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第七話 婚約者と元婚約者候補①

 王国屈指の公爵家であるステイシー家。レニーの父であるステイシー公爵は、その優れた外交力でルゼラン王国に貢献している。ステイシー公爵は学園在学中、様々な国のアカデミーに短期留学しては見識と人脈を広げていた。王国に戻る直前、留学先であるエルディナール公国の第二公女と恋に落ち、そのまま連れて帰ったという逸話を持つ。


 公女と結婚したステイシー公爵は、同じく優秀な弟に領地運営を任せて、培った外交力でルゼラン王国を支えた。第一子であるレニーが生まれるまでは、公爵が外交で不在の時は、当時王家に嫁いだばかりの王妃が公爵夫人となった公女を王宮に呼び寄せた。王妃は、同じ時期に嫁いだ公爵夫人に親近感を覚えたのだ。二人は姉妹のように仲良くなり、やがて二人とも子を授かり大喜びした。その時生まれたのがクリストフとレニーである。


 さすがに、公爵夫人をクリストフの乳母にはできない。二人は友人として頻繁に会い、子育てについての考えや、夫に対する愚痴などを話した。王妃と公爵夫人の仲はさらに深まり、公爵が外遊から戻っても夫人は王宮に通った。

 いつの日かどちらかが言った、「この赤ん坊たちが結婚してくれれば良いのに」という言葉。側に控える者たちは微笑ましく聞いていたが、王妃と公爵夫人の仲の良さや両家の釣り合いを考えると、決しておかしな話ではない。そのうち王宮に出仕する貴族の間で、クリストフ第一王子の婚約者はレニー嬢だという噂がまことしやかに囁かれるようになった。


 幼いクリストフとレニーは、宰相の息子のジルと絵本を読み、従兄弟のベルナールと喧嘩をし、たまに辺境伯と共に王宮を訪れるジョルジュと冒険ごっこをして過ごした。周囲の声が聞こえていたのか、クリストフがレニーと結婚すると言い出したのは自然な流れだった。

 レニーも幼いながらにその意味を理解して、ならば私はたくさん勉強をしてクリストフを支えようと考えた。


 国王も王妃も公爵夫人も婚約に反対する理由がなく、むしろ大賛成だった。しかし、唯一渋い顔をしたのがレニーの父、ステイシー公爵である。理由はただ一つ。父親として、まだ幼く可愛い盛りのレニーをフランシスに取られるのが嫌だったから。

 レニーは母の里帰りのため、何度もエルディナール公国に渡っていた。幼い頃から王国外に出ることが当たり前だったレニーは、他国との違いや文化に興味を持つようになっていた。そんなレニーの知的好奇心につけ込み、とうとうステイシー公爵は正式な婚約が整う前に、レニーを長期の外遊に連れて行ってしまう。

 レニー、七歳のことであった。



 そんなレニーが現れた次の日の昼休み。

 クリストフ、ジル、ジョルジュ、ベルナールのグループにはレニーがいた。そしてアデルもいた。いつものように。

 中庭でランチをとる六人の姿は注目の的である。その様子を教室の窓から覗き見た生徒の多くは、クリストフの婚約者として振る舞っていたアデルがグループにとどまっていることに驚いた。

 アデル自身も真の婚約者登場には驚いたが、そもそもアデルも自分がクリストフの婚約者になれる完全な勝算があった訳ではない。進展しなければ機を狙って力技で、と考えていた時にレニーが現れた。さすがにクリストフのことは諦めざるを得ない。アデルは昨日一晩中、ハンカチを噛んで悔しがったが、今日はすでに前を向いていた。


 クリストフは無理でも、せっかく条件のいい上位貴族の令息と親しくなったのだ。この絶好の機会を逃すわけにはいかないし、落ち込んでいる場合ではない。

 作戦を練り直すためにはまず腹ごしらえ。アデルが黙々とパンを口に運んでいると、ジルが恐る恐る話し掛けてきた。


「ア、アデル嬢。いつもよりたくさん召し上がっていますが、大丈夫ですか」


 ハッとしたアデルは、パンをランチボックスに戻して小さく微笑む。ジルは宰相の嫡男だ。家も侯爵家で釣り合いは良い。アデルはコホンと小さく咳払いをした。


「そうですの。しっかり食事をいただいて、午後からのお勉強も頑張ろうと思いました」


 宰相の妻になっても恥ずかしくないぐらい勉強しているわよと、しっかりアピールをするアデルをよそに、ジルは午後の授業はなんでしたっけとレニーに話し掛けた。


「午後は地理学と歴史、だったかしら?」


 レニーがクリストフに尋ねると、クリストフは嬉しそうに頷く。そんな二人に向かって、甘い甘いとおおげさに騒ぐベルナール。アデルは不快さが顔に出ないように、口元に力を入れた。


