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元人類最終兵器の俺は、武器となった幼馴染と終末世界を踏破する  作者: 秋源斗


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第8話 名前を知らない王

夜が明けた。


 廃屋の壁の隙間から差し込む光が少しずつ強くなっていく。焚き火はもう消えて灰だけが残っていた。


 テアは早起きで、外で荷物の整理を始めていた。手元の動きは丁寧だがいつもよりわずかに遅い。昨夜の話の続きを頭の中で組み立てているのだろう。


俺は外套を整えながら隣で目を覚ましたばかりのイリスを見た。


 彼女は寝ぼけ眼で髪を一度撫でつけてからこちらに視線を寄越した。武器化していない時の仕草は千年前と何も変わらない。どこか抜けていそうに見えてしっかりしている。それだけで少し息がしやすくなった。


「ロイ。何かありそうな顔をしてる。雰囲気が重いもん」


「昨夜の話があったからな。移動しながら切り出すんだと思うが気になって仕方がないんだ」


「あの重い話っていう前置きのあった話ね」


「なんだ、ちゃんと聞いてたのか」


「私をバカにしないでよね。忘れるわけないでしょ。あなたが関わる相手の話だってはっきり言ってたこと覚えてるんだから」


外套を肩にかけながら声を少し落とした。


「ロイ。私も聞いてもいいよね?」


「俺に聞かれてもな…」


「これから話されること、あなたに関係ある相手の話なら私にも関係あるでしょ。いつも隣にいるんだから」


「まぁそうだな」


「だから私も口を挟ませてもらうわ。文句はないよね?」


「いいんじゃねぇか?それに、黙らせたくても俺はお前を黙らせる方法を知らん」


「ふん。そんなに簡単に黙らせられるほど甘い人間じゃないもの。もしその方法があるならやってみて欲しいもんだわ」


イリスは自信満々の様子だ。


「そういえば一つだけ黙らせる方法を知ってるぞ」


イリスは驚いた後、疑惑の目をこちらに向ける。


「え?そんな方法本当にあるの?」


「超簡単だぜ」


 既にテアは外にいることを確認済みだ。そして言い終わるより先に俺はイリスの肩を引き寄せた。


「……へ?」


間の抜けた声が漏れる。そのまま軽く唇を重ねる。


ほんの一瞬だけだった。


離れるとイリスは完全に固まっていた。


瞬きすら忘れたようにこちらを見上げ何が起きたのか理解できていない顔をしている。


「……」


「ほら黙った」


数秒遅れてようやくイリスの頬がみるみる赤く染まっていく。


「…………え?」


「どうだ、効果抜群だろ?」


「ロ、ロイ……。あ、あんた……っ」


言葉が続かない。


 イリスが自信満々な時は大体俺が先に折れることが多く、そういう時は真っ先に皮肉か文句の一つでも飛ばしてくる。だが今は口を開いては閉じるばかりだった。


やがて視線を逸らし外套の襟をぎゅっと握る。


「…こういうの反則よ」


「嫌だったか?」


「嫌とかじゃなくて……っ、そういうやり方でするのずるいのよ……」


赤くなったまま小さく睨んでくる。


だがその目は本気で怒っている時のものではなかった。


「……でも、その」


「ん?」


「……うれしい」


 最後だけやけに小さい声だった。 少しだけその表情が緩んだ。こういうやり方は俺も恥ずかしいところがあるが、俺も嬉しいものだ。




廃屋を出て街道を二時間ほど歩いた頃。


 半ば崩れた石塀のそばでテアが足を止めた。荷物を下ろし、こちらを振り返る。話を切り出すタイミングはここだと決めていたのだろう。


「ロイ、イリス。少し座って話をしましょう。少し長くなるけどいいかしら?」


「ああ」


「私も聞かせてもらうね」


「ええ。もちろんいいわよ」


 石塀のふもとに三人で並んで腰を下ろす。テアはしばらく遠くの方を見ていた。これから話す内容を頭の中で何度も並べ直しているのが分かった。


「私たちがこれから向かうのはゼノグラードという国。今の世界で唯一の中立国家よ」


