第十三話 ピオーリョとケイショ
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ピオーリョは自分の本当の名前を知らない。多分、はなから正式な名前など付けられていないのだろう。
あだ名はピオーリョ(ノミ)、弟は顎が出っ張っているからケイショ(顎)、二人して風呂にも入れず、小さな虫がぴょんぴょんと飛んでいるような状態だったのは間違いない。
母親が娼婦だったという事を他人から聞いた事があるけれど、母親の顔すら覚えていない。乞食の子として忌み嫌われていたから、盗みを働いて生計を立てるようになった。
ラゴスの街へ、ガレオン船でやってきた船乗りたちを後ろから殴りつけて失神させ、懐の金を盗んで逃げるわけだ。殴って盗むのはピオーリョの役目で、ピオーリョが捕まりそうになったら、弟のケイショが追って来た奴を叩きのめす。
子供の時から大人並に身体が大きかったケイショは、16才になれば大男の部類にまで成長した。そんなケイショとピオーリョを殴りつけ、ナイフで散々傷付けたのが奴隷商人のマルコという男だ。奴に捕まって以降、マルコの下働きをするようになった。
「今、料理屋から出て来た男が、お前達が捕まえる男になる」
マルコは肌の色が浅黒い筋肉隆々とした男で、大概の人間は叩きのめす事が可能なケイショを唯一やっつける事が出来る大人だった。
「アルジェは幸せの国だから、アルジェに行ったら幸せになれるんだよね?」
ケイショの期待に満ちた声に、
「もちろん幸せになれるとも!」
マルコは明るい声で答えた。
「金持ちの家に引き取られる事になるんだから、食べ物に困る事もない、綺麗な洋服を着て贅沢して生活できるんだ」
「だったらいいよねえ!だったらいいよねえ!」
ケイショの嬉しそうな声がピオーリョの頭をズキズキさせた。
ケイショはそんじょそこらの大人が5人がかりで襲いかかっても負けることがない腕っぷしの強さを持つが、頭の中身が残念な事になっていた。
マルコから頼まれて、奴隷としてアルジェに売り払う為に攫ってきた白人娘を2度ほど逃がした事があるのだ。
ケイショは女に涙を流して助けを求めてこられると、助けてあげなくちゃならないという気持ちになってしまうのだ。逃がした後には、マルコとその手下の男達に折檻を受けて半殺しの目に遭ったが、逃がしちゃいけないという所がケイショにはどうにも理解できなかった。
だから、マルコはケイショに、
「幸せの国に連れて行ってあげなくちゃ奴らが可哀想だからな」
というように、囁き続けるような事をした。
海賊の本拠地となっているアルジェイーナでは、白人奴隷の売買が盛んとなっている。女だけでなく男も人気で、彼らが向こうに行ってどんな目に遭っているのかという事は、あまり考えないようにしていた。
マルコは、今やラゴスの街の顔役だ。
奴に頼まれたなら、頼まれた事を問題なくこなすだけ。
殺し以外のことであれば言われた通りにこなす、生きるためには仕方がない。
「お前がピオーリョだよな?」
空から降ってきた小柄な奴は、琥珀色の瞳をギラギラさせながら監禁中のピオーリョの前に座った。
少年兵にしか見えないこいつが、我が物顔でバンデイラ要塞に居る事自体が理解出来ないのだが、一体、奴隷商人の下働き程度のピオーリョに何の用があるのだろうか?
「回収屋のお前はバンデイラ要塞に拘束されていたが、私に気に入られ、これから解放される事になる」
「はあ?」
「お前、殺しはやらないんだろ?」
「はあ、まあ」
「だったら殺し以外の仕事を与えてやるよ」
少年兵もどきは、覗き込むようにピオーリョを琥珀の瞳で見つめると
「お前と弟はこれから私の下僕となってもらう」
と、当たり前の事を言ったみたいな感じで言いだした。
「これからイムラス半島にメロヴィング軍20万がやってくるという事で、我が軍も人材不足に悩んでいる所だったんだよ。お前みたいに良識があって、お前の弟みたいに純朴で力がある奴は使い勝手が良い。だから、私の下僕決定だ」
「馬鹿じゃねえのか?」
ピオーリョの頭をアンドレが押さえつけにかかった。
「ヴィオ様、勧誘前に躾が必要ではございませんかね?」
「時間がないから必要ない、それに、アンドレと私が居るなら大丈夫だろ?」
「大丈夫って一体なんなんだよ!」
机の上に顔を押し付けられたまま疑問の声をあげると、髪の毛を掴んで引き上げたヴィオがピオーリョの顔を覗きこみ、
「お前、あの奴隷商人が嫌いだろ?」
と、言い出した。
「お前が嫌いな奴隷商人を破滅に追いやるから協力しろよ」
「マジか?意味がわかんねえ」
「意味がわからなくないだろう?お前が気に食わない奴らは全員ぶっ殺す、だからお前は私の言うとおり動けばいいんだ」
「そうです、ヴィオ様の言うとおりにやっていれば大概うまいこといきます」
「めちゃくちゃなほどの自信だな?」
「弟ともどもジリ貧なんだろ?だったら勝ち馬に乗るしか生き残る術がないだろ?」
ピオーリョ兄弟が奴隷商人のマルコの下についたのは、その時、どうしようもない状況に陥っていたからだ。そうして、今、バンデイラ要塞で拘束されたピオーリョは、どうしようもない状況に陥っている。
「弟を守りたいんだろ?」
そう、ピオーリョは弟を守る為なら何でもやるのだ。
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