第十二話 母と母の友人と思い出話
──何、これ。なんてミステリー!?
シモーヌの目がベルナール以上にギラギラと光り輝いた。謀反事件に惹かれたシモーヌの耳には、婚約や恋愛といった内容は入っていない。
国王に対する反逆だなんて、先日読んだ小説にそっくりだ。シモーヌは話を聞きながら、頭の中では考察に考察を重ねていた。その小説では、反逆を企てたのは他国からの刺客。
ミステリー好きのシモーヌには、この幕引きの仕方で犯人と思しき人物が判ってしまった。
犯人は公表できないほどの人物。きっと王族。王位継承権争いがあった我が王国に当てはまるのはたった一人。しかもその人物は、臣籍降下した今も遊んで暮らしているという噂がある。
そこまで考えて、シモーヌはハッとした。いくら推測だとしても、犯人としてその名前を口にすれば不敬である。でも、答え合わせがしたい。不敬罪に問われることになると、シモーヌだけでなくベルジック侯爵家もお取り潰しになる。アランは……。そうだ、アランはどうなる? せっかく近衛隊に入隊でき……。
「あんなの、王弟が犯人って公言したのも同然よねぇ」
一人パニックに陥るシモーヌをよそに、ジャネットが次のお菓子を摘まみながら、いともあっさりと不敬を口にした。あっけらかんと言ってのけたジャネットに、シモーヌは目を白黒させる。
「まぁね。王位争いが激しい兄弟って有名だったから。あと、王妃争いと」
イネスもまた、爆弾発言をする。
「お母様も伯爵夫人も、どうしてそんなにお詳しいのですか?」
情報の怖さに身震いしながらも、シモーヌは恐る恐る二人に尋ねた。二人はキョトンと顔を見合わせた。
「だって、王妃陛下。ペネロープ・アジャーニ元公爵令嬢は、クラスメイトだったもの」
そんな重要なこと、今の今まで知らなかった。普段は感情が表に出ないシモーヌも、今日は驚きすぎて、自分が今どんな顔をしているのかわからない。
「シモーヌ、そんな顔もできるのね。可愛い」
ジャネットは、シモーヌを見て体をくねらせた。抱きしめたいのだろう。
「あの頃のペネロープは、すでに王太子だった今の国王と婚約していたから大変だったのよ」
王太子と婚約したことに嫉妬した一部の女子生徒からの嫌がらせがあったらしい。それに加えて、ペネロープに恋をしていた今の王弟からの横やりが酷かったようだ。
「そうそう、マナーの教師がペネロープにだけ厳しくてね」
ジャネットも思い出したのか、プンプンと怒り出す。
「成績の良かったペネロープにいつも言うのが、『あなたの一番の仕事は、立派な御子を産むことです!』」
イネスはその教師の声色を真似たのだろう、ジャネットが手を叩いて笑う。
「でもね、ペネロープも負けていなかったの。卒業前の最後の授業で、とうとう言い返したのよ」
イネスとジャネットが声を合わせて言った。
「『では先生。立派な御子の作り方を教えて下さいな』って!」
あの時の先生の顔ったら、と二人は涙を流して笑う。なるほど、ペネロープ嬢は負けていない。
ここでシモーヌにある疑問が浮かんだ。そしてまだ涙を流す二人に質問した。
「御子の作り方ってどのようにするのですか?」
今の今まで笑っていた二人の夫人がピタリと止まる。シモーヌには、傍らにいる侍女たちまでも息を止めたように感じた。
ジャネットが目だけを動かしてイネスを見る。ジャネットと目が合ったイネスは、慌てて首をブルブルッと横に振る。
「ど、どのようにって……どうだったかしらねぇ。あ、口づけでもしたかしらねぇ。ホホホ」
さっきまでとは違い不自然に笑うジャネットに、イネスもホホホとこれまた不自然に笑った。
何だか誤魔化された気がしたシモーヌだったが、もう一つ聞きたいことがあった。
「お兄様が婚約していないのも、それに関係があるのですか?」
話が逸れ、あからさまにホッとした様子のイネスだったが、すぐに難しい顔になる。
「アランねぇ……。あの子の学生時代には、何人かのご令嬢と引き合わせたこともあったのよ。でもアランだからねぇ」
ため息をつきながらイネスが言うと、ジャネットもアランだものねと笑った。
「今は王族を警護する近衛だから、きっと婚約者は上が決めるでしょう。よほど気に入ったご令嬢ができれば別でしょうけど、ご令嬢相手に虫の話しかできないアランじゃねぇ」
シモーヌが思っている以上に、兄はアランだった。そんなアランと一緒になってくれるご令嬢を想像する三人の話は、なかなか尽きない。
「私、お腹がすいちゃったから、そろそろお暇するわ」
あんなに焼き菓子を食べていたジャネットが不思議なことを言い、イネスも見送るために立ち上がった。ジャネットは立ち上がったシモーヌに近寄り、キュッと抱きしめた。
「今回の王太子殿下のご婚約で動く人も出てくるでしょう。今度会う時は、私の可愛いシモーヌは誰かに取られちゃっているかも」
ジャネットの柔らかい体に包まれて、シモーヌはなんだかくすぐったい。昔から大好きなジャネットと、またしばらく会えないと思うとシモーヌは急に寂しくなった。
「学園は違っても、私は学生としての先輩よ。何か聞きたいことはないかしら?」
ギュウギュウ抱きしめられながら、シモーヌはうーんと考えた。
「そうだわ。私、女子生徒と何を話していいのかわからなくて……」
ジャネットは、シモーヌの顔をじっと見つめてから笑った。
「そんなの悩むことないわ。天気の話をして、ファッションと持ち物を褒めておけば、大体上手くいくものよ」
ジャネットはそう言うとシモーヌにウインクをして、お土産に例のジャムの瓶を数個持って帰って行った。
ここ数日、のんびりと過ごしていたのに急に濃い話を聞いたせいか、その夜シモーヌは久しぶりに熱を出し、王都に戻る日が二日ほど延びることとなった。
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お菓子食べた後にご飯が入るジャネットはまだまだ若いと思われた方、評価や応援をしていただけたら幸いです。
私はお昼にチーズナンを食べたら晩御飯が入りません。




