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第14話 その心が見たもの

「谷川理紗の居場所がわかった」

落ち着いた声で春樹がそう言ったとき、美沙は冷たい鉛を胃に落とし込まれたような嫌な感覚を覚えた。


聞き込みで情報を手に入れた時の春樹はいつも、自分の手柄に喜々とし、幼いまでに喜びを前面に出す子だった。

今回は、情報入手の手段が違うのだ。

美沙はそう感じた。

そしてそれは、間もなく事務所に帰ってきた、青白く人形のように表情を殺した春樹の顔を見て確信に変わった。


「春樹、いったい・・・」

「説明するよ。なるべく急いだ方がいいと思うんだ。書き出すからちょっと待ってて」

春樹はいっさい余計な無駄口をきかず、机の上に置かれていたルーズリーフに文字を書き始めた。

脳に記憶された情報を、消える前にすべて完璧に書き出そうとするかのように、春樹の右手は素早くシャーペンを走らせてゆく。

無言の気迫に美沙はしばらく口を挟むことができなかった。

A4のルーズリーフは春樹の記憶から取り出された情報で次第に埋まっていった。

美沙はその文字を追う。


男の名、町名、私鉄の駅名、部屋番号。

そのマンションの外観。男の部屋の窓から見える特徴的な建造物。


「男の名は間宮光浩。部屋番号は304で間違いないんだけど、マンションの名が全く思い出せないんだ。建物を見たらハッキリすると思うんだけど。この駅が最寄り駅だってことは確かなんだ。あとで他に思い出した事があったらそのつど教えるよ」

「この男の所に谷川理紗がいるのね?」

「確実に」

「春樹、この情報をどうやって・・・」

「そんなことより、急いだ方がいいと思うんだ」

春樹の鋭い声に質問を遮られ、美沙は息を飲み込んだ。


「それは彼女の身が危険だということ? 怪我でもしてるの?」

「命の危険はないと思う。だけど早く見つけてあげなきゃ。これくらい情報があったら探せるよね。本社の人、何人か協力してもらえるんでしょ? 所長に連絡入れてくれるように言ったよね、美沙。来てもらってよ、今すぐに」

春樹の声は次第に懇願と苛立ちに変わった。

部屋は肌寒いはずなのに、青白いそのこめかみに汗が浮かんでいる。

「春樹、・・・あんたどっか具合悪いんじゃないの?」

「そんなこといいから、早く!」

「・・・わかった」

美沙は気圧されたように受話器を上げると本社の短縮を押した。

所長の立花聡からすぐに3人応援に回すという返事をもらい、それを伝えると、春樹はようやく少しホッとしたように椅子の背に体を沈め、目を閉じた。


けれど、それを見つめる美沙の目は穏やかではなかった。

「春樹、教えて」

立ったまま声を落としてそう言うと、少年はゆっくり視線を上げ、美沙の目を見つめた。

さっきまでの勢いは消え落ち、今はまるで罪を審議される被告人のように、その目は不安げだ。


「その男に触れたのね」


少年はその言葉に肯定も否定もせず、ただ大きく目を開け、鋭いまでにまっすぐ美沙を見つめた。

「どうやって谷川理紗と一緒にいる男だって突き止めたの? 2日の間に。それにもしそれが分かったとして、どうしてこんなやり方で情報を引き出そうとするの? その前に私に連絡を入れるべきなのよ、あなたは」

春樹は視線を外さなかった。


「フェアじゃない? こんなやり方」

「え?」

「卑怯? それとも、化け物じみてる?」

「・・・何を」

美沙は少年の口元に絶望的な笑みを見つけた。


「春樹?」

少年はゆっくり目を伏せた。長いまつげが震えている。

「ねえ春樹、いいかげんにして。いったいどうしたのよ。あなたは何を見たの?」


春樹は目を伏せたまま、ゆっくり首を横に振った。

「・・・言っていいのか、分からないんだ」

その声は微かに震えていた。

「言ってよ。それが彼女を捜す役に立つかもしれないでしょ?」

けれど春樹は再び首を横に振った。

「じゃあ、それはその男のプライベートなの? それだったら、貴方の胸にしまっておけばいい。無理に伝えようとして苦しむことはないでしょ?」

春樹は今度は動かなかった。


美沙は困惑気味にワザと聞こえるように大きくため息をついた。

そんな些細なことさえ、この少年にダメージを与えることに気付かずに。


「まあ、どっちにしても貴方の情報が正しければ彼女は見つかる。彼女を見つけて、そして家に帰して、それで私たちの仕事はおしまい。ね? そうでしょ? 春樹がそこまで苦しむことは何もないじゃない」

「・・・おしまいなんかじゃない」

春樹が小さく言った。

「どうして?」

美沙が、なるべく優しく聞こえるように辛抱強く言うと、春樹はやっとゆっくり顔を上げ、口を開いた。

その目は泣いた後のように赤かった。


「あの子は・・・、谷川理紗は、あの男にレイプされてた・・・」




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