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93.祭典に向けて

 社交シーズンがやってきた。


 この期間には各地から多くの貴族が王都に集まり、連日あちこちでパーティーが行われる。

 田舎の貧乏貴族家の娘だった私はこれらのパーティーには参加したことがないけれど、必ず参加しなければならないわけでもないらしい。


 だからクレスも仕事が忙しいという理由でほとんどは不参加にするらしいけど、それでも今年は戦争が勝利を収めて終わりを迎えたあと、最初のシーズンということもあり、王家も力を入れているのだとか。

 だから最終日に王宮で行われる舞踏会には、夫婦で参加することになった。


 王都は毎年、この期間はお祭りのように賑わうようだ。

 王宮では様々なイベントも開催されるようで、魔導師団もいつもの仕事の他にその準備に追われる。




「――手伝ってもらってすまない」

「いいえ。これもお仕事ですから!」


 そういうわけで、私もその日納品分のポーションを作り終えたら、そちらの準備を手伝いに向かった。

 エルヴィン・ローデ師団長の指示を受けながら、このお祭りを盛り上げるべく飾り物や花々に魔法をかけていく。


 生活をより豊かで便利にするために、魔導師団では家具や生活道具に魔力付与を行っている。

 魔導師の主な仕事はほとんどがこれである。

 その効果時間が長いほど価値が高くなり、安価なものは定期的にメンテナンスする必要があるので、元々数の少ない魔導師は常に忙しいのだ。


 私の担当は回復薬作りだけど、簡単な魔力付与ならできるから、年に一度のこのイベントに彩りを添えられるよう、尽力しようと思う。


 特に今年は例年より豪華にすることが決まったらしい。


「ルビナ」


 夢中になって仕事をしていたら、クレスが迎えに来てしまった。


 もうそんな時間?


 結婚してからはほぼ毎日、こうして仕事が終わる頃になると、クレスが魔導師団の棟まで迎えに来てくれる。

 護衛の仕事はエーリッヒ様が配慮してくれているのだと思う。副団長の仕事が残っている日は無理をして切り上げなくていいと伝えているのに、そんなに遅れることは今のところなく、「速攻で終わらせてきたよ」と笑顔で迎えに来てくれるのだ。


「ごめんなさい、まだ終わらなくて」


 だけど、今日は珍しく私の方が残業だ。


「ルビナ、ありがとう。帰る支度をしてくるといい」

「ローデ師団長」


 どうしようかと、歩み寄ってくるクレスに向き合っていると、後ろからローデ師団長の声がした。


「ですが、まだ結構ありますし……」

「十分だ。本来これは君の仕事ではないのだから、気にするな。とても助かった」


 落ち着いた口調で静かにそう言ってくれる師団長だけど、まだ仕事をしている先輩方を置いて帰るのは気が引ける。


「俺が手伝おうか?」

「え?」


 そんなやり取りを聞いていたクレスが、ふと私たちに提案した。


「いや、騎士団の方に手伝っていただくわけにはいかない」


 だけどその申し出は、師団長がすぐに断った。


「だが、俺も魔法が使える。しかも結構得意だ」

「ですが貴方は騎士団の所属だ」

「……別にいいではないか。こういう時は助け合えば」

「よくない。魔導騎士殿の手を煩わせるわけにはいかないからな」

「……頑固な男だなぁ」

 

 ……あれ? なんか、空気悪い?


