第13話 嘘
隆也がその駅に着いたのは、春樹から電話をもらってほぼ40分後だった。
妙な胸騒ぎを覚えながら説明された場所まで走ったが、春樹を見つけるまで少し手間取った。
てっきりその高架下で待っていると思ったのに、春樹はそこから地上に上がった所にあるテナントビルのガレージの隅にぽつんと座っていた。
薄暗い街灯の下で、その姿は闇に溶けそうに心もとなく、隆也は訳のわからない不安を感じた。
シャツの肘の部分から血が滲んでいる。
ギョッとして走り寄った隆也を見上げ、春樹は笑いかけてきた。
「ごめん、隆也。早かったね」
目が少し赤い。
けれどもさっきの電話の時とは別人のように、しっかりとした声だった。
何があったのか訊いてみたが春樹はただ「後で話すから」としか言わなかった。
足は大丈夫そうだが、脇腹が痛くて歩けないらしい。
けれどなぜか隆也が差し出した手を春樹は拒んだ。
「肩を貸してくれる? このほうが楽なんだ」
そう言って、隆也のジャケットの肩に、そっと手をかけてきただけだった。
側を走り抜けようとしたタクシーを止め、二人で乗り込んだ後、隆也はジリジリしながら「その説明」を待った。
けれど春樹は少しボーッとしたように隆也を見つめ、
「そうか・・・一人でタクシー拾えば良かったんだよね。なんで思いつかなかったのかな。こんなところまで呼び出しちゃってごめん」
と、小さく、そう言っただけだった。
「誰かにやられたんだろ? 何で隠すんだよ」
ついに痺れを切らし、マンションの部屋で、春樹が泥や血で汚れたシャツを脱ぎ捨て着替えるのを見ながら隆也が訊いた。
棘のある訊き方になったのは、承知の上だ。
自分を頼って迎えに来させたくせに、この友人は何も説明してくれない。隆也はそれが腹立たしくて仕方なかった。
「違うって。僕の不注意で、バイクにちょっと接触して転けたんだ」
「嘘つけ! 殴られたようなアザがいっぱいある!」
春樹は乱暴に洗った左肘に大判の絆創膏を何枚も貼り付け、無理やり止血したあと、新しいシャツを羽織った。
何も答えない春樹に隆也は次第にイライラしてきた。
「美沙さんはこの仕事は危険じゃないって言ってたけど、大嘘じゃないか。もういいかげん辞めちまえよ」
「仕事のせいじゃない。これは、僕が不注意だったからだよ」
「不注意でこんな怪我するんなら、凡ミスで命無くなるよ!」
春樹はそう叫んだ隆也にほんの一瞬視線を向けたが、何も言わず再び身支度を整え始めた。
「どっか行くのか?」
驚いたように隆也が訊いた。
「うん。急ぐんだ、ごめん。送ってくれてありがとう」
「まさか・・・無理だろ? まだ痛むんだろ? 病院か? そんなら送って行く」
「仕事にもどる」
そう言うと自分の呼吸を落ち着かせるように大きく息を吸い、春樹は携帯に電話をかけ始めた。
隆也が声を荒げた。
「はあ? なんで? 無理だろ、さっきまで歩けなくて助けを呼んだの誰だよ」
けれどその訴えは春樹に届かなかった。
電話口に出たらしい相手に向かって、春樹は落ち着いた声で話し始めた。
「美沙? 連絡入れるのが遅くなってごめんなさい。・・・怒らないでよ。携帯の電池切れちゃってさ。充電器取りに一回家に帰ったんだ。今からすぐそっちに戻るから。彼女の居場所が分かったんだ。うん、谷川理紗の。本社の協力がいるかも知れない。帰ったら詳しく説明するから、その事だけ急いで立花所長に伝えて欲しい」
少しの嘘を混ぜながら、大人びた口調で喋る春樹は隆也の知らない人間のように思えた。
パタリと携帯を閉じて春樹は、隆也をゆっくり振り返り、ぎこちなく笑った。
「ありがとう。・・・ごめんね、隆也」
そう呟いた顔が、なぜか泣き出す寸前のように見えて、隆也は喉まで出かかった幾つもの質問をぐっと胸の中に押し込まなければならなかった。
何かが彼を極限状態にしている。
今、自分のイライラを晴らすために少しでも辛辣な言葉を掛ければ、こいつは壊れてしまうのではないか。
根拠のない不安が生まれ、隆也はただ春樹に向かって、小さく頷くことしかできなかった。