俺は疑念を抱いた。


「中立?新種族同士でも揉めてる中でそんな国がよく成立してるな」


「成立しているのはたった一人の王のおかげ。彼が全種族を受け入れてたった一つの法で治めているの」


イリスが聞いた。


「全種族受け入れって人間も入れてるの?」


「ええ受け入れているわ。表向きはね」


「表向きって言い方、なんか嫌な感じね」


「鋭いわねイリス。その通りよ。ゼノグラードにおいて人間は保護区にまとめて住まわされてるの。出入りは制限されてないけど他種族が入れないし、保護区は中央に位置してるから外に出ようとしたらどうしても他種族に目をつけられちゃうから実質、囲われてるようなものよ」


イリスが軽く眉をひそめた。


 囲われた人間。それが何を意味するか千年前の彼女にはぴんと来ない言葉のはずだった。だが聡い目はすぐに察した顔をしていた。


「ねえ。つまりその王は絶対権力者ってこと?」


「実態はそう言えるわね。形式上は試練を経て選ばれた王ってことになってる。でも、彼に逆らえる者は存在しない」


「絶対権力者か…。その国は監視も厳しいのか」


「ええ。街中至るところに目がある。会話、人の流れ、感情の揺れまである程度は把握されてる」


「感情も?どうやって」


「セレフィア族。知性に特化した連中がその技術を提供してるのよ」


セレフィア族の名前は以前にも聞いていた。だがセレフィアが監視技術を提供しているという具体的な話を聞いたのは初めてだった。


 中立国家と聞こえはいいがその実態は完全な監視社会。新種族たちが争いを止めているのは、その国の支配者への恐怖のためだ。


ゼノグラードという国は四つの民族をまとめて治めている。


 ヴァルグリス、セレフィア、フェリオス、ノクティラ。それぞれ気質も価値観も全く違う四つをたった一人の支配者が押さえつけている。普通に考えれば不可能なことだった。だが、現実にはそれが百年も続いていた。


「ねえ、保護区の暮らしは実際どんな感じなの?」


「最低限の食料と最低限の自由。仕事は割り振られてるわ。そこの労働で自分の食い扶持を稼ぐ仕組みよ」


「逃げる人はいないの?」


「いない。逃げる場所がないの。今言ったみたいに保護区外は新種族の縄張りでひとりで歩けばすぐに獲物にされる」


「それはまるで檻のようね」


「呼び方は人それぞれなの。保護と呼ぶ者もいるけど、実態は確かに檻ね」


檻という言葉が頭の中で残った。


 そこは安全に暮らせる場所ということになっているが、実質的に出ることが許されないならそれは保護ではない。動物園の檻と同じだった。


「で、その王は誰?」


イリスが俺よりも先にこの話の核心を突いた。


沈黙が少し続いた。


 こちらを見る目が少しだけ揺れた。これまでの説明はいわば前置き。本題はこれから言うことだった。


 旅の道連れとはこういう瞬間があるものだ。一緒に歩いてきた距離だけ相手が隠していたものをふいに見せられる時がある。


 それは相手が「もう隠せない」と判断したからではない。「ここまで来た相手なら見せられる」と判断したからだ。それが旅の道連れの作る信頼の形である。


「王の名はゼノ。書き表すとX」


「ゼノ…」


「百年前に先代の王を倒して即位したの。それ以来ずっと玉座にいる」


「百年も玉座にいる支配者ってことか。良くも悪くも凄いやつだな」


「……それが、そこがややこしいところなの」


テアがゆっくりと息を吐いた。


X(ゼノ)は新種族じゃないの。人間よ」


一瞬、頭の中が真っ白になった。


 人類。新種族の上に立つ王がただの人。それも百年前から治めている。意味するところはすぐには整理できなかった。


「人間で百歳って言ったらすごい長生きした爺さんだな」


「人間って言っても『元』ね」


「元人間って私たちみたいな旧時代の?」


「断言はできないわ。でも、見た目は私たちと変わらない。年齢と見た目が合わなくて私達と同じくらいに見える。それに、話す言語も所作も人間のもの。少なくとも私の知る限りではそうね」


