1
青い瞳の美少女が石造りの古い遺跡の窓を開けた。
外はシトシトと雨が降っている。
太陽が全く顔を出さないので、薄暗くて肌寒い。
気温が上がらないので湿気が遺跡に籠り、金色の髪がしっとりとしてしまっている。
「……ふぅ」
ペルルドールは吐息の様な密かな溜息を吐き、窓に背を向けた。
リビングの中心に置いてある巨大な円卓の上で分厚い本を広げ、頬杖でそれを読んでいる妙に量が多い黒髪をツインテールにした少女。
すぐ隣に有るキッチンで手の掛るお菓子を作っている、黄色いカチューシャを赤髪に乗せているおさげの少女。
リビングを出てすぐの廊下で延々とスクワットをしている、長身の茶髪少女。
仲間達はそれぞれの趣味で時間を潰している。
つまらなそうにアヒル口になったペルルドールは、リビングの隅に置いてある藤椅子に座った。
自分もヒマ潰しが出来る趣味を持った方が良いな。
出来れば生産的な物を。
「ペルルドール。ちょっと良いか?」
神学校の制服を着ている黒髪少女が本から顔を上げ、茶色のワンピースを着ているペルルドールに金色の瞳を向けた。
「何ですの?」
「その椅子に座ってみたいのだが、良いだろうか。少し気になる音が聞こえた」
「音……?まぁ、座るのは構いませんわよ」
黒髪少女と金髪少女は立ち上がり、籐椅子の前で並ぶ。
「私の方が体重が軽いから、力強く扱わないと確認出来ないかな」
その言葉にムッとするペルルドール。
「あら。セレバーナの方が軽いって、どうして分かるんですの?量り比べた事は無いでしょう?」
「単純に体格の差だ」
黒髪少女は頭一個分くらい背が低い。
これで小さい方が重いとなると、ペルルドールがガリガリに痩せているか、セレバーナがおデブちゃんと言う事になってしまう。
この遺跡に来てからは質素な食事で過ごしているので、セレバーナが太ると言う事態は起こり得ない。
「では、失礼して。少々無茶をするが、気を付けるので許して欲しい」
小さくて痩せているセレバーナは、持ち主よりも偉そうに椅子に座った。
その格好で肘掛けを強く握り、身体を前後左右に揺すった。
当然、籐椅子がギシギシと鳴る。
「何をしてますの?」
「この椅子はバラバラの状態で持ち込み、このリビング内で組み立てたんだよな?」
「ええ」
「だからだな。恐らく湿気のせいだと思うが、バランスが崩れている。調整しないとどうなるか分からないな」
椅子から降り、腕を組むセレバーナ。
「どうなるかって、どうなりますの?」
「すぐ壊れる事はないだろうが、確実に寿命の減りが早くなる」
「椅子の、寿命……?」
言葉の意味が分からなかったペルルドールは、小首を傾げながら聞き返す。
「例えば、十年使える物が、五年で壊れる、と言う事だ。まぁ……」
セレバーナは、言い掛けて口を噤む。
話を聞く体制になっていたペルルドールがつんのめる。
「何ですの?言葉を途中で止めるのは悪いクセですわよ」
「む。済まない。いや、何。我々は魔法使いになる為の修行を行っている訳だが」
窓に顔を向けたセレバーナは雨を見る。
エルヴィナーサ国は雨季真っ盛り。
何日も続いているこの雨は、これから数日先まで降り続けるだろう。
「その修業はいつ終わるのかと思ってな。この椅子が壊れる前に終わるのだろうか」
「それは……」
ペルルドールにも分からない。
むしろこっちが訊きたいくらいだ。
「お師匠様に伺ってみたら?お菓子が焼き上がるまでヒマだから、呼んで来ようか?」
赤髪少女がキッチンから出て来た。
質素で継ぎ接ぎだらけのドレスの袖を捲っていて、両手が白い粉で汚れている。
「そうだな。気になったら調べるのが一番だ。頼んだ、イヤナ」
「うん、呼んで来るね」




