第九話 女の顔は命より大事
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馬、それはとっても値段が高いアクティビティ。
街頭で配られるチラシを見れば、乗馬してみたーい!と思ってみても、チラシに具体的な値段などは一切書かれていない。結局、ホームページで値段の確認をしてみたところ、
「たっか!」
って、一人で叫んで終わるやつ。
でもさあ、いいよなあ乗馬、私もお馬さんに乗ってパッカパッカ走らせたぁい。セレブの趣味堪能したーい!牧場とかでポニーに乗って囲いの中を一周歩くとかじゃなくて、自由に馬を思いのまま走らせてみたーい!なんて思ことをヴィオは思っていた。生まれ変わる前のことになるのだけれど。
「ヴィオ!馬を用意しておいたからこれに乗って行ってちょうだい!」
「サンキュー!サンキュー!」
「少しくらい休んだらどうなの?また夜通し馬を走らせるわけじゃないわよねえ?」
「いや、走らせるよ?時間ないもん、マジでオビドスまで夜通し駆けて向かっちゃうよ?」
「ちょっとくらい休ませて〜―」
「誰かこの馬鹿を止めてくれーーー」
部下の泣き言が酷い。
「根性ねえなあ、だったら一人で行ってもいいんだけど?あんたらここで休んでったらどう?」
「んな事できるわけねえでしょうよ!」
「隊長一人で向かわせたなんて事になったら、俺、明日の朝には物理的に首を切られる事になるわ」
「ヴィオ!あんた無理して落馬したらどうするんだい!少しの間でいいから仮眠だけはとって行ってちょうだい!」
避難所のドンが出てきてヴィオは首根っこを掴まれた。
「あんたはこっちにおいで!」
ここのドンは脂肪がたっぷり乗ったマダムで、男ばっかり八人も産んだ肝っ玉母ちゃんなのだ。
「マジで休んでいる暇はないんだってぇ〜」
引きずられながら、ヴィオは風呂場へと連行された。
前世の記憶持ちである公爵夫人となったイーリャと出会ったヴィオは、イーリャと二人で商会を立ち上げる事を決意した。
前世のゲーム知識で、皇帝と衝突する戦争が起こる事はまず確実だという事はわかっていた為、ルシタニアの民を保護する為にはまずどうしたら良いのかという事を考えた。
戦いが起これば女、子供、老人が真っ先に被害を被るのだから、絶対に避難させなければならない。こういう考えはこの世界には全くないものだったため、まずは定着させるのにかなり苦労をすることになった。下民に何故情けをかける!などと、言われた、言われた。
避難した先では食料が必要であり、感染症予防の為には清潔な環境の維持が必要となる。
災害大国日本で育った二人は日本の避難所と同等のものを想定して各地に作り、その避難所の近くには瓶詰め工場を次々と建てていく事にした。避難所または工場を起点として網の目状に道路を整備して、都市間の移動もスムーズに行えるようにしたし、郵便局なるものも作って情報の伝達は素早く行えるような仕組み作りもした。
各拠点には必ず馬を置き、伝令や移動の際には替え馬として使えるようにしたし、厩舎で働く人間も配備した。工場の中で働くのは女の仕事として、重い商品を運んだり、馬の世話をするのは男の仕事とする。
ヨーロニアの貴族どもを浮かれ喜ばせた化粧品販売で得た金を、避難所の設営と道路整備の資金として当て、王家からもお金を出してもらった。
やはり異世界転生で大儲けを考えたら、基礎化粧品。化粧水と乳液の瓶を小洒落たものにしたら売れるわ、売れるわ。彗星の如く現れたルシタニアのコメルシオ商会はヨーロニア中で注目を浴びるようになったのだった。
「ヴィオ!あんた顔に傷なんか作って女としての自覚はあるのかい!」
エストレイモスの瓶詰め工場責任者となるマダムの名前はマリア、商会立ち上げ初期から活躍してくれている工場経営の重鎮でもある。
風呂場の浴槽に湯をためておいてくれたマリアは、貴族に仕える侍女のようにヴィオの体を隅々まで洗いながら悲鳴をあげた。確かに、ヴィオの右側の額、髪の毛の生え際から上に向けて銃弾が掠めていった跡が残っている。
「あんたは自分が女だっていう事を遂に忘れちまったのかい?」
「ああ、まあ、今のところは男の子っていう設定を続けようかなとは思っているけど」
「なんですって!」
「まあ、まあ、別にいいじゃん。何も困ることもないし」
「困る事はないって!あんたねえ!」
ヴィオは、ふうううっとため息を吐き出しながら湯船に浸かった。
セレブの嗜み(乗馬)はケツが死ぬほど痛くなる。
憧れの乗馬だったけれど、今は馬に乗りすぎて反吐が出そう。
そんなにいいもんじゃねえぞと、前世の自分にヴィオは言いたかった。
「ヴィオ、あんたねえ」
マリアはボロボロ涙をこぼし落とした。
「女の顔は命よりも大事だって知らないのかい?」
いやいや、女は顔が命っていうのは知っているけど、顔が命より大事だとは知らなかったなあ。
「しかもあんたは曲がりなりにもお貴族様の令嬢なんだろう?傷物になっちまってこれからどうするつもりなんだい?」
マリアはヴィオの短くなった髪の毛を丁寧に洗いながら涙をこぼしている。
「マリア、そんなに悲観する事ないんだよ?この額の傷は、私にとってはラッキー傷なんだから」
「ラッキー傷?なんだいそれは?」
「いやね、メロヴィングのクソ野郎に危うく頭を撃ち抜かれて殺されそうになったんだけど、調度、船に積み込んでいた火薬に火がついて爆発して、船がグラーー〜っと傾いたわけ。あそこで体勢崩さなかったらマジで死んでたと思うもん!額をちょこっと掠めただけで済んでマジでラッキー!という事で、ラッキー傷!」
「船?爆発?」
マリア愕然とした表情を浮かべる。
「本当にラッキーだったって!マジで頭をはじけ飛ばして死ぬかと思ったもん」
マリアは大きなため息を吐き出した。
こびりついた泥と埃を落として洗い流し、脱衣所に移動して立ったまま用意されたサンドイッチを頬張る。
その間、三人がかりで体を拭いて、晒しを巻いて、シャツを着て、ズボンを履いて、髪の毛をとかしてもらう。
淑女のように化粧をしたり、オイル塗ったり、寝っ転がって全身マッサージをやったりなんて事はないけど、
「ヴィオ、肩揉みしてあげるからねえ」
そういうサービスは施される。
「足も揉みほぐしてあげるわよお」
肩揉みと足のマッサージ、天国、ああ、商会の会頭やっていて良かったぁ。
「ヴィオ、風呂終わったか?」
ノックと共に部下から声がかかる。
「手紙が何通か届いている、目を通しておいた方がいいと思う」
「分かった、マリア受け取ってくれる?」
マリアがドアの隙間から手紙を受け取って戻ってくると、
「あれま、ルシオから手紙が届いているよ」
と、つぶやいた。
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