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朝食が半分くらい進んだところでシャーフーチがリビングに現れた。
「あ、お師匠様。お先に頂いています。すみません」
「構いませんよ、イヤナ。ところで、ペルルドール」
金髪美少女は口の中の物を片付けてから返事をする。
「はい、何でしょう」
「ラックソーマンと言う名前はご存じですか?」
青い目を見開くペルルドール。
「爺ですわ。シャーフーチもお会いした事が有ります」
「ああ、あの人ですか……」
シャーフーチは、少女達が遺跡を訪れた初日の光景を思い起こす。
ペルルドールは大勢の護衛団を引き連れて封印の丘に来た。
その中に居た、一人の老人。
第二王女専属のお世話係が彼の役職なのだろう。
甲斐甲斐しくペルルドールの面倒を見て、邪魔臭いくらいに心配していた。
「爺がどうかなさいましたの?」
「うーん。良く分からないんですよね」
「はぁ?爺の名前を確認しておいて分からないとはどう言う了見ですの?」
ペルルドールは困惑の表情で小首を傾げる。
「実はですね。最近、結界に迷い込む輩が増えているんですよ。彼等を助けなければまた魔物騒ぎが起こるかも知れないので止めて欲しいんですけど」
「時折出掛けているのは、その人達の救助の為ですか」
半目のセレバーナがパンを食べながら言う。
「それも有ります。暗殺者なら随分前から居たんですけどね。彼等は口を割らずに自害するので面倒は無いんですけど」
「ペルルドールに向けた物でしょうかね。私かもですが」
物騒な事を淡々と言いながらパンを食べ続けるセレバーナ。
「彼等が遺跡に辿り着く事は絶対に無いのでいくら来ようと別に構わないのですが、一昨日から様子がガラっと変わったんですよ」
シャーフーチが上座に座る。
すかさず彼の分の朝食の準備をするイヤナ。
「ありがとう。彼等は、私にこう頼むんです。ラックソーマンの状況を姫に伝えてくれ、と」
「どう言う事ですの……?」
ペルルドールは形の良い眉を顰める。
「あからさまに怪しいので無視をしようとしたんですが、彼等はしつこく結界に飛び込んで来る。だから、手紙を書かせました」
懐から封筒を取り出すシャーフーチ。
それには王家の紋章が入っている。
「私の本心は無視したい。面倒事は御免ですからね。でも、手紙の内容が王国の一大事だった場合、風の噂に乗って貴女達の耳に入るかも知れない」
ペルルドールに見せ付ける様に封筒を掲げるシャーフーチ。
「今知るのも後で知るのも大して差は無いでしょうから、今の内に手紙を渡します。――しかし」
シャーフーチは封筒を円卓に置いた。
「この手紙がもたらす情報が魔法の修行の邪魔になる物だった場合、完全に無視してください。無視出来ると約束するなら渡しましょう」
どうしますか?と訊くシャーフーチの視線を受けるペルルドール。
「約束が出来ないのなら、手紙は捨てるんですの?」
「そのつもりです。知らなければどうにも出来ないでしょうから。後日噂を耳にしたとしても、手紙を受け取らなかったのは自分だと納得出来るでしょう?」
考え込むペルルドール。
爺に何が有ったのかは知りたい。
凄く知りたい。
だが、この国の第二王女である自分にしか出来ない救援要請だったら、どうにかしたいと思ってしまうかもしれない。
王家嫌いのシャーフーチの事だから、絶対にそれを許してくれないだろう。
ここで修行を続けるには師に従うしかない。
どうすれば良いのか。
「なら手紙なんか書かせなければ良かったのに、と思ったんですが、無視すると彼等は懲りずに結界に飛び込み続ける訳ですか。確かに面倒だ」
瞼が重いのか、薄目になったセレバーナがスープを啜る。
イヤナは、眠いのかな?と思いながら黒髪少女の様子を観察する。
「読むしろ無視するにしろ、ペルルドールには一筆書いて貰います。そうしないと彼等の命も危ない」
封印の丘全体に張り巡らされている結界の中には魔王の城が有る。
そこには強い魔物が沢山住み着いているらしい。
自力で突破したのは五百年前の勇者パーティしか居ない。
「……読みましょう。余程の事態でもないと、ここまでの無茶はしないはずですから」
「その言い方だと、手紙の中身次第では弟子を辞める覚悟が有ると言う事だな」
殆ど眠っているセレバーナが言う。
寝ながら物を食べ、そして普通に喋るなんて器用だなぁ、と感心するイヤナ。
「爺には、とてもお世話になりましたから。恩を返すチャンスが有るのなら、私はそれを逃したくありません」
「分かりました。読み終わったら、内容を簡潔に発表してください。貴女が破門になるのなら、その理由は全員に知らせた方が良いでしょうからね」
シャーフーチは、円卓に置いてある封筒をペルルドールの方に滑らせた。
その封筒を手に取ったペルルドールは、不安で胸を締め付けられながら中身を取り出した。
入っていた便箋を読み進めるペルルドールの表情が見る見る曇って行く。
「念の為にもう一度言いますが、手紙で返事をして貰いますからね。私が彼等に届けます」
そう言ったシャーフーチは、ようやく朝食を食べ始めた。




