第六話 シモーヌとキラキラ貴族令息②
短編版+αはここまでになります。
悔しくて真っ赤になったアデルがシモーヌに文句を言いに行こうとした、その時……。
「ベルナール! どうしたんだ、その腕は!?」
いつもなら教室の前の扉から堂々と入ってくるベルナールが、目立たない後ろの扉からこっそりと入って来た。
筆頭公爵家であるディアナ家の嫡男であり、クリストフと従兄弟でもあるベルナールは、クリストフよりもファンが多いと噂される色男である。ロイヤルブルーの瞳と金色の髪を持つクリストフ。対してベルナールは薄紫色の瞳に、白銀の長い髪を無造作に結んだ姿がとても目を引く。
そんなベルナールが目立たないはずもなく、ジョルジュの驚きの声もあって、教室中の生徒が一斉に注目した。骨折したのか、ベルナールの右手は包帯で固定して首から吊られている。
そして、その端正な顔立ちには似合わないほど、左の頬は赤く腫れていた。
ベルナールは大丈夫だよ、と心配そうなクラスメイトに微笑みながら、ジョルジュの側にやってきた。
「折ったのか? それに頬も腫れている。一体何があったんだ?」
ジョルジュが矢継ぎ早に質問し、ジルも心配そうにベルナールから鞄を受け取った。
シモーヌは、以前にも同じような光景を見たような気がして首を傾げた。
「手綱を放している時間が長かったんだ……欲をかいたよ」
「まさか、ベルナール様。僕たちの話を聞いて……」
フランシス、ジャン、ビクターが青い顔をしてベルナールに尋ねると、ベルナールはあははと困ったように笑った。
えっ、と驚いたシモーヌはフランシスたちを見る。三人は気まずそうな顔をした。
「先日、馬術の授業で、僕たちはアラン様の馬の話をしていたんだ。あの、む、胸の……そうしたらベルナール様たちにも聞こえていたみたいで、詳しく話せと求められて」
シモーヌは思わずベルナールを見上げる。普段はギラギラしているベルナールが、心なしかシオシオしているように見える。
「では、その腫れている頬は……」
「ああ、母上にこっぴどく、ね」
どうりで見たことがある光景だわ、と納得するシモーヌの隣で、三人とジョルジュ、ジルが「で、どうだった?」とベルナールを囲みコソコソと聞いている。
「悔いはない。想像以上の結果だったよ」
眩しい笑顔で言い切るベルナールに、おおっと響めく五人の男子たち。それを見たシモーヌは、やっぱり男子なんてこんなものなのねと納得する。母の言ったことは、やはり正しかった。
いつも教室の隅っこで、コソコソ盛り上がっている冴えない三人の下位貴族令息。今日はそこに、将来有望な高位貴族令息が三人も加わって大盛り上がりしている。
クラスメイトたちは男子も女子も、会話に参加したいような、少し離れたところから聞いていたいような……。まあ、とにかく気になって仕方がない。いつもは目立たない教室の後ろは、今日一番の注目スポットになっていた。
自分はその中心にいないどころか蚊帳の外にいる! 許せない、と怒り心頭のアデルがシモーヌの元に行こうとした、その時……。
「ご無沙汰しております、クリストフ殿下。ただいま戻りました」
アデルの前をスミレ色の何かがふんわりと横切り、クリストフの前に立った。
「あぁ! よく帰ってきてくれたね、レニー!」
素早く立ち上がったクリストフは、スミレ色の髪を綺麗に編んだ、美しい令嬢の手を取り、その甲に唇を落とした。
想像もしなかった衝撃的なシーンに、アデルは口をあんぐりと開けたまま動けない。はしたない口のままで固まるアデルを横切って、ジルやジョルジュ、ベルナールがその令嬢の元に駆けつけた。
「お帰りなさい、レニー嬢」
「遊学は楽しかったか? 無事に戻って来て一安心だ」
「お帰り。レニーがなかなか帰ってこないから殿下がご機嫌ななめで。機嫌を取るのに、ほら、骨が折れたよ」
ジル、ジョルジュ、ベルナールが口々に挨拶をする。砕けた口調で笑い合う姿は、付き合いの深さを物語っていた。
「えっと……殿下、その方は」
やっと口を閉じたアデルが、口を開く。
「うん。幼馴染みのレニー・ステイシー公爵令嬢だ。彼女は幼い頃から外交官である公爵について、色々な国で見聞を広げていてね」
「ステイシー公爵家長女、レニーです。父について国を出ていたので、皆様とはお会いしたことがありませんでしたね。本日から、どうぞよろしくお願いします」
レニーは国内屈指の公爵家令嬢にもかかわらず、成り行きを見守っているクラスメイトたちに見事なカーテシーを披露してニッコリと微笑んだ。
その優雅さと美しさに、男子生徒は赤くなり女子生徒はため息をついた。
そんなレニーの背中にそっと手を回して、クリストフはクラス中に向かって嬉しそうに報告した。
「この度、レニーがやっと婚約を承諾してくれたんだ!」
こ、こ、婚約……と口をパクパクさせるだけで声も出せないアデルをよそに、クリストフは蕩けるような笑顔でレニーと見つめ合った。教室中からわっと歓声が上がる。
──そんな顔も見たことない!
アデルは目の前が真っ暗になった。
「アデル嬢が白くなっているように見えるが」
シモーヌの後ろからフランシスが耳打ちする。
クリストフ殿下にはずっと心に決めているレニー嬢がいる。そのレニー嬢は王太子妃に相応しい女性になるために、幼い頃から父親について海外に渡り教育を受けている。
ただ貴族院の顔を立てるためだけに、お茶会という名の婚約者選考が行われていたのは周知の事実。お茶会に呼ばれた令嬢たちは、親からその事情を聞かされていた。決して王太子妃になろうなんて夢にも思うな、と強く釘を刺されていたはず……なんだけどな、とシモーヌは不思議に思った。アデルの父親のルソー侯爵が欲でも出したのかしら、などと考えているシモーヌの目の前に、ジャンがスケッチブックを突き出した。
「これが、世界最強の召喚獣だ!」
お読みいただきまして、ありがとうございます。
次回からはどっぷり長編版へと参ります。
この子たちが立派な大人になれるか疑問を持つ方も、大丈夫大丈夫、自分もそうだったという方も、応援していただけたら幸いです。
21時頃に更新する予定です。




