95.妹の事情8
「ルビナ」
「あら、トーマス。休憩?」
出店で食べ物を買い、四人と一匹で休憩していたら、知らない男性がお姉様の名前を呼びました。
隣にいるクレス様に頭を下げると、お姉様と親しげに話し始めます。
「せっかくだから昼は出店で何か買って食べようと思って」
「そうなのね」
「……」
魔導師団の方でしょうか?
「……そちらは?」
「妹のイナと、エンダース邸で厩舎の仕事をしてくれているルッツよ。こちらは魔導師団のトーマス・ベーメンさん。筆頭魔導師様のご子息よ」
トーマスという男性が、私を見ました。やっぱり魔導師団の方ですね。それも筆頭魔導師様の息子ですか……! 筆頭魔導師様は確か伯爵でしたね。
「初めまして、イナです。姉がいつもお世話になっております」
つまりこの人は、高位貴族のご子息ですね。それに、筆頭魔導師様に子供は一人だけだったはずです。彼は伯爵家の跡継ぎということですね。
だから立ち上がって膝を折り、立派な淑女に見えるよう、恭しく挨拶をしました。
「妹……」
「そうなの、色々あって今は王都のエンダース邸で働いてくれているの」
「へぇ……そうか、ルビナには妹がいたのか……」
「ええ。……トーマス?」
「……」
なんでしょう?
トーマス様がじっと私を見つめてきます。
「君の髪はなんて美しい色をしているんだ……。ふわふわで、まるで天使のようだな。それにその瞳も……まるで宝石だ」
「「え?」」
トーマス様の私を口説くようなその発言に、お姉様とクレス様が一緒になって声を上げました。
「王都の祭りは初めてかい? 良かったら僕が案内しよう」
「えっとぉ……」
「いいわよ、トーマス。せっかくの休憩時間なんだから……」
「いや、ルビナにはいつも世話になっているし、それくらい全然構わないよ!」
「……」
あらあらあら……?
もしかして、この方……。
「よろしいのですか? ベーメン様」
「もちろん。どうか、トーマスと」
「まぁ! ありがとうございます、トーマス様!」
私に一歩近づき、紳士的に胸に手を当ててそう言った彼の表情に、私はピンと来ました。
この感じは久しぶりです!
ついニマニマと緩んでしまう口元を隠しきれずにお姉様の方を見ると、お姉様は苦笑いを浮かべていました。
ふふふ、こういうことはお姉様よりも私の方が慣れているのですよ!
「では、行こうか」
「はい――」
やっぱり貴族の男性は違いますね。
完璧な動作で私に手を差し出しエスコートを買って出るトーマス様にお応えしようと、私も手を伸ばしました。
「……!」
けれど、伸ばした手を掴んだのは、ルッツでした。
「え――?」
「もう十分見ただろ。そろそろ帰るぞ」
「え、え? でもぉ……」
なんだか機嫌が悪そうなルッツに、私は混乱してしまいます。
「……君は?」
そんなルッツに鋭い視線を向けて低い声で問うトーマス様。
「イナの上司ですけど。今日は仕事の合間にちょっと見に来ただけなんで、もう帰ります」
ルッツも冷めた声で答えます。
「でも、せっかくトーマス様がこうおっしゃってくれていますし……私ももう少し見て回りたいです……」
「忙しい魔導師様のご迷惑になるだろ」
「僕が構わないと言っているのだが?」
「……」
なんだか二人がバチバチと火花を放っているように見えます。
その様子に、お姉様とクレス様は顔を合わせて困ったように苦笑いを浮かべています。
「メリさんにもすぐ帰ると言ってあるんだ。とにかく今日はもう帰るぞ」
「あ。そうでしたね、メリさんと約束したのでした。トーマス様、せっかくですが、今日は失礼します……」
私たちが出掛けている間、馬たちに何かあったらメリさんが対応してくれることになっています。
だから今日は遅くならずに帰ると約束したことを思い出し、残念ですがトーマス様の申し出をお断りすることにしました。
「待って!」
けれど、トーマス様がもう一度私を呼び止めます。
「良かったら最終日の舞踏会、僕に君をエスコートさせてもらえないだろうか?」
「え?」
舞踏会……?
舞踏会とは、あの、憧れの舞踏会のことでしょうか?
王宮で開かれるパーティーに、私もいつか出席してみたいと思っていました。
お姉様とクレス様がどんなドレスを着ていくか相談しているのを見て、羨ましく思っていました。
その舞踏会に、私が高位貴族様からお誘いを受けているのですね……!!
