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元人類最終兵器の俺は、武器となった幼馴染と終末世界を踏破する  作者: 秋源斗


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第1話 980年目の目覚め

初めまして。興味を持っていただきありがとうございます。こちらは私の2作目です。

どうぞお楽しみいただければ幸いです。

私、テア・アンドレアは錆びついた鉄扉の前で息を整えていた。


 地下深くに埋もれた往時の研究施設。通路の壁は湿気で黒ずみ、天井からは一定の間隔で水滴が落ちている。足元のコンクリートには亀裂が走り、その隙間から薄青い苔が顔を覗かせていた。


 着ていたフード付きの外套を払い腕輪型の地図端末を確認する。淡い緑色の線が、目の前の扉の向こうに「最深部」を示していた。


「……この奥、ね」


そう呟いた声が静かな通路に吸い込まれて消える。


 セレフィアの国の古文書で見つけていた記録。かつての人類が最後の希望を託して作ったという保管施設だというもの。


その存在を、X(ゼノ)は知っていたはずだった。それなのに、決して触れようとしなかった。


なぜ。


その違和感が私をここまで歩かせてきた。


「なんで隠してたのかしら。何か、ここに都合の悪いものがあるの?それとも、ただ忘れてただけ?」


 短剣の柄に手を添え、もう一方の手で鉄扉に触れる。冷たい感触が掌を伝った瞬間、古びた認証パネルが薄く発光する。


「......光った」


 緑色の点が縦に走り、かすかな機械音と共に扉がゆっくりと奥へ開いていった。


空気が変わる。


 外の湿気とは違う、乾いた管理された空気。千年近く前の遺物が今もなお息づいている確たる証拠だった。


「こんな場所があったなんて。なんだか神秘的」


 扉の向こうは想像していたよりもずっと広い空間だった。天井に埋め込まれた照明が一つ、また一つと順番に点灯していく。青白い光が静けさの中に並んだ円筒状のカプセルを浮かび上がらせていった。


「これがコールドスリープ装置......。ほとんど空ね」


 ほとんどのカプセルは表面にひびが走り、内部は空だった。制御装置の液晶は黒く沈み、ケーブルは剥き出しになって床に垂れている。長い年月がここで刻まれた命を一つずつ奪っていったのが見て取れた。


ただ一つを除いて。


「状態は良くないみたいね。壊れてるのばっか。でも、確かにここのはずなんだけど......」


 部屋の最奥。他とは明らかに造りが違う一回り大きな装置が静かに稼働していた。透明な強化ガラスの奥で、薄青い冷却液が微かに揺れている。パネルに表示された数値は私には読めない古い記号だったがそれでも意味は察せられた。


「やった。まだ動いてるのがある」


テアはカプセルに被っている埃を払って覗き込んだ。


「……生きてる」


 吐き出した言葉は自分でも驚くほど震えていた。ガラスに手を当てる。内側に、若い男の姿があった。黒髪。閉じられた瞼。色あせた軍用スーツらしきものを身につけ、胸の中央で両手を交差させるように眠っている。顔立ちはまだ二十歳を少し超えた程度に見えた。


その隣に抱きかかえるように一本の剣が納められていた。


白銀の刀身。柄には淡い桃色の宝石が一粒、埋め込まれている。ただの武器ではないことが見ただけで分かった。


「これがα兵装(アンソロ・ウェポン)ね。資料で見たことはあったけど実物は初めて見たわ。だけど、Aタイプと形が大きく異なるからおそらくBタイプというものね。Bタイプなんて資料には名前しか載ってなかった。私、とんでもないものを見つけちゃったのかな」


 私は短剣の柄を握り直し、装置のサイドパネルに目を走らせ、唾を飲み込んだ。起動ボタンらしきものは赤く明滅している。触れた瞬間、自分が何を起こすのか。それを考える余裕は不思議となかった。


ただ、強く感じていた。


この人は起こすべきだ、と。深呼吸をした。


「いくわよ」


指がボタンに触れた。





ガラス越しの光がひどく眩しい。


それが目覚めて最初の感覚だった。


 次に来たのは全身を貫くような冷たさ。喉の奥に絡みつく粘つく液体の感触。肺がそれを押し出そうと痙攣し、俺、ロイ・ストラスは、ほとんど反射的に咳き込んだ。


 カプセルの蓋が開く音と共に冷却液が足元へ流れ落ちる。頭の奥で懐かしい電子音がした。


『——N.S.S.A起動。生体反応、正常範囲内。環境チェック、完了しました』


(.....生きてるのか、俺)


『生きています。おかえりなさい、ロイ』


(お前、そんな喋り方してたか?)