 師団長は愛想が良いタイプではないけれど、こんなに素っ気ないのも珍しい。

 もしかして、クレスのことが嫌いなのではないかと思ってしまうような態度なのだ。

 ここまではっきり断られると、クレスもそれ以上何も言えない様子だ。


「ルビナ、今日はもういい。ありがとう」

「ですが……」

「大丈夫。明日また手伝ってくれ」

「はい、それはもちろんです」

「……」


 それからクレスとは目を合わせずに、師団長は作業に戻って行った。




 *




「――魔力持ちがどうしてあんなに優遇されるのかよくわかったわ。国が魔力持ちをたくさん生まれさせたいのかも。私ももっとお役に立てるよう頑張らないと」

「……ああ」


 帰りの馬車の中では、私ばかりがしゃべっていた。クレスは私の隣に座っているけれど、先程から短く返事をして口数少なく頷くばかり。


「……どうしたの?」


 そんなクレスは珍しいから、とうとう彼の方に身体を向けて問いかける。


「……ルビナは、師団長殿と仲がいいんだな」


 案外あっさりそんな言葉が返ってきて、本当はずっとそれが聞きたかったのだと察する。


「そんなことないわよ、相手は師団長様だもの。普段はあまり関わることもないわ。今回はたまたまよ」

「……妬けるなぁ」


 冗談なのか本気なのか際どい表情でずいっと顔を寄せて素直にそう呟くクレスに、つい胸がキュンとする。


「妬かないの」

「妬けるっ!」


 だから思わず口元が緩んでしまったけど、クレスはそんな私をぎゅっと抱きしめてきた。


 本当に、うちの旦那様はヤキモチ焼きで困ってしまうわ。

 ……まぁ、それを可愛いと思ってしまっている私も私ね。


 大きなわんこ(クレス)をなでなでして、少し気になったことを聞いてみる。


「クレスと師団長様は、あまり仲が良くないの?」

「ああ……いや、まぁ……年齢で言えば彼は俺より三つ上なのだが、城に上がったのは同じ年だったんだ。それで、最初は魔導師見習いとして共に学び、それなりに仲良くやっていたつもりなのだが……」


 そう言って、クレスは一度視線を逸らすと、唇を舐めて苦笑いを浮かべた。


「俺が魔導騎士の道を選んで騎士団を志望したことが、彼は面白くなかったのかもしれないな」

「……どうしてかしら」

「うん……俺もはっきりとはわからないが、それからあまり話さなくなった。互いに稽古で忙しかったしな」

「そうなの……」


 なんだか悲しいけれど、二人とも次期筆頭魔導師候補と言われているし、色々と複雑な心境なのだろうか。

 つまりは、ライバルということか――。


「まぁ、こんな話はいい。それより、最終日に行われる舞踏会に着ていくドレス、もうすぐ仕上がりそうだとメリが言っていたな。俺はそれを着た君を見るのが今から楽しみだ」


 私が不安な表情を浮かべてしまったせいか、クレスはわざとらしく大袈裟に声を明るくした。ローデ師団長の話はあまりしたくなさそうだから、私も気持ちを切り替えることにする。


「そうね。わざわざ新調してくれてありがとう」

「当然だ。ルビナは何を着ても似合うから、本当はもっと色々着せてみたいんだがな」

「もう、私で遊ぼうとしないでね?」


 本当に楽しそうに話すクレスの表情にどこか安心して、もうひとつ質問してみる。


「そうだわ。騎士団の方はどうなの? 御前試合があるって言ってたわよね」


 この時期には、催しの一環として騎士たちの剣術の試合が行われるそうだ。

 トーナメント形式で勝ち進んだ者が数名、最終日に国王の前でその腕を披露することができるらしい。


「ん? ああ、まぁ俺は出ないが、稽古を頼まれたりはしているよ。これからは俺も遅くなる日が増えるかもしれない」


 この試合はクレスのような役職に就いている者は参加しないみたいだけど、優勝者にはもちろん褒美も出るし、活躍すれば昇級のチャンスにもなるから、騎士たちは皆本気で挑むらしいのだ。


 クレスも過去に圧倒的な剣技を披露して優勝したことがあるらしい。


 使用される剣はもちろん本物ではないようだし、クレスが戦っているところをちょっとだけ見たかったような気もする。……本当に、ちょっとだけ。


「でも、それならちょうどいいわね。私もクレスが終わるまで準備を手伝うことにするわ」

「……うん、だがあまり無理はするなよ?」

「ええ、わかったわ」

「……それに、君には舞踏会に向けての準備もあるだろうし」


 言われて、嫌なことを思い出す。


「そうね……」

「俺にとってはこっちの方がメインイベントだよ。君と一緒に参加する初めての舞踏会だからね」

「うう……」


 そう、私は王宮の舞踏会なんて参加したことがない。

 ダンスは父が教えてくれたけど、それだってお遊びのようなものだった。

 正式な場で、侯爵令息と、その妻として踊るなんて……いきなりハードルが高すぎる……。


「今夜も練習しようか。納得のいくまで付き合うぞ」

「ええ……お願いするわ。仕事のあとで疲れているのにごめんなさい」

「ううん! 君との練習なら大歓迎だよ! 遠慮なく俺を頼ってくれ!」

「……ありがとう」


 クレスはなんだか楽しそうだけど、もうあまり日がないから私はとても不安。

 だけど、さすがは侯爵令息。何度か練習相手をしてもらったけど、クレスは教えるのもリードしてくれるのも上手だった。


 彼が相手なら、舞踏会でも安心して踊れるような気がするから不思議だ。


「今日からは毎日練習しようか」

「……そんなに無理をしてくれなくてもいいのよ?」


 疲れをまったく見せない旦那様(クレス)を頼もしいと感じながら、屋敷に着いた私たちは夕食もそこそこに広間へと向かった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 同期のライバルが呆気なく騎士団に行っちゃったらそりゃ… 微妙にもなりますわな(笑)
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