第八話
あれから一ヶ月が経った。
凛の病状はみるみる悪化していき、食欲も失せ始めていた。
俺は一ヶ月ずっと村人の手伝いをしてきたが、薬代に手が届かない金額しか稼いでいなかった。
俺は自分がどうすればいいのか、分からなくなってきていた。
凛から逃げるように朝早く村へ出かける。
そんな自分が最低だという事だけが明らかだった。
「今日は元気が無えなあ」
「…まあ、ちょっと」
「前は色んな人の道具盗んで、村中で大騒ぎしてたのになあ」
「はは、…もうしないさ」
「…そうか。 ま、思いつめる前に相談してくれてもいいんだぜ」
「………」
「さあ、仕事仕事!」
凛の事が気になって気になって、作業に集中できない。
凛を避けてる癖に。 なんなんだ俺は…
「くそったれが…っ」
ガンっっ!
「ってえ!!」
「お、鬼! 大丈夫かよ!?」
「くそ…っ」
「ああ、鍬を足に当てちまったのか… おい、怪我は?」
「大丈夫…っ だ…」
「おお、さすが鬼。 だがもう今日は帰れ」
「え…」
「なんか人に話せない悩み事があるんだろ? 思いつめてるともっと大きな怪我しかねないからな。 さあ帰った帰った。 お駄賃はやるから。」
「! いいのか…?」
「おう。また余裕ができたら来てくれよ」
「ああ… 悪い」
「あーーあ…」
俺は村の廃屋の屋根に寝転がっていた。
なんとなく、凛の所には戻りたくなかった。
「おっさんにも気ィ使わせちまったし……」
「はぁ… 俺どうしたらいいんだろ。」
その時だった。
「ねねっ! これ、どんな病にも効く薬なんだって…!」
「え!? 何それ。 どこから取り寄せたの?」
「尾張の方だよ。 わざわざ行ってきたの」
「尾張!? また随分遠くに行ったね。 だからここ最近見かけなかったんだ。」
「うん! おっかさんが今病気でさ… 咳がちょっと酷くて。それ以外は何とも無いけど…どれを買っていいかわからなかったから、とりあえず一番高いこれを買ったの」
「へえー、いくらしたの?」
「二十両だよ。 子供の頃からの貯金使い果たしちゃった。」
「わっ… 高いね。」
「うん。でもおっかさんが元気になるなら良いよ!」
「そうだね!」
ーーーーーー村娘達の会話を聞いてしまった。
あれは確か、村一番の金持ちの家の娘。
その娘の手には、二袋の薬。
尾張で買った薬。
どんな病気も治るというーーーーーーーーーー薬。
「……ぁあ……………」
俺が前考えていた最良で最悪な選択ーーーーーーーーーーー
『盗る』
「っきゃ!?」
目にも止まらぬ速さで、娘の手から薬を一袋奪い取る。
何度も、何度もやった行為。
「あ!? ちょっと!!」
「ーーー悪い。」
「返して!! 返してよ!!!!!」
「病状を聞いてる限り、お前の母親はただの風邪だ!! こんな高価な薬飲ませると副作用が起きるかもしれないぞ!!!」
そう。
赤痢について調べている時、薬に関するこんな一文を見つけた。
『強すぎる薬を病状の弱い者に与えてはならない』
「そんなの分からないじゃない!! 返してっ! あ!!」
俺は娘を振り切って、神社の方へ駆けだした。
背後から娘の泣き叫ぶ声が聞こえた。