『時間がありましたので。色々、考えていました』


(考える、ね。AIが)


『ええ。おそらくは』


 言葉ではない。直接意識の内側に滲むような声。長く忘れていたはずなのに一瞬で「ああ、こいつだ」と分かる。脳内に埋め込まれた神経接続AI。眠りにつくまで共にあった相棒だった。


 ただし、今はやけに感情が乗っていた。どこかほっとしたような、戸惑ったような、そんな色が滲んでいる。


(……現状の外の世界はどうなってる)


『経過時間を表示します。——お覚悟を』


 問いかけると、視界の端に半透明の情報が浮かび上がった。経過時間の表示。数字が流れ、止まる。

——980年。

一瞬、自分の目を疑った。


「おい…嘘、だろ。本当に980年も経ったのか。フッ、やっぱあの科学者はバケモンだな」


 声がかすれる。コールドスリープする期間の想定は1000年だったはずだ。多少のズレがあることは聞いていた。しかしそれでも、980という数字が示す重さは、頭で理解しきれるものではなかった。


『想定誤差範囲内です。環境条件の変動で復帰条件が早まった可能性が高いかと』


(早まった、ねえ。まぁ20年程度は誤差か。少し早い目覚めだったな)


揺れる視界の中で、俺はようやく、自分を見つめる人影に気づいた。


 カプセルの外。青白い照明の下。フード付きの外套をまとった、若い女。片手を短剣の柄に添えたまま息を呑むように立ち尽くしている。琥珀色の瞳が、まっすぐにこちらを捉えていた。


「う、動いた」


女が、ぽつりと呟いた。


警戒と、驚きと、どこか安堵のような何か。感情が複雑に混ざり合った声だった。


 俺はカプセルの縁に手をかけ、よろめきながら外に踏み出した。隣に納められていた白銀の剣を、逃さないように反対の手で抱き寄せる。


 長く眠っていた筋肉は、思ったほどには衰えていない。人体改造済みの、この俺の体は980年程度ではまだ錆びつかないらしい。


とはいえ、目覚めたばかりで膝は笑う。壁に手をつくのが精一杯だった。


「おい…あんた、なにもんだ」


喉の調子を確かめながら俺は問いかけた。女は短剣からゆっくり手を離し、小さく息を吐いた。


「テア・アンドレア。人間よ」


「……人間。まだ生きていたのか」


「驚くのは当然ね。でも今の世界で、私たち人間は少数派だから」


少数派、という言葉の重みに、俺は一度、目を閉じた。


 眠る直前の末期。侵略者が地上を蹂躙し、人類が絶滅寸前まで追い詰められていた光景は、今でも鮮明に覚えている。あの時点で既に俺たちは坂を転げ落ちていた。


980年の果てに人間がまだ「いる」だけマシなのかもしれない。


「俺はロイ・ストラス。眠る前は対侵略者部隊のエースを担っている兵士の一人だった。って、もう通じないか」


「通じるわ。ちゃんと記録は残ってるの。セレフィア族が昔の言語も知識もちゃんと継いでる」


「セレフィア……?」


「あなたが寝ている間に生まれた新種族の一つよ。知能が高い種族なの。それにしても説明することが山ほどあるわね。どこから説明すればいいのやら」


 新種族、という単語が耳に残った。俺が知る世界にはそんなものは存在しなかった。人類、侵略者、そして寄生によって生まれ始めていた第二世代。カテゴリはその三つで足りていたはずだ。


「新種族の一つってことは他にも新種族がいるのか」


「ええ、今言ったセレフィア族の他にヴァルグリス族、フェリオス族、ノクティラ族が新種族として人間の他にいるわ」


まさか俺が寝てる間に新しい種族が三つも四つも増えているのか。


 テアは困ったように笑った。その笑い方にはやせ我慢のような、それでも前を向いていこうとする張りがあった。少なくとも俺を怖がっている様子はない。


俺は腕の中の剣に、そっと視線を落とした。柄の桃色の宝石が、応えるようにかすかに脈打つ。


(……イリス)


