75.新婚の夜
「おそらく何事もないと思うから、ゆっくり寝るといい」
「うん……そうだといいわね」
この国の第三王子であるフランツ様が倒れたと聞き、私とクレスは慌てて王宮へ駆けつけた。
確かに何かの毒を浴びているようだったけど、解毒を試みると案外あっさりと浄化することができた。
クレスの媚薬を解毒した時よりも簡単だったのは、私の魔力が安定したからなのか、今回の毒がそれほど強いものではなかったからなのか。
ともかく、相手はこの国の王子だし、すぐに解毒することができて良かった。
そういうわけで、王子を置いて帰るのも不安だったので、目が覚めるまで近くにいるため、私たちも今夜はお城に泊まることにした。
エーリッヒ様が従者に言って用意してくれた部屋はとても豪華な客室だった。
国の大切な客人に貸し出すような部屋を私たちが使っていいのかと恐縮したけれど、弟の命の恩人なのだから当然だと言われた。
命の恩人というほどのものでもないと思うんだけどなぁ……。
でもきっと、これは新婚初夜に呼び出してしまったことへの詫びの意味も込められているのだと思う。
クレスは――あからさまにしょげている。
立場的にも王子を見捨てることなんてできないだろうけど、さっきはとてもいいところで終わってしまったから。
それにあの程度の毒ならば、正直私が作った解毒薬でも解毒できたのではないかと思う。もちろん私が直接浄化した方が早いのかもしれないし、もしものことを考えて今夜はお城に泊まらせてもらうことにしたけど、筆頭魔導師があそこまで慌てるなんて……まさかあの人、わざと邪魔をするために? いや、まさか。考えすぎよね。すべてはフランツ様のためよ。
「……」
だけどクレスも薄々そのことを感じているのか、大きな背中を丸めて、犬耳としっぽを下げて、しょんぼりとしているように見える。かわいそうだけど、胸がキュンと締めつけられる。
ごめん、可愛い……。
そういうわけなので、この部屋はありがたく使わせてもらうことにした。
「――クレスは寝ないの?」
「寝るよ、君が眠ったら」
先に私だけをベッドに誘導するも、自らはそこに身を入れる気がなさそうなクレスを誘うように声をかけてみる。
「一緒に寝ましょうよ」
「……うん」
さすがにこの状況で先程の続きはできないけど、私たちは夫婦なのだし、以前にも同じベッドで眠ったことはある。
それなのに気乗りしない様子のクレスに首を傾げる。
「どうしたの?」
「……俺は今、自分と葛藤しているんだよ」
「葛藤?」
「だってね、だって……」
白状するようにベッドに腰だけ下ろすと、クレスは涙ぐんで言った。
「俺がこの日をどれだけ楽しみにしていたと思う? ルビナと結婚して、愛を誓って、初夜を迎えるのを……男の浪漫だよ!! それなのに……、いや、仕方ないのはわかっているさ。だが……っ」
拳を握りしめて目尻に涙を浮かべているクレスは、確かに自分と戦っているように見える。
きっと本当に悔しいんだろうけど、私はそんな貴方が可愛くて仕方ない。
「クレス……」
先程から胸が疼いてどうしようもない私は、素直に彼に身を寄せて、立ち膝をして横からぎゅっと抱きしめた。
「よしよし、クレスはいつも仕事に真面目で偉いわ。とても頑張っているわね」
彼の頭を包み込むように抱きしめて、ふわふわの銀髪に頬を寄せて撫でる。
「……ルビナ」
すると、クレスも素直に私の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。
「いいさ。ルビナがそう言ってくれるだけで、俺はまた頑張れる。初夜がなんだというんだ。これから毎日ルビナと夜を共にできるというのに!」
「ふふ、そうね」
パタパタとしっぽを振っている(ように見える)愛しい旦那様を優しく抱きしめて、私たちはその夜、ただ互いのぬくもりを確かめ合うように抱き合って眠った。
*
翌日、エーリッヒ様に呼ばれた私たちは、フランツ様の容態が安定しているという話に胸を撫でおろした。
目を覚まされたフランツ様の話によると、王宮の裏手にある森で毒を持った蜥蜴に触れてしまい、その際に毒を浴びてしまったらしい。
王宮近くの森には魔導師団による結界が張られているのだけど、好奇心旺盛なフランツ様は結界外である奥へと行ってしまったらしいのだ。
勇気があるのは良いことだけど、一人で出歩くのはやはり危険だ。
ともかく、事なきを得て本当に良かった。
だけど今後、フランツ様に付ける護衛騎士をどうするかと、クレスは頭を悩ませていた。
それに、婚姻の夜があんな形になってしまったことにもクレスは残念そうにしていた。
クレスにとって、初夜とはそんなに大事なものだったのだろうか。これからだって毎日一緒にいられるのに。
けれど代わりに国王の計らいで長期休暇をいただけたのだから、私としては少し嬉しい。
その長期休暇を利用して新婚旅行へ行くことになった。クレスとの旅行なんて楽しいに決まっている。
彼と一緒にいられるのならどこだって良いけど、私たちは暖かい気候の南の地・アマローレへ行くことにした。
アマローレは実り豊かな土壌に恵まれており、食べ物が美味しく、綺麗な海もあるため、近年では観光業にも力を入れている土地だ。とても楽しみ。
しかも旅先の宿の手配は国王の指示で一流の部屋を用意してくれるのだとか。
そこまでしてくれなくても、お休みをいただけるだけで十分なのに。義理堅い王である。
アマローレへはニコラスさんとメリが同行してくれることになった。
クレスは二人きりで大丈夫だと言っていたけど、そういうわけにもいきませんと、二人が譲らなかった。
仕事熱心で常に主に仕えていたいと言うニコラスさんと、正式にその妻となった私の世話をすると買ってでたメリ。
メリは珍しく少しだけ嬉しそうにしていたけど、もしかしてアマローレへの観光に興味があるのだろうか。私としてはメリが一緒についてきてくれるのは素直に嬉しいけど。
そういうわけで、私たちは南の楽園、アマローレへ新婚旅行に行くことになったのだった。
今日はまた夜に更新しますm(*_ _)m




