第十話 訳わからんて
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ルシオはマリアの従姉の子供で、ルシオの親が死んでしばらくの間はマリアが面倒をみていたという経緯がある。そこで、頭の回転は早いし、計算は間違わないしで、まだ子供だというのにヴィオが気に入って採用する運びとなったわけだ。
「マリアおばさんお元気ですか?なんて事は書いてないと思うけどなあ」
ルシオからの手紙の封を切ると、時節の挨拶から、ブリタンニアから仕入れた紅茶をオビドスからカルダスへ移動したこと。
ブリタンニアへ輸送予定なのはカルダス産の勝利のロゼワインで間違いなく、婚約者からのプレゼントとして運ばれたアクアマリンはすでに屋敷に届いている事などが書かれていた。
メロヴィングからのスパイが跋扈しているような状況なので、伝えたい事がそのまま書いてあるわけではないのだけれども、
「なにこれ、意味わかんないんだけど」
肩揉みされながら、ヴィオは顔を顰めた。
イディナの戦線で活躍したペリグリンさんを紅茶に例えて、女王領であるカルダスへ移動した事。閣下の大切な人(女性)をブリタンニアに無事に送り届ける予定でいたけど、その女性とは勝利のロゼワイン(という女性)で間違いなく、婚約者身分でアクアマリン(ペリグリンの瞳の色)が届いた(潜入した)。
「わけ分からんて」
私が手紙を手にブルブル震えだすと、
「やっぱり仮眠をとっていったほうがいいんじゃないのかい?頭が働かなくなっているんだよ」
と、マリアが心配そうに言い出した。
「まさかとは思うけど、ウェストウィック閣下が保護したかったのがヴィトリアってか?」
保護したかったヴィトリア・デル・フォルハスは、ブリタンニアまでわざわざ出向いていたんですけれどもぉ。頭をブルブルっとヴィオは横に振った、違う、違う、違う。
入れ替わりを果たしたベアトリスはヴィトリアとしてカルダスの領主館に滞在し続けている。
カルダス領を任されているテレサ女史は昔、女王に仕えていたけれど、ヴィオが王宮にあがった時にはすでに王宮を辞していたので直接対面した事は一度もない。
だから、ベアトリスがヴィトリアと名乗って滞在していても、彼女はそれが偽物だということも知らなかったし、私たちも真実を伝えようとはしなかった。知らない方がこちらのゴタゴタに巻き込まれずに済むだろうと判断したからだ。
おそらく、ウェストウィック閣下は、メロヴィングが王妃に据えようとしているヴィトリアの事を、大きな不安材料であると判断したのだろう。
「それにしてもペリグリンさんが婚約者として潜入か・・・」
娼館でも飛び抜けて人気があった娼婦を母に持つベアトリスは、メインヒロインのベネディッタと比べると、ヒロインらしいはっちゃけたキャラではない、サブヒロインにふさわしい控えめタイプ。
見た目は妖精のように儚げで美しい容姿をしている為に、公爵邸で働いている時も、男性からの人気はものすごく高かった。
義弟のクリスもお菓子とか良く貢いでいたみたいだけど、クリス以外からも様々なものをプレゼントされていたし、貰ったものはそつなく皆に配って歩く。
さすが女性ばかりの娼館育ちといったら良いのだろうか、女性からの嫌悪感を引き出さず、全ての事をなあなあに、うやむやにしながら、自分に損がないよう立ち振る舞っていく。
王都リジェの郊外の屋敷で顔を合わせた時も、入れ替わりをするのに特段、ものすごく悪い事をしているなあとか、罪悪感とか、そういう感情は一切見られなかった。
あの後、仮にヴィオが人買いに攫われて奴隷として売り払われたとしても、陵辱をされていたとしても、殴り殺されたとしても、
「まあ、そうだったんですか・・」
とだけ言って、悲しそうに瞳を伏せるくらいのことしかしないだろう。
常に自分が有利な方はどちらかと考えて行動を決定しているので、恋だの愛だのという感情を行動原理に挟まない。
義弟のクリスと一緒に本を読んだり、文字を勉強したり、お菓子を食べたりとかなり親密に過ごしていただろうけれど、おそらく、彼に対して何の感情も持ってはいなかったんじゃないだろうか。
他の使用人との間の出来事を見ていてもそう、相手の好意には気づいていても、それについて何かを考えるという事がない。自分が傷付かず、うまい具合に生活できるのであれば幸せで、都合よく周りを使って生きていければと無意識に考えている。
ペリグリンがヴィトリアの婚約者として潜入したとは、随分と無茶するなあと思うけれど、ペリグリンが一緒にブリタンニアに行こうと言えば、メロヴィングやルシタニアとのしがらみなんかはあっさりと捨てて、自分の身の安全の確保の為に喜んで移動をするだろう。
自分が無事であれば、周りはとりあえずどうなったって構わない。いや、構わないというよりは気にしないのだろう。どこまでいっても自分中心の人、それがヴィオの持つベアトリスの印象だった。
ペリグリンさんが潜入したというのなら、コーランクールが手に入れる前にこちらで保護出来そうだけれども、ブリタンニア人の婚約者が現れたのだから、敵を刺激する恐れもあるわけだ。
「ヴィオ、仮眠していくんだろう?」
マリアが心配そうにヴィオの顔を覗き込んでくる。
「仮眠は無理だよ、急いで移動しなくちゃいけないんだ」
「あんたはね、忘れているかもしれないけど、まだ子供なんだよ?」
「もう16歳だよ」
「そう、16歳なんだよ?若いくせにたくさんの責任を細っこい肩に担いで、一体どこまで行くつもりだい?」
ああ、心配してくれる人が居るっていうのは幸せだなあ。
「マリア、心配してくれるのは本当に嬉しい。だけど、ここで動かなくちゃ大勢の人が死ぬ事になるんだ」
「あんたは、いっつもそれだね」
呆れ返った表情を浮かべると、
「絶対に死ぬんじゃないよ」
と言ってマリアはヴィオを抱きしめた。
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