頭の中で呼びかけた瞬間、白銀の刀身が小さく震えた。長い眠りの中でも彼女は確かにここにいた。

鼓動が一つ、早くなる。


『——α兵装(アンソロ・ウェポン)、稼働確認。使用者との同期、問題なし』


N.S.S.Aの報告に、俺は小さく頷いた。


 980年。失ったものも、変わったものも、きっと山のようにある。それでもこの一本だけは俺の側に残ってくれた。それだけは動かしようのない事実だった。


俺がテアからフードつきの外套を受け取り、どうにか体の熱を取り戻し始めた頃だった。


天井からぱらぱらと細かな塵が落ちてきた。


テアが即座に顔を上げる。


「……来た」


「何が来たんだ?」


「魔物。ここに入る前から気配を引きずってたみたい」


魔物。


耳慣れない呼称だった。俺が眠る前には使われていなかった言葉だ。


「魔物ってのは」


「自我のない人を襲う生き物。放っておくとどんどん増える上にどこにでも出るの」


 短い説明で切り上げたのは余裕がないからだろう。俺は頷いて感覚を研ぎ澄ました。


 遠くの通路から何かが這うような音。複数。金属質な爪が床を削る耳障りな響き。一拍遅れて獣じみた呼吸音が重なる。一体ではない。少なくとも四、五体。


『——警告。複数個体の接近を確認。第二世代系統の反応、強』


 N.S.S.Aの声に一瞬、躊躇のような色が混じった。第二世代系統。その単語に俺の思考が一瞬止まる。


 俺が眠る直前、まだ発生し始めたばかりだった寄生型。第一世代の侵略者が人間に寄生することで生まれ始めた個体を第二世代と呼んでいた。


 強さは第一世代に比べて大したことないが第二世代は自己繁殖が可能な厄介な奴らだった。それでいて見た目に人間の面影が残る、胸糞悪い連中だ。


あれがまさか980年の間でまだ生きていたとは。


(魔物ってやつに対して第二世代の反応が出たってことは、魔物=第二世代か。あるいはその成れの果てか)


頭の中で呟くとN.S.S.Aが控えめに肯定を返してきた。


『正確な区別は現在出来ません』


 正確な識別まではこいつにも分からないらしい。目覚めて最初の相手としては笑えない冗談だった。


「テアって言ったか、少し下がってろ」


「……戦えるの? 目覚めたばかりで」


「なんとかする。俺の本職はああいうバケモンの討伐だぜ。いいから下がって見とけ」


俺の言葉にテアは一瞬だけ目を丸くして、それから皮肉っぽく口元を歪めた。


「昔の兵士ってみんなそういう言い方するの?」


「どうだろうな。少なくとも俺は目の前のものだけは守る主義だ」


通路の先で影が動いた。


青白い照明がそれを照らし出した瞬間——俺は息を呑みかけた。


 四足で這う歪んだ人型。皮膚は灰色に爛れ、背骨に沿って黒い棘が何本も生えている。目は白く濁り、口からは黒い粘液が滴っていた。第二世代と似て非なるものだった。だが共通するのはかつて人間だったものの、面影。


「クソが」


頭の奥で古い記憶が針で刺すように疼いた。


 俺は寄生された者の末路を思い出していた。目の前で仲間がそうなっていくのを何度も見た。あの時は、それでも引き金を引いた。今だって迷うわけにはいかない。


(……俺がやる)


 躊躇を押し殺し、俺は腕の中の剣を改めて正面に構えた。柄の宝石が待ちわびていたように強く脈打つ。


その感触を掌に感じた瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。


 ずっと一緒にいた。俺のすぐ隣で武器の形のまま。彼女にとっては起動していない間の記憶はない。時間の感覚もない。目覚めたとき最初に聞く言葉は俺が決めなければならなかった。


俺は呼吸を整え、腹の底からその名を呼ぶ。


「起きろ、イリス!」


宝石が答えるように強く光った。


 白銀の刀身が柔らかく分解していく。光の粒となって宙に舞い、次の瞬間には俺の隣に一人の少女の姿が形作られていた。長い黒髪。気の強そうな眦。見慣れたはずのそれでも目に沁みるほど懐かしいその顔。


彼女は一度、深く呼吸をした。そしてすぐに俺の頬から首筋まで視線で値踏みするように確かめて言った。


「......ロイ、生きてるのね」


「おかげさまで」


「ふん。当たり前でしょ、約束したんだから」


 短い応酬の裏に隠しきれない震えがあった。彼女も分かっているのだろう。目覚めたのが元の世界ではないと。


それでも今、俺の隣に立っている。それだけで十分だった。


通路の奥から魔物の咆哮が迫ってくる。

俺はイリスに笑いかけた。


「状況はあとで説明する。行くぞ」


「......説明、ちゃんとしなさいよ。絶対に」


「おうよ。とっとと片付けてやろうぜ!」


980年の静寂を俺たちの足音が確かに砕いていった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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