第五話 シモーヌとキラキラ貴族令息①
「……俺もこれを考えたことがある」
ジョルジュの発した言葉に、三人は一斉にジョルジュの顔を見た。
「でも雷が集まる前に、お前が雷に打たれてしまうと父上に笑われたが……」
ジョルジュはビクターと同じぐらい大きな体を縮こませ、黒い髪をワシワシと掻いて恥ずかしそうに笑う。アデルたちといる時のジョルジュはいかにも騎士然としている。こんな顔もするのね、とシモーヌは意外に思った。
辺境伯家嫡男で次期辺境伯。クリストフの護衛を兼ねて側にいるジョルジュは、見た目のゴツさもあり、周囲から一目置かれている。近寄りがたい相手から話し掛けられ、三人もさぞびっくりしただろう。
緊張する三人をよそに、ジョルジュはすぐには去らず、フランシスが描いた双頭の竜が装備された剣についてダサいが惹かれると感想を述べたり、ジャンが描いた五分だけ七色に光る剣を見ては、頭を悩ませたりしていた。
最初はおどおどしていた三人もさすが男子同士、すぐに打ち解けた様子で自分の剣が一番だと盛り上がりだした。
「シモーヌ、あれを持って来てくれたか?」
同じ騎士道を目指す辺境伯家のジョルジュと話せたことに興奮したビクターが、それまで黙って見ていたシモーヌに話し掛ける。数日前から剣の発明をはじめた三人に、シモーヌはある話をしていた。
それはアランがまだ学園に入学したての頃。
長期休暇中、領地にいる両親とシモーヌの元に帰ってきたアランは、馬車の中でスケッチブックいっぱいに発明品の数々を描き上げていた。それをシモーヌにプレゼントしてくれたのだ。
シモーヌは久々に会えた兄からのプレゼントに心が躍った。が、パラパラとスケッチブックをめくっていると、次第に何も言えない気持ちになった。
クッキーがよかっただの、ぬいぐるみがよかっただの、わがままをいうつもりはない。だが、十歳のシモーヌにとって天才騎士の卵が描いた斬新な武器の絵は、どうしても持て余してしまう。困った様子のシモーヌを見て、アランはハッハッハと笑いシモーヌの頭を撫でた。
「シモーヌにはまだ早かったかな? そのうち友人ができたら見せてやってくれよ。兄様の才能にきっと驚くぞ」
シモーヌはその後、スケッチブックのお礼を一緒に考えて欲しいと母の部屋を訪ねた。母はスケッチブックを見ると大きなため息をついた。
「女の子にプレゼントしたものがこれ……残念だけど、あれぐらいの年の男子なんてこんなものよ。下手くそな絵をプレゼントされてもがっかりしちゃダメよ」
ビクターは、その時のスケッチブックを見たいとシモーヌに頼んでいたのだ。
「これは兄が描いたものです」
シモーヌは例のスケッチブックを差し出した。三人とジョルジュは興味深そうにスケッチブックをめくり覗き込む。しばらく凝視していた四人は、揃って大笑いした。
「一体、なぜ馬から剣が生えているんだよwww」
「また微妙な位置から立派に生えたなwww」
「この剣には刺されたくないwww」
フランシスとビクターは涙目になって笑っている。ジャンに至っては膝をついてお腹を抱えていた。呼吸が苦しそうだ。
「いや、我ら憧れのアラン様が本当にこのような……一体、なんと表現したらいいのか」
未来の辺境伯は憧れのアランが描いた、表現が難しい絵を見て非常に困惑していた。あの時アランが言っていたように、きっとアランの才能に驚いたのだろう。
「男子なんてこんなもの、と母が申しておりました」
シモーヌがさらりと言うと四人はまた笑い出し、ジョルジュはぜひとも譲ってくれとシモーヌに頼み込んだ。
そんな様子を、教室の前方からアデルたちが見ていた。
「最近、シモーヌ嬢はラザノ伯爵令息たちと仲良くしているみたいだね」
シモーヌいわくキラキラことクリストフ王太子が言うと、アデルはにこりと笑いながら言った。