「元人間。百年治めてきたってことは俺たちが眠ってる間に目覚めてその地位に就いた旧人類ってことか」


「その可能性が一番高いと私も考えているわ」


可能性。


 その言い方には確信を避けるような響きがあった。テア自身もX(ゼノ)の正体を完全には掴めていないのだろう。だが何かを感づいている。


「ロイの知り合いの可能性は?」


イリスがこちらを見ていた。


 その目には不安と何かを覚悟するような色が混じっていた。千年前に共に戦っていた仲間の顔を思い浮かべているのだろう。俺もまた同じことを考え始めていた。


「……分からん。だが、百年前ってことは俺たちより先に目覚めてた誰かってことになる」


「あなたみたいにコールドスリープから目覚めた兵士ってこと?」


「そういう可能性はあるだろう。眠っていた施設は俺の場所だけじゃない。何人か別の場所で眠っていたはずだ」


「その人達の顔、思い出せる?」


「ああ。コールドスリープになる予定だった人間は、元々俺がいた部隊の人間だ。誰が挙げられていたのを少し覚えている。だが、百年動き続けた相手が俺の知る顔のままかは別の話だな」


テアは二人のやり取りをじっと聞いていた。


 こちらが具体的に誰を思い浮かべているのかそれは分からない。だが、何らかの心当たりがあることは表情から察したらしかった。


「ロイ。もし、その彼があなたの知り合いだとしても、彼は今、人間を保護区に押し込めて監視社会を作ってる人物よ」


「分かってる」


「あなたが思い出す顔と今のあの男はたぶん別人だと思って向き合った方がいいと思うわ」


「忠告として受け取る」


百年は長すぎた。


人を変えるには十分すぎる時間だ。


頭の中で千年前、リストに載っていた同僚たちの顔を順に並べてみた。


カイラ・ヴェルグ。部隊で組んでいた相棒。

レイナ・クロフォード。姐御肌の頼りになる先輩。

ガルド・ヘイズ。戦闘狂で自称俺のライバル。

シオン・ラグナ。寡黙な騎士精神を持つ。


それからもう何人か。


 思い浮かべたどの顔もこんな選択をするとは思えなかった。だが、百年という時間は想像のできない場所に人を連れていく。


そもそも起きている者がどれだけいるのか、それすら分からない。


 コールドスリープから目覚める条件は各施設で異なっていた。期間も、解除条件も、ばらばらだった。誰がいつ、どこで目覚めるか。それは計画した俺たち自身にも完全には予測できないことだった。だから誰が「あの王」になっていてもおかしくない。逆に誰でないとも言えない。