「地理学か。地理学は楽しい。辺境伯家では争いを仮定して、あらゆる地形での戦い方を考えるんだ。だから俺も頑張って食おう」


 ジョルジュが二つ目のランチボックスのふたを開ける。レニーはまだ食べるの? と笑いながら、ジョルジュに水の入った瓶を渡す。僕のだよ、と怒るベルナールにクリストフを揶揄(からか)った仕返しだと笑うレニー。アデルは五人の仲の良さにイライラして、再び口元と目に力を入れた。力を入れているせいか、引きつった顔面が痛い。その痛みと闘いながらアデルはあることに気がついた。


 ──会話が自然だ!


 アデルと微笑みながら話していた四人は、髪や食事、進路のことなど、ほぼ同じ話を毎日毎日繰り返していた。はじめこそ不思議に思っていたアデルだったが、次第にそれが超高位貴族の会話なのだと思い込むようになった。

 それが間違いだったと、レニーが来てからたった一日で気づかされた。聞いたことのない話や、ふざけ合い、途切れない会話……。レニーに対するクリストフの態度は百歩譲って認める。婚約者だから。でも……。


「アデル嬢は、地理学が得意でしたよね?」


 ふいにジルがアデルに話を振ると、五人の視線はアデルに集まった。


「え、ええ。主に国内の農作物と流通先に関して、ですが」


 大農豪ルソー侯爵家のアデルは、そこだけはしっかりと勉強している。


「素晴らしい! なかなか地理学に興味を持つ女子生徒は少なくて」


 レニーが目を輝かせてアデルに言う。アデルは、まっすぐに自分を見つめるレニーの淡いブルーの瞳に胸がドキドキした。これは、クリストフが好きになるのも仕方がない。


「私、色んな国に行ったでしょう? すごく面白い話がいっぱいあるのに、地理学の教科書にはそれが一つも書いていないの。どうやったら王国内外のことを皆に知ってもらえるのか考えていたのです」


 レニーは悔しそうな顔をする。アデルは、王太子の婚約者はそこまで考えないといけないのかと驚いた。


「面白い話とは、例えば?」


「んー、そうですね。王国から船で二週間ほどの距離にあるティラン・マリエ諸国。元々はいがみ合う二つの民族が暮らしていたのですが、両首長の息子、娘が周囲の反対を押し切って婚姻をしたことによって一つの国として成り立ったのです」


 ほーっと男子軍は感心する。


「ですので、ティラン・マリエ公国にある商業施設や飲食店にアベックで訪れると、手厚いサービスが受けられるのです」


 これには男子だけでなく、アデルも驚嘆した。


「それって、サービス目当てにその辺にいる女の子を連れて行ってもいいってこと?」


 色男がギラギラした目でレニーに聞く。


「そうです。サービス目当てで適当に誘うベルナールのような人も、結果的に婚姻まで進む例も多々あるようです。意中の相手を誘えない、という人の背中を押す効果もあるようですね。そのせいでしょうか、ティラン・マリエ王国の出生率は常に高い水準を保っているのです」


 これには近い未来、国政を担うクリストフが低く唸った。


「あとは、エルフが国を興したエルフィオル公国と、精霊の加護があるとの言い伝えがあるザン・ミルゼル神聖公国。この二つの国には国交がないのですが、まったく同じ像が神殿に祀られているとか」


 アデルはすっかりレニーの話に引き込まれていた。地理学の先生も、このような逸話を交えて授業をしてくれたらどれだけ楽しいか。さっきまで引きつった笑顔だったアデルは、気がつくと心から笑っていた。


「アデルさん。これからも、地理学だけではなく色々なお話をしましょうね」


 ニコリとしながら言うレニーに、アデルはコクコクと頷いた。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。

時間はうろうろしますが毎日更新する予定です。


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― 新着の感想 ―
ここからが新しい話しですね。気になったのですが、幼いフランシスとレニーには宰相の、、、フランシスがレニーと結婚、、、可愛い盛りのレニーをフランシスに、、、フランシス、ジル、ジョルジュ、ベルナールのグル…
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