再びにやけてしまいそうになる頬を必死で堪えながらお姉様とクレス様に視線を向けます。
一応、こういうことは主に確認しなければなりませんからね。
「……君が行きたいなら、俺たちは構わないが……なぁ、ルビナ」
「ええ……そうね」
「ありがとうございます、副団長」
私の代わりにトーマス様がクレス様にお礼を言うと、彼はもう一度私に向き直りました。
「では、是非貴女のエスコート役に僕を」
「……」
手を差し出され、その手に応えようとした私ですが、ルッツからの視線を感じてぴたりと動きが止まりました。
「……ええと」
ルッツは、舞踏会には興味ないのですよね……?
私は舞踏会に行きたいです。だから、私をエスコートしてくれるというトーマス様と行っても、何も問題ないですよね……? ちゃんと仕事を終わらせてから行けば、なんの問題も……。
「……」
私がトーマス様の手を取らずに俯くと、彼は迷っていることを察してくれたのか言いました。
「副団長の許可も得たようだし、最終日に舞踏会でもう一度お会いしましょう。返事はその時でも構いません。ですが、僕は是非、最初のダンスを貴女と踊りたい」
「……」
「行くぞ、イナ」
「あ……」
「待ってるからね!」
その言葉を聞いて。ルッツは私の手を引いて歩き出しました。
トーマス様は私の背中に向かって叫んでいましたが、ルッツに手を引かれている私は止まることができません。
……ああ、モテる女性は辛いですね。
*
「見ましたか? トーマス様は私に惚れたのだと思います!」
帰ったあと、お仕事をしながらも私のおしゃべりは止まりませんでした。
「きっと本来の美しさというものが内側から湧き出てきているのでしょうね! 最近はお仕事も頑張っていますし!」
「あいつはお前の髪と瞳しか褒めてなかったぞ」
馬たちの様子を見ながら、さっきから黙って聞いていたルッツがぼそりと呟きました。
「もう! ルッツが邪魔しなければあのまま上手くいっていたのに!」
そうです。せっかく貴族の男性が誘ってくれたというのに、ルッツが怒るからすぐにお応えできなかったのです!
「トーマス様は筆頭魔導師様のご子息なのよ! それも伯爵家の嫡男で、将来有望だわ!」
「……」
そんな方に見初められて浮かれている私に、ルッツは無表情で冷たい視線を向けてきました。
やっぱり、なんとなく機嫌が悪そうです。
「お前はあいつに惚れたのか?」
「え?」
「あいつのことが好きかって聞いてんだよ。誘われて浮かれているのかもしれないけど、よく知りもしない奴にほいほいついていってたんじゃ、前と何も変わらないんじゃないか?」
……トーマス様のことが好きかって?
そういう問題じゃないのです。立派な高位貴族の嫡男に見初められたのが凄いという話をしているのに、ルッツは何を怒っているのでしょう?
「あ、もしかしてやきもちを焼いているのね?」
「は?」
「私が素敵な男性に声を掛けられて、妬いているんでしょう!」
なんて。馬にしか興味のないルッツが女性に妬いたりするとは思えないので(しかも私に)冗談ですが、彼はため息を吐いて予想外なことを言いました。
「……そうだな。あの男にお前はもったいねーよ」
「え?」
当然否定されると思っていたのに、ルッツは表情を変えずに肯定しました。私は言葉を詰まらせてしまいます。
「だってあいつはお前のことを知らないだろ? お前がどんな思いをしてきたのかも、どうやって今のお前になったのかも、今どう生きているかも。それなのに母親譲りだとかいうその髪と目だけを見て惹かれるような男、ろくでもないに決まってる」
「それはそうかもしれないけど……でも、相手は伯爵令息よ? 将来有望な魔導師様よ? それに、私にも魔力があるのだから、やっぱり魔導師様と結婚するのが望まれるのかな、とも思うし……それより、ヤキモチを焼いたのは本当――?」
最後の質問はもじもじしながら聞いてみたのですが、ルッツは途中で話を終わらせるように大きなため息を吐き出しました。
「やっぱりお前は変わってないんだな」
「え……?」
とても不満そうにルッツは小さくそう呟くと、厩舎を出て行ってしまいました。
その背中を見つめながら、もやもやとしたものが私の胸に渦巻いていました。
今日はイナの日(1/7)なの思い出して慌てて更新!




