94.妹の事情7
社交シーズンが始まりました。
この時期、王都はお祭りのように賑わうそうです。
これまで私は社交界に参加したことがありません。
今はエンダース侯爵家の使用人ですが、王都にいるのです。せっかくなのですから、私もお姉様のように綺麗なドレスを着てパーティーに参加できたらどんなに素敵なことでしょう。
それに、賑わう街にも行きたいです。
メリさんの話では、この時期は出店もたくさん出るそうです。
とても楽しそうです。私も行きたいです!
「――私も行きたいです」
だからお仕事のあと、お姉様とクレス様のところに、ルッツを引っ張ってお願いに来ました。
「ああ、もちろん構わないぞ。二人ともしっかり仕事をこなしてくれているしな」
「やったぁ、ありがとうございます、お義兄様ぁ!!」
さすがクレス様。すぐに許可してくれました。
「それじゃあ早速明日街に行ってみましょうよ!」
「……俺はいいよ。馬たちの世話もあるし。お前一人で行ってこい」
私の提案に、控えめに後ろに立っていたルッツは面倒そうに頭をかいて呟きます。
「ええ!? 一人で……って、少しくらい離れても大丈夫よ!」
「そうだな、ルッツは働き過ぎだ。たまには息抜きも必要だぞ?」
ルッツは馬のことにしか興味がないのであまり乗り気じゃないようですが、私一人で行くのはさすがに心細いです。
ですが、クレス様がそんなルッツの背中を押してくれました。
「俺は馬の世話をするのが息抜きになっているんですよ。あいつらは嘘もお世辞も言わないから、肩が凝らなくていいです」
「えー! それじゃあ、いつも息抜きしているんだから少しくらい付き合ってくれてもいいじゃない!」
「……お前な」
クレス様にまで否定的なことを言うルッツの腕を掴んで、ぷぅっと頬を膨らませれば、彼は深く息を吐いて言いました。
「……仕方ない。じゃあ、少しだけだぞ」
「やったぁ! お姉様、何かドレスを貸してください! それからアクセサリーも……いえ、なんでもありません」
頷いたルッツに、つい舞い上がってしまいましたが、私はただの使用人なのでした。
調子に乗ってはいけませんね。気をつけないと。
「いいわよ。でもパーティーじゃないのだから、そんなに派手にしていく必要はないわよ?」
ですが、お姉様はにこりと笑ってくれました。
やっぱりお姉様は本当は優しいのです!
さすが、私のお姉様ですね!
*
次の日、楽しみで仕方なかった私は朝早くに目が覚めました。
「おはよう、ルッツ!」
「……今日は随分早起きだな」
「だって今日は街に行けるんだもの! 楽しみで目も覚めてしまうわ!」
「そんなに行きたいのか。祭りなんて、ただ人が多いだけだぞ?」
「もう……まだそんなことを言ってるのね! たくさんお店も出ているし、お姉様たち魔導師が魔法で街を彩らせているのが、とっても綺麗なんですって!」
「……ふぅん」
ルッツは相変わらずノリが悪いです。でもそんなことは気にせず、鼻唄を歌いながら朝の仕事をしっかりと済ませたら、お姉様の部屋に向かいます。
約束通り、今日はお姉様に余所行きの衣服を借りるのです!
「姉妹っていいですね!」
「もう、イナは調子良いんだから」
メリさんにも着替えるのを手伝ってもらって、お姉様に髪を軽く結ってもらいました。
昔ほどではありませんが、今日の私はいつもより可愛いです。
お姉様とクレス様も今日はお休みをもらったようで、私たちと一緒に見て回ることになりました。
ブランも連れて行きます!
ブランはクレス様が抱っこしています。
「……」
クレス様の腕の中できょろきょろと忙しなく顔を動かして辺りを見ているブランは小さくて、もふもふで、とっても可愛いです!
……あとで私も抱っこさせてもらいましょう。
浮き立つ足で馬車を降りると、街はとても賑わっていました。
話に聞いていた通り、露店がたくさん出ていて、人が多いです。
そして街のあちこちに色とりどりのお花が咲いていて、とても綺麗です。
これはお姉様たち魔導師が魔法をかけて準備したのだそうです。
私にはこんな魔法は使えないので、凄いと思います。羨ましいです。
「本当に美しいな、ルビナたち魔導師団の者が忙しい中準備してくれたおかげだな」
「ありがとう。でもきっとクレスならこれくらい簡単なんでしょう?」
「いや、俺ではこんな繊細な色は表現できないよ。君のセンスが良いからこんなに美しいんだ」
「もう、クレスったら」
「……」
お姉様とクレス様は、相変わらずラブラブです。
手を繋いで歩きながら、肩と肩が触れ合うほど近くて、時折見つめ合っています。
あまりにも距離が近すぎて、クレス様の腕の中にいたブランがお姉様の頬をぺろりと舐めました。
お姉様は幸せそうにブランの頭を撫でています。
「……」
それにしても、なんだか新婚旅行から帰ってきてから、二人の仲が更に良くなった気がするのは何故でしょう?
「ねぇルッツ、お姉様とクレス様、新婚旅行のあとから前よりも距離感が近いと思わない?」
そんな二人を見つめながら、ルッツの服の袖をくい、と引っ張り、耳打ちします。
「あ? ……そんなの、まぁ、夫婦だしな」
「夫婦になると、あんなに距離が近くなるものなの?」
ルッツの耳元に顔を近づけるようにして更に聞くと、ルッツは息を吐きながら当たり前のように言いました。
「そりゃあそうだろ」
「……ふぅん。夫婦って、何をするものなの?」
私は小さい頃にお母様を亡くしているので、夫婦というものがよくわかりません。
「……お前、それ本気で聞いてんの?」
「ええ」
ルッツの腕を掴んで身を寄せていた私を怪訝そうに見つめてきた彼に、首を傾げます。
ルッツはなぜだかほんのりと目の下を赤く染めていました。
「……っていうか、お前も距離が近い」
「ああ、ごめんなさい」
言われてルッツから手を離すと、彼はふんっと鼻で息を吐いて先を歩いて行ってしまいました。
……私はまた何か怒らせるようなことをしてしまったのでしょうか?
イナ回続きます!




