滅させられるのは不本意です」
「殲滅かぁ。実際にはどんな事をするんだろ」
イヤナは、相変わらず重大さのかけらも無い声で言う。
「どうするんだろうな。皆殺し作戦など滅多に見れる物ではないから、見てみたい気もする。街中に死体の山と血の海が出来るんだろうな」
物騒な事を言うセレバーナを呆れた顔で睨むペルルドール。
「何をバカな事を。数十万人の命を何だと思っているんですか」
「それをペルルドールが言うか?決定したのは国だ。君はその中心に居る者達の一人じゃないか」
「私が王なら、絶対に許可しません」
「また妙な事を言う。王の許可無く動くから狂人として処刑されるんじゃないか」
「ぐ……た、確かに……。では、この事は、お父様はご存じないと言う事ですわね」
「そんな事は知らん。目的自体分からないしな。もしもペルルドールが人助けだけの為に動くと言ってたら、ここまで付き合わなかったと思うし」
「あら。どうしてですの?」
フ……、と微笑みながら真っ直ぐ前を見るセレバーナ。
「あの手紙を読んだ時、私は眠っていた。なので、夢の中で適当な事を言っただけだったのだ。実は、本当に出発するつもりはなかった」
「んな?ここまで来て何を言い出すんですの?」
ペルルドールは青い瞳を剥いて驚く。
しかしツインテール少女は王女の戸惑いなどどこ吹く風で応える。
「プロンヤさんに会ったのも、気が付いたらそうなっていただけだ。宿での話の流れによっては中止するつもりだったんだがな。引き返す理由が無かった」
「私は分かってたよ。セレバーナが寝てたの」
イヤナが笑いながら言う。
「分かってたらどうしてその場で言わないんですか!」
赤毛少女に詰め寄って怒るペルルドール。
「だって、セレバーナの話は難しいし。私じゃ口を挟めないよ。それに、普通に喋ってたから、普通なら起きてると思うじゃない?でも寝てるっぽかったし」
分かってたけど分からなかったんだ、と言って頭を掻くイヤナ。
「まぁまぁ。もしかしたら大勢の命を救えるかも知れないんだし」
サコが金髪美少女を落ち着かせる。
「そうですけど。ですが、セレバーナは、人助けだけなら行かないと仰いましたよ?」
セレバーナは、半笑いになって肩を竦めた。
「当たり前だ。本気で作戦を止めたいのなら、ペルルドールが城に戻って大暴れしないとどうにもならん」
「大暴れって?作戦止めろーって駄々を捏ねるの?」
イヤナが子供みたいな事を言う。
「それだと情報を外に漏らした者が処分される。どれくらいのレベルだと何事も無く止められるかな。うーむ……」
セレバーナは、青空を滑空している大きな鳥を見上げた。
図鑑で見た事の有る、肉食の鳥だ。
大昔はあの鳥を神聖視して鳥葬を行っていた部族が有った。
その部族は王国との戦争の末に吸収され、今はもう無い。
どんな歴史を刻めば鳥葬と言う風習が生まれるのかを知る術は、もう無い。
「例えば、一日で国王を失脚させ、ペルルドールが即位するとかかな。そうなれば、当分の間は血生臭い作戦が絶対に出来なくなる」
「そんな無茶な……」
ペルルドールは呆れる。
「だが、新女王が誕生する時に殲滅作戦なんかしたら、国自体が狂っている事になる。だから絶対に止められるぞ」
「そうですが。ですが……」
言い難そうにそっぽを向くペルルドール。
「そんな事をしたら、そこでみんなとお別れじゃないですか。女王が国政をないがしろにして魔王の弟子をやるなんて、史上最悪の冗談です」
「お別れしたくないもんね」
イヤナが金髪美少女の胸の内を代弁する。
すると、ペルルドールは頬を染めながら頷いた。
それを見たセレバーナも笑顔で頷く。
「まぁ、冗談だ。と言うか、いつでも王座を奪える様な言い方だな」
「そ、そんな事は。ただ、資格は有るので、不可能ではありませんね。王位継承の可能性を発生させるだけでも同等の効果は得られますし」
「現実的ではない案は横に置き、話を戻そう。私達は彼等を助ける為ではなく、ふたつの事を知りに行くのだ」
セレバーナは、右手の指を二本立てる。
「ひとつは、なぜ彼等が殲滅させられるのか。真実が知りたいのは私も同じだった。ふたつめは、精霊魔法のひみつ。これはシャーフーチの希望だ」
手を下すセレバーナ。
「精霊魔法が一族の秘術なら教えて貰えない可能性の方が高いがな。教えて貰えなくても、殲滅作戦の情報は彼等に伝えよう」
「そうですわね」
頷くペルルドール。
「その情報を彼等がどう処理するかは、彼等の問題だ。我々は積極的に避難を促す事はしない」
「だけど、セレバーナ。私達みたいなのが殲滅作戦の事を伝えても、彼等は信用するだろうか」
サコが心配そうに言う。
「その為のペルルドールだ。第二王女が直々に知らせているのに信用しないのなら、それはそれで仕方ない。どうしようもない」
言ってからニヤリと笑うセレバーナ。
「まぁ、今回の騒動の発端はその第二王女が勝手に家出した事実を利用されたせいだがな。それは秘密にしておいた方が良いかな」
イヤナがアハハと笑い、サコは苦笑いする。
事実なので何も言い返せないペルルドールは複雑な顔でセレバーナを睨んだ。
「さて。先を急ぐか。街に着いたら私とペルルドールは長時間透明になるから、集中力の充電をして置こう」
「集中力の充電?それはどうやるんですの?」
ペルルドールが訊くと、セレバーナは肩を竦めた。
「知らん。そんな感じで構えていれば何とかなるだろう」
溜息と共に肩を落とすペルルドール。
「何と言うか、適当さがシャーフーチに似て来ましたね、セレバーナ。良くない傾向だと思います」
「あはは!確かに!お師匠様そっくり!」
イヤナが大笑いする。
赤髪少女は完全に旅行気分だ。
「む。それは困ったな。晴耕雨読な生活の影響だろうか。気を引き締めなければな」
セレバーナは、口をへの字にして嫌がった。
あんなぐうたらと一緒にされるのは物凄く不名誉な事だ。
そうして歩いていると、民家が見え始めた。
あそこが目的地のヴァスッタだ。




