001 ローゼンバルト伯爵夫人
アーデルハイト・ローゼンバルト伯爵夫人。
別名・現在のシンデレラ姫と呼ばれるこの少女は山羊飼いの娘であった。
ある日村に訪れたローゼンバルト伯爵がアーデルハイトを見つけ、息子の花嫁として引き取ったのである。
教育を施し、彼女はクラウス・ローゼンバルトの妻となった。
ローゼンバルト伯爵家が何故山羊飼いの娘を花嫁に選んだか理由は不明である。
彼女を気に入ったという噂であるが、愛人に据える予定だったとも囁かれている。
貧しい山村でいきるしかなかった娘が伯爵夫人として持て囃され、庶民たちは誰もが羨んだ。
しかし、当の本人としては気の病む日々であった。
部屋の中、アーデルハイトは深くため息をついた。
夫のクラウスとは不仲で有名であった。
結婚生活も結婚式と初夜だけすませるとクラウスは仕事に没頭しほとんど王都で過ごしていた。
妻のアーデルハイトは伯爵領でお留守番だ。
お茶会・社交界に呼ばれることがあっても、夫のエスコートはない。
アーデルハイトは貴族たちの笑いの的にされていた。
「父に言われて仕方なく嫁にしたのだろう」
「田舎の庶民の娘が、夢など見なければよかったのに」
アーデルハイトは何度も悔しい思いをした。
夫に何度もお願いの手紙を出した。
「社交界のエスコートを毎回は無理でも、数か月に1回はしてほしい」
聞き届けられることなかった。
夫の冷遇以外にも悩みはある。
彼女は使用人たちからも軽んじられていた。
「庶民が、夢をみるな……ね」
久々に聞いた陰口をアーデルハイトは反芻した。
「別に夢なんて見てもいない」
彼女が夢をみるのは故郷の山村である。
冬は寒く厳しい環境だが、祖父と山羊と一緒に暮らす雪山の生活に不満などなかった。
近所付き合いも悪くなかったし、学校にだって行けた。友人もいた。
その日々を突然壊したのは先代伯爵のレガルド・ローゼンバルトである。
文句を言おうにももう彼はいない。
アーデルハイトとクラウスの結婚を見届けて数か月後に脳溢血で亡くなってしまった。
そこから伯爵位をクラウスが引き継ぐ為に動き回り、ほとんど王都にいる有様。
王家から信頼されている為、色々忙しいのはわかる。
(忙しいのを理由に私なんかに会わなくて済むものね)
結婚して2年もうこの日々に慣れてしまった。
(慣れたくないのだけど)
それでもアーデルバルトは伯爵夫人として居続けた。
使用人にも軽んじられる。
朝の身支度は誰もしない。アデルが1人でする。
執事のヨハンはアーデルハイトの相談に乗ってくれるだろう。
だが、女のもめごとを相談する気になれない。
彼自身、引退した執事の引継ぎで余裕がなかった。
先代執事は自分が今までやっていた夫人の仕事も全部丸ごとヨハンに回したのである。
さすがにそれはいけないとアーデルハイトは少しずつ彼から仕事を譲ってもらっていた。
彼はアーデルハイトが人目に隠れて下着の洗濯をしているなど知らないであろう。
はぁ、とアーデルハイトはため息をついた。
「私、一生このままなのかな」
自分を見ようともしない夫、使用人たちから軽んじられながらこの屋敷でおばあちゃんになるまで過ごすのか。
もう先代伯爵はいないのだから適当な理由で離婚してくれないだろうか。
噂ではクラウスのいる王都の屋敷には、親戚のフォルテ子爵家令嬢が住んでいるという。
王都に屋敷がないフォルテ子爵家がクラウスに頼み込み、令嬢の婚約者探し目的の滞在部屋を貸しているという。
メイドたちは噂していた。
「とても美しい女性でしたわ。旦那様と同じ黄金の髪にルビーの瞳を持ち気品に満ちていて」
「彼女こそローゼンバルト伯爵夫人に相応しい」
「あら、どこぞの山羊女に悪いですわ」
「事実よ」
さらにはお茶会の笑いのネタにされている。
「社交界のエスコートを買って出ているそうですわよ。とてもお似合いで」
婦人たちの嘲笑にアーデルハイトはおおいに腹を立てた。
今までアーデルハイトのエスコートをしてくれたこともないのに、親戚の子爵令嬢のエスコートはしてさしあげるのか。
そのフォルテ子爵令嬢を恋仲にあるというのであればいっこうに構わない。
アーデルハイトとしてはお幸せにと、屋敷から去ってやろうではないか。
「うん、出よう」
何度も、何度も考えた選択肢にアーデルハイトはようやく踏ん切りつけた。




