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第十五話  皇家の思惑

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 鬱金とは生姜科の香辛料としてヨーロニアでも人気が出てきている代物だが、かの皇家が生姜なんかに興味があるわけがない。鬱金は黄金の隠語、場所をルヒル山脈と特定している事から、つまりは、最近発見されたアルジェイーナの金鉱に一枚噛みたいという事を言っているのだ。


「最近、アレクサンドル皇帝は健康志向となり、香辛料について特に興味を持っているとの事ですが、こちらの想像もしないほどの安値でお求めになるのもまたいつものこと」


 手にしたワイングラスを揺らして、空気と混ぜて攪拌させながら、

「貴重な鬱金が買い叩かれる前に、皇家としてはそれ相応の値段で購入したいと、お考えのようです」


 アルジェイーナは現在、皇帝アレクサンドルの子分のようなもの。もしも金鉱のことが明るみとなれば、皇帝は金を買い叩くだろうと示唆している。そうなる前に、ラムエスブルグ皇家が高値で取引すると言っているのだ。


「なんで・・そんな話をうちに持ってくるのでしょうかね?」


マルコは虎を前にしたネズミのような気分に陥って、大事な部分が縮み上がるのを感じた。皇家とアレクサンドル皇帝は現在蜜月関係にある。だがしかし、最近の皇帝の権勢と横暴さに不快感を隠さないという噂も聞いていた。


 皇帝の裏をかいて金の売買を進めようという事だろうが、奴隷売買と武器の横流しが売りの商人に、国家が絡む金山の取引の仲介は荷が重すぎるのではないだろうか?


「貴方があまりに好みの女性を手配するから、かの大公も事のほかお気に召しているというのを耳にしましてね。貴方の情報を得るために要塞に寄ってみたら、ちょうど貴方の子飼いが捕まっていた。彼らから話を聞いてみたところ、皇帝の懐刀と貴方は懇意にしているという。それなら一枚噛ませるのも面白いかなあと思いましてね」

「面白いってなんでですか?」

「うちの商会の噂はお聞きではない?」


 マルコはごくりと唾を飲み込んだ。


 コメルシオ商会の話は散々聞いている、それも伝説と名付けても良いような話も数多あるのを知っている。面白いの一言で決めて、一晩で巨万の富を築いたというような話は山ほどある。


 金は各国の貴族どもがこぞって買いたがる代物だ、それを皇帝は独占しようと考えているし、そんな皇帝に対してアルジェイーナの大公が警戒しているのもまた事実。金の鉱床を発見したが、高値で売りたい。商売の相手としてラムエスブルグ皇家はベストだ。


 マルコはワイングラスを手に取った。


「ルシタニア王家に見捨てられた我々コメルシオ商会は、アルジェイーナに活路を見出そうとしている愚か者。大量のワインを献上品として用意した大馬鹿者とでも言って、メロヴィングの奴らと笑い合ってください」


 つまりは、メロヴィング側にはコメルシオ商会を道化のように紹介して、裏で行われる金の売買については黙っていろという事だ。


 アンドレと名乗る男は恐ろしいような笑みを浮かべると、

「香辛料は百年、二百年経っても金を産む宝、貴方も今まで見た事もないような富を築いてみたいと思うでしょう?」

と言ってワインを一息に飲み干したので、マルコも追いかけるように最高級のワインを喉に流し込んだ。もう後戻りは出来ない。



 エルマ海艦隊を指揮下に置く海軍卿、ヴィンス伯爵の指示に従ってラゴスの港湾近くまで船を進めてきたカーク・グラント艦長は、高級ワインの箱を眺めながら、何とも言えようないような表情を浮かべた。


「ピオーリョと言ったか、お前はマルコ・アワールの指示でワインを持ってきたという事だが、今ここで、我々に渡す意味があるのだろうか?」


 大量の酒を積み込んだ2隻の小型帆船は、大砲68門戦列艦『マルス』とフリーゲート艦『シリウス』に横付けし、奴隷商マルコからということで、船内へと酒樽を運び込む作業を進めていた。


 艦長室へと連れてこられたピオーリョは、最高級のワインをテーブルの上へ並べていくと、副官と見られる男がワインのラベルを見て唾を飲み込んだ。


「艦長、これは一本180万リムルはくだらない最高級のワインです」

「つまりは・・・この船に高貴な方々が乗るという事を事前に聞かされたという事かな?」

 納得顔で艦長は、

「フリーゲート艦の方にも酒を乗せ込んでいるようだが、あちらの品は?」

と、問いかけてくる。

「あちらには、マデルナ島ワイン上級品をお渡ししております」


 あちらは上級品、こちらは超特上品、ケイショが床に下ろしたワインのボトルが詰め込まれた箱を見下ろすと、艦長は満足そうな表情を浮かべながらフンと鼻を鳴らした。


「奴隷商とは聞いていたが、これほどの物を用意する事が出来るのか」

「それはそうでございましょう」


 こんな商人みたいな役を俺に担わせるのは間違っている。ピオーリョの膝は微かに震え出しそうになっていた。


「我が主人マルコ・アワールはかのフィテレ岬の海戦で活躍されたグラント艦長に憧れを抱いております。お近づきとなれるのであればいくらでも、ワインでもリキュールでも、妖精のように可憐な少女でも、女神のように美しい女でも、さまざまな物をご用意させて頂きます」


「我が名はメロヴィングの田舎港にまで届いていたか?」

「当たり前にございます!」


 メロヴィング・エスパンナ連合艦隊とブリタンニア艦隊の大きなぶつかり合いといえばトラールの海戦となるが、その海戦の前に、エルマ海周辺でのぶつかり合いが数多にあった。その中の一つを挙げて持ち上げると、艦長は満足そうに口髭を撫でた。


「このワインは艦長様への手土産、高貴な方への献上品はまた、別に用意しております」


 ブリタンニア王国を皇帝の手から守るため、無数の艦隊を駆使して壮大な戦いを繰り広げたブリタンニア海軍に、かつての勢いが今はない。トラールの海戦で過激ともいえるような作戦を成功に導いたネルヴィル提督は死に、正義の名の元に軍の指揮をとる人間は居なくなってしまったからだ、


 己の私利私欲に走ろうとする議会の意向に左右され、右往左往する上官に翻弄され、指揮も練度も低くなっているのが現状だ。


 コメつきバッタのようにペコペコ頭を下げながら小型帆船へと戻ったピオーリョは、フリーゲート艦に酒樽を運び込んでいたもう一隻の小型帆船へと指示を出すと、ラゴス港へ向けて船を戻らせた。


 ルシタニアの王子の結婚式のために用意した酒だったのだが、こちらの作戦に使うことに決めたらしい。

 積み込んだ酒樽の方には睡眠薬が大量に混入されているため、飲めば飲むほど眠くなる。酒樽は等級の低い酒となるため、下士官以下に振る舞われることになるだろう。船を実際に動かす者が動けなくなったらそれで良い、特級の酒は餞別くらいのつもりでいるのだろう。


 酒樽を運び込むのに大いに役に立った弟、ケイショは額の汗を拭きながら、

「お酒、喜んでもらえるといいよね」

と言ってニコニコ笑いながら、巨大な戦列艦に向かって手を振り続けている。


 甲板から呑気に手を振りかえす男たちの姿が小さくなっていくのを眺めると、

「チッ」

と、ピオーリョは鋭く舌打ちをした。


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