第五話 私の婚約者
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カルダスの領主館は2階建であり、一階のエントランスホールから階段を上がり、廊下を進んだ奥から2番目の部屋がベアトリスの部屋になる。庭園の眺めが一番良いこの部屋には寝室と小さな居間の他に浴室とトイレがついていた。
女王も好んで使っていたというこの部屋は、アルフォンソ殿下の婚約者だったヴィトリア専用の部屋となっている。
2階にはテレサの姪となるクリスティーナ、双子とその母親のジョアンナが使用する部屋があり、男性陣は1階の部屋を利用している。階で男女を分けたのは、何か間違いがあっては困るというテレサの配慮によるものだろう。
「お嬢様、お嬢様の婚約者となるペリグリン・グレヴィル・プレストンという方は・・・」
「寝耳に水よ」
侍女のベラからの問いに、ベアトリスは小さなため息を吐き出した。食事の後、一度、支度を整えてから、ベアトリスはテレサの執務室でペリグリンと面会をする予定でいる。
テレサはヴィトリアと直接の面識がなかった為、ベアトリスを、ヴィトリア・デル・フォルハスとして何の疑いもなく受け入れてくれた。女王からは第二王子との婚約を破棄したヴィトリアをしばらくカルダスで保護するようにと指示をされたのだという。
「テレサ様が言うには、女王の差配によって私の再婚約が決まっていたらしいの。ようやっと婚約者が迎えにきてくれたって事になっているみたいなんだけど、ベラはこの事は知っていたかしら?」
侍女のベラは首を横に振った。
「私は何も聞いておりません」
「ブリタンニア人との婚約なんて、いつ頃決まった話なのかしら・・・」
この館に移動してからというもの、親子関係にあるフォルハス将軍からも、将軍の子息たちからも一切の連絡がなかった。女王が新しい婚約を決めたと言われても、そんな情報は一切、ベアトリスの元まで来ていない。
「元々、ヴィトリアお嬢様の事は放置されているような家だったから、私が入れ替わったとしてもしばらくの間は問題ないだろうと踏んでいたのだけれど、まさか新しく決められた婚約者がブリタンニア人で、しかも私をブリタンニアに連れて行くと言うのでしょう?」
「出発については、色々と難癖をつけて引き伸ばして頂ければと思います」
「夜8時にサロンに行けそうにないのだけど?」
「それは私の方で話をつけておきます。あちらの方でもお嬢様と直接話をしたいというだけの事だったそうなので、日にちを改めるのに何の問題ないと思いますから」
「だったらいいけれど」
髪の毛を結い直して、化粧直しを終えると、妖精のように可憐で美しい少女の姿が鏡に映った。ベアトリスの容姿は成長するにしたがって、妖精姫とも呼ばれた母にますます似てきていた。
猫の目のように大きな瞳を好奇心に煌めかせた、華やかな顔立ちのヴィトリアとは面立ちは全く似ていない。似ているのは王家の特徴とも言える金混じりの蜂蜜色の髪の色だけ。
まぼろし姫と言われるヴィトリアだからこそ、入れ替わりを可能としたけれど、もしも彼女と会ったことがある人に遭遇したら、偽りの姫であるという事が即座にばれるだろう。
ベラと共に階段を降りて、エントランスホールのすぐ隣にあるテレサの執務室の扉をノックする。扉を開けたのは婚約者のブリタンニア人で、
「ヴィトリア嬢、迎えが遅くなり申し訳ありませんでした」
彼はそう言って私の右手を取り、手の甲に軽く唇を落とした。
ああ、彼は私が偽りの人間だとは気がついていないようだ。
彼の薄水色の瞳を見つめたベアトリスは口元に微笑を浮かべると、
「フォルハス家が息女、ヴィトリア・デル・フォルハスと申します。プレストン様、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」
完璧なカーテシーを淑女らしく行った。
「婚約者となるのですから、どうぞペリグリンと、名前でお呼びください」
「それでは私の事もヴィトリアとお呼びくださいませ」
ブリタンニア人らしく背が高くすらりとし体型でありながらしっかりと筋肉がついているように見えた。鼻筋が通り、涼しげな瞳の、顔立ちが整った男だった。