「ロイ。誰か心当たりがある?」


「…何人かはな」


「教えてくれないの?」


「今はまだな」


「どうして?」


「確証を持ってるわけじゃないからな」


「なーんだ。分からないのね」


「完全にはな…」


「あなた、いかにも万能そうな顔してるのに」


「どんな顔だよ」


「俺なら全部見通してます、みたいな?」


「そんなわけないだろ…」


「で、予想してる人を教えてよ」


「嫌だね」


「何でよ…」


露骨に不満そうな顔をする。


「だって気になるじゃない。あなたがそこまで警戒する相手なんでしょ?」


「警戒というより確証がないし、違う人だったら迷惑だろ」


「ふうん」


 イリスは数秒こちらを見つめ、それからわざとらしくため息を吐いた。


「まぁいいわ。どうせ今のあなた、口割る気ない顔してるし」


「分かってくれるか」


「その代わり後で『実は前から分かってました』とか得意げに言ったら殴るから」


「そんな理不尽な」


「隠してた罰よ」


そう言ってイリスはそっぽを向く。


イリスはそれ以上は聞かなかった。だが少ししてからこちらの袖を軽く摘んだ。


「……いつか私に話しなさいよね」


拗ねたような声だった。けれど離れる気はないらしい。


テアがもう一度深く息を吐いた。


 ここからが彼女にとってもっと重い話なのだろう。地面の小石を指先で軽く転がしながら次の言葉を選んでいた。


風が石塀の隙間を抜けていった。


空はまだ朝の白さを残している。三人の影は足元で短く濃く落ちていた。話すための空気と話さないための空気。その境目を今、テアは越えようとしていた。


「もう一つ話しておくことがあるわ。それは私自身のこと」


「聞こう」


「実は私、つい半年前までXの側近のひとりだった」


空気が変わった。


 側近。つまり玉座に最も近い場所で動いていた者。彼女がただの生き残りではなく中枢にいたということだった。


「で、あなたはなぜ離れたの?」


イリスがこちらより先にまた切り込んでいた。低く、静かな声だった。


「半年前、人間の小規模な集落が魔物に襲われたことがあったの。私はその情報を一番早く受け取った。そしてX(ゼノ)に進言して救援を出すように頼んだわ。でも……」


「却下されたわけだな」


「ええ。理由は戦力効率が悪いというもの。集落の人数に対して派遣すべき兵力が見合わない、と」


「……それはひどい話ね」


「私は命令を無視して独断で救援に向かった。でも、間に合わなかった。九割以上がもう息をしていなかった」

淡々とする


 その声は淡々としていた。淡々としすぎている、とも俺は思った。一番触りたくない場所を無理やり言語化しているようだった。


 半年前と彼女は言った。ほんの少し前のことだ。その時の心の傷の痛みはまだ生々しいはずだ。それをこちらに見せぬために声を抑えている。涙でも怒りでもないただの報告のように。それがテアなりの矜持だった。


「生き残った人達は私に礼を言ったわ。同じ口でなぜもっと早く来なかったのか、とも私を責めた」


「両方とも、正論ではあるな」


「ええ。だから私は受け止めた。受け止めてからゼノグラードを離れた」


「でもなんで今、私たちに話すの?」


イリスがまた切り込む。


そう問われて彼女はイリスの方を見てそれから俺の方を見た。


「私を信頼するかしないか選んでもらうため。離反した過去のある人間を隣に連れて歩いていくかどうかはあなたが決めることだからよ」


「お前、俺達と別れる覚悟までしてるってことか。何か目的があって俺達を起こしたじゃないのか?」


「覚悟はいつでもしてる。私はそうしないとあなたに合わせる顔がない」


覚悟という言葉が頭の中にいつまでも残った。


 テアの言葉は口先だけのものではなかった。半年前に集落で見た光景、生き残った者から礼と恨みを同時に浴びた瞬間、それを一人で噛み砕いて飲み込んだ夜。それら全部を背負った上で隣に立つ覚悟を彼女は今、こちらに差し出していた。


俺はしばらく空を見上げた。


 人ひとりがなぜ俺を起こしたのか。なぜ施設まで来たのか。それらの外形がようやく見えてきた気がした。


「テア、聞きたいことが一つある。お前が俺を起こしたのはX(ゼノ)に対抗するためか」


「半分は、そうね」


「残りの半分は」


「……あなたが誰なのかを確かめたかった。それはもう少し後で話させて」


 意味深な一言だったがそれ以上は追及しなかった。

人には人の段取りがあってそれを乱すと崩れてしまう。今はこちらが信頼を返す番だ。


「ロイ。決めるのはあなたよ。でも私は、テアを信じたい」


「イリスが信じるなら俺もそうする」


「いいの?」


「お前の目を俺は信じてる」


「……ありがとう、ロイ」


「テア。お前にも言っとく。全部喋ってくれたこと、信頼ににこちらも信用で返そう」


「ありがとう」


「礼を言うのはこっちの方だ」


テアが安堵したように肩の力を抜く。


「……ロイ。あなた、思ったより面倒見がいいのね」


「兵士の癖だ。連れの腹を見抜けないと戦場で死ぬからな」


立ち上がって街道の先を見た。


 地平線の彼方に、かすかに黒い尖塔の群れが浮かび始めていた。距離はまだ遠い。だがそこに見える。


ゼノグラード。


名前を知らない王の住む場所だった。

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