第三十話 船乗り王がやってきた
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転生組であるヴィオと公爵夫人となったイーリャがコメルシオ商会を立ち上げた時に、まず手始めに主力商品として売り出したのが基礎化粧品だ。
「基礎化粧品のレシピは門外不出だったからね、これと引き換えだったら私もママも、おそらくルシタニアの難民だって、ある程度受け入れてくれると思う」
ペドロはガクッと項垂れた。
「なんでコンドワナに行ってくれないんだ・・・いやでも・・・ラムエスブルグに保護されるんだから、とりあえずはそれで良いって事になるんだろうか」
ラムエスブルグ皇家は古くはローニア帝国の皇帝の末裔とされていて、由緒正しさで言えばヨーロニア一と言っても過言ではない。不可侵の存在として多くの貴族や国家から認識されている。
高貴な血筋だから取り入れたいと望む王家は多く、今回、アルフォンソの伴侶となる姫君も、ラムエスブルグ皇家の血を引いていた。
「とりあえず、アルフォンソに無事に結婚相手が見つかって良かったよ」
ヴィオがそう言ってコップに口をつけると、
「お前はそう言うのか」
と答えて、ペドロは暖炉の火に視線を移した。
家族が団欒する小さな居間の暖炉には火がくべられていて、パチパチと音を立てながら燃え上がる。ヴィオがぼんやりと火を眺めていると、ペドロが話題を変えるようにして言い出した。
「アンドレから聞いたけど、海軍が寝返ったその理由には、ブリタンニアの王家が絡んでいるんじゃないかってことだが」
「確かにコーランクールが暗躍していたんだけど、その裏にはブリタンニアの王家の誰かが付いている。その事については、ペリグリンさんも否定はしなかった」
「そうか・・」
ペドロはそう答えてカップの中の白湯に口を付けると、ノックの音が室内に響き渡った。
「お嬢様、よろしいでしょうか?」
扉を開けたのはアンドレだ。
「お嬢様、公子と一緒に今すぐ海岸まで来てください」
「今すぐ?」
「コーランクールが捕まったの?」
「コーランクールは捕まっていないのですが」
珍しくアンドレは口をモゴモゴすると、
「大変な事になりました」
と、複雑な表情で言い出した。
◇◇◇
水平線が朱色で彩られ、漆黒の闇を徐々に徐々に、塗り上げるようにして橙の光と赤金色に染まった空が上へ、上へと広がっていく。真っ黒だった海の波も次第に色をつけ始めて、泡だった紺碧の光が岩にぶつかりながら弾けていく。
「コーランクール殿」
波間から手を伸ばして岩肌に取り付いていたコーランクールの手を取ると、ブリタンニアの第六皇子となるジョアンが岩の上へと引き上げる。
「ああ、全く面白くもない展開だね」
侍従たちが波間から助け出してはいるけれど、息があるのは五人か六人といった所だろうか。
「せっかくアルジェイーナに観光に行こうと思っていたのに、散々じゃないか」
「・・・申し訳ありません」
息を整えたコーランクールは、水に濡れた漆黒の髪をかきあげながら、
「貴方様の娘に邪魔をされて、無駄に冬の海を遠泳する事になりました」
と、言い出した。
「娘ってどの娘?」
「フォルハス家の娘です」
「へえええ」
ルシタニアのフォルハス公爵家の令嬢は、ブリタンニアの貴族ウィンドウッド伯爵の孫娘であり、傾国の美姫といわれる母親同様の美人だったその女を、戯れ程度で手を付けたのは確かに記憶として残っている。
気が強く、最後まで抵抗した為、王宮の中だったとはいえ、強かに痛めつけたのを覚えている。
「あの女の娘では気が強かっただろう?」
「気が強いなんてものではありませんよ」
「例の、悪役令嬢とかいうやつだったか?」
「そうです、その娘です」
コーランクールは大きなため息を一つついた。
「ブリタンニア海軍の戦艦2隻は半壊拿捕され、ゴルゴーン男爵の商船は沈没いたしました。今回、取引に使う品物は全て海に沈むか、敵の手に残るような形となったでしょうが、今やブリタンニア海軍は我が手中も同じこと。ルシタニア王国がブリタンニアの戦艦を無理やり拿捕し、海軍兵士を捕虜にしたと訴え、ルシタニア王国への反感を煽っていきましょう」
「ルシタニア王国への反感を煽り、三国同盟をブリタンニア王国側から破棄させて?呑気な発想に思わず失笑してしまうよ」
コーランクールは不快感を隠しもせずに、
「ジョアン殿下には我々の工作がどの程度まで成功しているか分からないから、そのような物言いをされるのでしょうが、ラゴスの取引が一つ消えたからといって何の問題もございません。戦況は全てすべからく決まっているのです。ルシタニアには破滅しか残されておりません」
と言い切った。
「あはっははっははっは、皇帝の懐刀って馬鹿だったの?」
「はあ?」
「君、あれを見てもまだ、そんな事を言い続けられるわけ?」
太陽が登り始めた水平線は周囲の闇を退けて、金色の輝きを瞬く間に広げていく。海の闇色は、あっという間に紺碧の絹のような色合いへ、白い泡沫を湛えた淡い碧へと色合いを変え、純白の帆を幾重にも張った艦船が15隻、波間の上を滑るように進んでいく。
「あそこに見えるのは兄上が指揮する旗艦船バフラーだ。エルマ海にいたはずなのに、なぜ西の大海に戻って来ているのかな?」
「ま・・まさか・・・」
ブリタンニアの王であるジェームズ王と王妃シャーロットとの間には六人の皇子と、四人の皇女がいる。
王位継承第一位の第一王子は洒落者の浪費家であり、第二王子は戦争下手、第三王子は『船乗り王』の愛称で知られる海軍将校であり、倹約家としても有名なため、国民からの支持が高い。
トラールの海戦で勝利を収めたブリタンニア海軍ではあったが、奇抜な陣頭指揮で軍を勝利に導いたネルヴィル提督は、メロヴィング人狙撃手の手によって銃弾に倒れ、死亡した。
ネルヴィル提督に代わってブリタンニア・エルマ海艦隊を指揮下に置くのがウィリアム第三皇子であり、ネルヴィル提督を殺したメロヴィングを絶対に許さないという意思を示しているのは有名な話だ。
15隻の戦艦はそのままエルマ海に向かう事なく、ラゴスへ向けて船を走らせてくる。その船影が徐々に大きくなってくる姿を見つめながら、
「ウィリアム皇子が出て来たのか」
コーランクールは唖然とした様子でつぶやいた。
海軍卿をいくら使ったところで『船乗り王』を抑える事など出来やしない。ウィルアム皇子はジェームズ王と同じく、メロヴィングが大嫌いなのだ。
「仕切り直しが必要なようだな」
コーランクールの肩をポンと叩いて馬車へと戻ると、愛人と二人で情事に耽っていた兄となる第二皇子が、面白くもなさそうにこちらの方を見上げる。
「それで?」
「ウィリアム兄さんが出て来たみたいです」
「ウィリアムが?」
鼻を鳴らして笑うと、愛人の豊かな胸を鷲掴みにしながら、
「面倒臭い、さっさと戻るぞ」
と言って馬車を杖で叩いた。
走り出す馬車の窓から、未だに呆然と海を眺めているコーランクールの後ろ姿を眺めながら、
「ははは、ストーリー通りに行かない時には悪役令嬢の影ありか」
目の前の痴態を繰り広げる二人の事は無視して、物思いにふける。
「まさか自分の娘がここまで邪魔になるとはね」
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