恥じらいながら瞳を伏せると、
「食後の紅茶とフルーツを用意したから、こちらで召し上がりましょう」
そう言って、テレサが座り心地の良いソファに体を沈めた。
ソファは向かい合わせに置かれているため、初対面であるベアトリスはテレサの隣へ、向かい側にはペリグリンが座り、湯気がたつ紅茶とフルーツをセッテングしたテレサ付きの侍女は、辞儀をした後、部屋から出て行った。
テレサの執務室にはマホガニー製の大きな執務机の上に、薔薇の花を彩った緻密な作りのランプが置かれており、入り口近くに置かれたランプシェードと机の上のランプが部屋の中を照らし出していた。
ルシタニア王国は温暖な国なので、王都の周辺やカルダス領では冬となっても雪が降ることはない。それでも夜ともなれば底冷えする事も多いため、執務室の小さな暖炉にも火がくべられていた。
「まさか将軍から何の連絡も届いていないとは思わなかったわ、急に婚約者だと言われて驚いたでしょう?」
テレサには正直に、婚約者については何も聞いていなかった事を報告している。
「ええ、はい、それは驚きました」
「ヴィトリア様にブリタンニア王家の血が流れているというのは事実でもあります。これから戦地となるルシタニア王国から姫君を早くお助けしなければと、その事ばかりを考えておりましたが、情勢も悪く、このように到着が遅くなってしまいました。本当に申し訳ございませんでした」
頭を下げるペリグリンを見て、本当に助けるつもりだったのなら、随分と到着が遅かったものだと思わずにはいられない。
予言の聖女とも呼ばれていたベネディッタの話によれば、お兄様を亡くしたアルフォンソ殿下がベネディッタ様と共にメロヴィング軍と戦い、善戦を繰り返し、ブリタンニア王国の裏切りを乗り越えて、皇帝アレクサンドル・ボアルネと手を組む事になり、皇帝の末弟であるジャメル様が王都リジェに入り、王都に呼ばれた私はヴィトリアとしてジャメル様と婚姻を結ぶ事になる。
これは民衆を納得させるための仮初の婚姻であり、ジャメル様は後にラムエスブルグ皇家の姫と結婚。死んだ事になっている私はルイス様と逃げ出して、誰の手も届かない土地で二人で末長く幸せに暮らしました、という事になる予定だったらしい。
実際には、王家はコンドワナ大陸に逃げ出してしまった為、アルフォンソ殿下は皇帝と戦いもせずに新天地へと移動してしまった。殿下の代わりに上陸してきたブリタンニア陸軍とルシタニア王国との連合軍はあっと言う間にメロヴィング軍を倒してしまったのだ。
戦地となったカルダスもまた深い傷を負ったけれど、王家の血を引くヴィトリアを助け出したいというのなら、ブリタンニア側からの迎えは昨年の戦争前に来て欲しかったものだとついついベアトリスは考えてしまう。
「ペリグリン様、頭をあげてください。私はこうして無事だったのです、それもこれも、ブリタンニアの方々がメロヴィング軍を我が国から追い出してくれたからですわ」
ベアトリスに言葉に、白髪を手で撫でつけていたテレサは微笑を浮かべた。
「ええ本当に、両国の軍とコメルシオ商会のおかげで私たちは無事に乗り切ることが出来ました。姫君には、御自ら負傷兵の看護をしていただいたのですよ。後は、ブリタンニアで安全に、心安らかにお過ごし頂ければと思いますのよ」
「はい、姫君には何不自由なくお過ごしいただきたく思います」
ベアトリスは微笑みながら考えた、ベネディッタの言うような筋書き通りには進んでいないのは確かなことで、近々、20万のメロヴィング軍が皇帝の指揮の元、ルシタニアに向けて南下を始めると言われている。
物語の通り、かりそめとは言え、皇帝の末弟との結婚をする道もあるかもしれないけれど、このまま流れに乗ってブリタンニアに渡航してしまう方が良いのかもしれない。
「ペリグリン様、不束者ですが、これからもどうぞ、よろしくお願い致します」
ベアトリスがそう言って、令嬢らしさを意識しながら辞儀をすると、ペリグリンは少し困ったような笑みを浮かべた。
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