「いくら殿下の婚約者に選ばれなかったとはいえ、当てつけのように爵位が下の人たちと仲良くして見せるだなんて」
「でも、何だか楽しそうですね」
メガネをクイッと上げながらジルが言うと、ジルの隣にいたベルナールも頷く。
「そうだな。ジョルジュも楽しそうに加わっているよ」
アデルは、蹴落としたと思っていたシモーヌが冴えないとはいえ男子生徒に囲まれて楽しそうに過ごしているのが面白くない。
しかしアデルは翌週、さらに面白くない光景を目にすることになる。
「あの時のアラン様の眼帯は、怪我が原因ではないって本当ですか!?」
週明けの朝。アデルが教室に入るといつも出迎えてくれるジルがいない。しかし、ジルの声はする。不思議に思い教室を見渡すと、見慣れたアッシュグレーの髪にメガネ姿のジルが、なぜかシモーヌに言い寄っていた。
「アラン様が学生の時、子どもを庇って目に怪我をしたと王宮の侍女たちが噂をしていて……」
ジル・ドルレアンは代々宰相を務めるドルレアン侯爵家の嫡男で、父であるドルレアン侯爵は現宰相だ。幼い頃からクリストフの遊び相手をしながら、未来の側近として王宮に入り浸り父の側にいた。実務を学ぶのは学園を卒業してからだが、即戦力になるように王宮内を把握し、出仕している貴族の顔を覚えさせられた。
ある時から王宮の話題の中心になったのが、近衛隊に配属されたアランだった。王宮中どこの侍女も、常にアランの噂話をしていた。ジルもアランを見掛けるようになると、すぐにアランに対して憧れを抱いた。騎士なんて興味のなかったジルが、アランの情報収集をするほどに。
「いいえ、ジル様。あの頃の兄は、自分の右目に何かが宿り目が合った人を不幸にしてしまう、と訳のわからぬことを言っていたようです。タウンハウスに立ち寄った母に眼帯を取り上げられた時は、家出してしまいましたわ」
シモーヌから真実を聞いたジルは、何も言えなくなり黙ってしまった。
「さすが、俺たちのアラン様だなwww」
今日も元気なフランシス、ジャン、ビクターが、ジルを気にすることなく声を揃えてはしゃぐ。アランに憧れて両親に眼帯をせがんだ過去があるジルは赤くなって俯いた。
そんなジルの背中をジョルジュがポンと叩く。
「俺は訓練場で見たアラン様に憧れて、頬にガーゼを貼ったよ。斜めにな」
苦笑いするジョルジュだったが、あれは虫を捕まえようとして刺されたのだと、先日シモーヌに聞かされた。ジョルジュは名誉の負傷だと思っていたのだ。
それからジョルジュやフランシスはガーゼを貼ると格好いい位置を議論した。眼帯は黒に限るというビクターにジャンが激しく同意して、ジルも恥ずかしそうに黒もいいなと呟いた。
「な、何なの。ジョルジュ様もジル様も、あんな低俗な話……ね、殿下!」
アデルが勢いよくクリストフの方を向くが、クリストフはシモーヌたちの会話に肩を震わせていた。
「で、殿下?」
「ああ、すまない。ああいう会話も何だか楽しそうだなと思ってね」
心当たりがあるのか、ククッと笑うクリストフにアデルは目を丸くする。
──何よ、その顔。そんな笑顔知らない。
クリストフは、いや、ジョルジュもジルも、アデルと話している時はいつも、高位貴族として相応しい綺麗な微笑みを浮かべていた。
アデルはもう一度、シモーヌたちの方を振り返る。シモーヌの近くにいるジョルジュとジルは、赤くなって照れたり、歯を見せて笑ったりしている。
──何なのよ。一体シモーヌなんかと話して何がそんなに楽しいの!?
悔しくて真っ赤になったアデルがシモーヌに文句を言いに行こうとした、その時……。
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明日の投稿は16時頃の予定です。
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