第六話 ご令嬢、それは誤解です
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テレサの執務室から一階にある、中庭に面した自分の部屋へと戻ったペリグリンは、ため息を吐き出しながらベッドに腰をかけた。
ヴィトリア・デル・フォルハス嬢、公爵家の令嬢であり、ブリタンニア第六皇子の血を引く娘。アルフォンソ第二王子の元婚約者であり、王宮の舞踏会で婚約破棄を宣言されて以降、女王領カルダスの領主館へ預けられた令嬢。
長年、王家と深く関わりながら、船にも乗せられず、コンドワナ大陸にも連れて行かれなかった見捨てられた令嬢。王宮に居る間も人の目に触れる事が少なく、幻姫とまで言われた令嬢は、妖精のように儚げで美しく、王家の象徴とも言われる金混じりの蜂蜜色の髪を結い上げた少女だった。
フォルハス公爵の実の娘ではないかと囁かれる令嬢は、ルシタニア王家の血筋をひいているものと思われていた。この令嬢を使って、ルシタニア王国を潤滑に支配下に置こうと考えているメロヴィングと、それを妨げようと考えるブリタンニア。
実際にはブリタンニア王家の血を引くため、令嬢をルシタニアの王妃として、メロヴィングとブリタンニアでルシタニアを分割統治しようと主張する貴族もブリタンニアには多く、ヴィトリア嬢は世論を大きく左右する重要人物とも言えるだろう。
親メロヴィング派に利用される前に回収してしまいたい為、自ら婚約者だと名乗り出て、領主館への侵入を果たした。
ラゴスを逃れたコーランクールが北へ向かったという情報を得た時には、まず第一に、ヴィトリア嬢の名前が頭に浮かんだ。策を弄する彼がこの令嬢を利用しない手はない、御自ら、令嬢を回収しに向かったのかと思ったものだが、コーランクールは途中で姿を消したのだ。
コーランクールはカルダスに姿を表していない。しかし、メロヴィング側の諜報員の姿は多数見かけるようになったという。令嬢に仕える侍女はメロヴィング側の人間であり、すでにこちらで身柄は確保している、尋問は部下に任せた。
冬の時期に無理やり強行された皇帝の進軍、消えたコーランクール。今、このタイミングで北へ向かったブリタンニア軍一万七千の事を考えると頭が痛くなってくる。
全権大使であるジョン・フッカムのことが気になって仕方がないが、奴もそこまでバカではないだろう。20万に幾ら我が国の精鋭といえども、一万七千をぶつけて勝てるわけがない。下手くそ極まりないメロヴィング軍の指揮官率いる20万ではない、皇帝自らが指揮する精鋭揃いの20万の軍なのだ。
何も真冬に馬鹿正直に戦争をする必要は何処にもない。ルシタニアで体制を整えつつ、春まで絶対に待つべきだ。
「あーーー、頭が痛くなって来たーーー」
ペリグリンは思わず独り言を言いながらベッドに横になる。
メロヴィングの軍をルシタニア王国から叩き出す事に成功したペリグリンの上司、アーサー・ウェストウィックは39歳だった。
ルシタニア派遣司令官に就くには若すぎた為、嫌がらせに嫌がらせが続き、最後には怒ってブリタンニアに帰ってしまったのだ。
その後に、別の司令官が後任に就いたのだがあっけなく戦死、次に司令官に就いた奴はメロヴィング優位に休戦協定を結び、本国から処分を受けることとなってしまった。
最終的に人格者として認められるムーア将軍がルシタニアに派遣されて、戦後の始末を丸投げされることとなったのだ。
当時、3万の兵士を率いてルシタニア王国に布陣したムーア将軍だったけれど、エスパンナに駐在中の全権大使、ジョン・フッカムにより、兵を率いてエスパンナに布陣するように命令を受けた。エスパンナ贔屓のフッカムはエスパンナに良い格好を見せたいだけの理由で、ムーア将軍を呼び寄せたのだが、将軍が率いるのは精鋭中の精鋭と言える兵士だと言っても、その数、たったの一万七千にすぎない。
これを皇帝の軍20万にぶつけようとしているのだから、バカみたいだ。本当に信じられない。常識で考えれば今は引くべきなのは間違いない。
ペリグリンの上司となるアーサー・ウェストウィックは、例えエスパンナが皇帝に征服されようとも、ブリタンニア軍がルシタニア軍と充分な連携を取る事が出来れば、ルシタニアは皇帝の占領下に置かれずに守る事が出来るだろうと考えている。
だがしかし、ムーア将軍は、皇帝がエスパンナを征服したとしたら、ブリタンニア軍が助力をしたとしてもルシタニアは即座にメロヴィングに征服されるだろうと考えていた。
北部方面派遣司令官となった将軍は、今はエスパンナ国内を北へ北へと進んでいる。ルシタニアへ引き返すポイントは3ヶ所、将軍をルシタニアへ引き込めさえすれば、ブリタンニアの精鋭を無駄死にさせずに済む。
だけど、ムーア将軍がルシタニアを軽視していたら?
ルシタニアは皇帝にあっという間に征服されてしまうだろうと考えていたら?
ルシタニアへ移動したところで無駄だと考えて自暴自棄になっているのかもしれないし、命令違反をして、戦犯扱いを受けた上で皇帝に敗北を喫するのなら、命令に忠実に従った上で皇帝と戦い、命を散らそうと考えているのかもしれない。
「?」
部屋にノックの音が響いた。夜の10時を回っているというのに、一体誰が訪れたというのか。
拳銃を腰に差してドアの鍵を外し、ゆっくりとドアを開けると、黄金の髪をおろしたグラマラスな熟女が、ペリグリンの首に両手を回して、
「早く中へ入れてちょうだい」
と、耳元に甘く囁いた。
テレサ・デル・ペレイラの姪で一ヶ月前に王都から移動してきたクリスティナ・モンテイロは、ペリグリンの首筋に鼻先を擦り付けながら、
「早く!ねえ!早く!」
と言いながら、酒臭い息を撒き散らす。
「な・・え・・酔っ払っているんですか?」
部屋に入れてなるものかと外へ押し出して行くと、
「まあ・・・」
廊下に立ち尽くしたヴィトリア嬢が驚いた様子で両手で口を押さえ、くるりっと回れ右をして走り出す。
「ご・・御令嬢・・・」
誤解です、完全なる誤解です。
「ねえ、あなたすっごい逞しいのねえ、洋服を着ているとわからない系って事なのねえって、きゃあ!」
シャツをズボンから引き出すのはやめて欲しい。
ペリグリンは熟女を抱き上げると、そのままエントランスホールに向かって闊歩し始めた。熟女を抱えたまま令嬢を追いかけたわけだが、追いつけるわけがない。
途中でテレサ女史の執務室をノックすると、
「まあ!まあ!まあ!」
眼鏡をかけながら廊下へと出てきた女史は、
「誰がクリスティナにお酒を与えたのかしら!」
と、怒りの声をあげた。
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