07.騎士様専属のメイドになります
「凄い貴族様だったんですね」
「……まぁ、親がな」
勢いで騎士様の馬車に乗ってしまったけど、この後どうしよう。
一瞬、昔母に言われた言葉を思い出した。
母は亡くなる前、このペンダントを私に渡してこう言った。
『ルビナ、あなたには特別な力があるのよ。その力はとても貴重なものだから、無闇に人前で使ってはダメ。でもここでの暮らしがどうしても辛くなったら、その時はこのペンダントを持ってお城へ行きなさい』
『お城へ?』
『そうよ、魔導師団の人に見せれば、きっと誰かがあなたを助けてくれるから。
幸せになるのよ、ルビナ――』
母が言っていた特別な力とは、魔法のことだ。
私には、魔力がある。
だからといって、この国で魔力があるのは私だけではないということも知っている。
街へ行けばもっと使える人がいるらしい。詳しいことはよくわからないけど。
母は辛くなったら城へ行けと言っていたけど、私のような下位貴族……それも破綻寸前で、お城へ行けるようなドレスすら持っていない今の私が登城するなんて、やっぱり無理だと思った。
それにもう小さい頃の記憶だから、母が本当にそう言ったのかは、正直はっきりと覚えていない。
騎士様はこの間のお礼をしに来てくれたのだし、とりあえず街まで送ってもらったらお礼を言って別れて、堅実に仕事を探そうと思う。
大丈夫。私は今まで使用人代わりに家事をこなしてきたし、畑仕事で体力もついている。
どんな仕事だって、その気になればできるはず!
「それより、これからどうするつもりだ?」
そう考えていれば、ちょうど騎士様からもその質問が投げかけられた。
「街で仕事を探そうと思います」
真っ直ぐに答えれば、彼は「仕事か……」と呟いて顎に手をやり視線を上に向けたあと、何かを思いついたようにパッと私を見つめた。
「では、うちで働いてくれないか? もちろん住み込みで!」
「え?」
「改めて自己紹介させてほしい。俺はエンダース侯爵の長男、クレスだ。今は第一王子のエーリッヒ殿下付きの騎士をしている」
侯爵家の嫡男? 王子付きの騎士?
それを聞いて、内心でひぇぇっと悲鳴を上げてしまう。
どうやら私はとんでもないお方を蔵まで引きずり、茣蓙の上に寝かせたらしい。
「俺は領地の本邸で暮らす両親とは別に、王宮へ通いやすいよう街に構えている別宅で暮らしている。使用人は最低限の人数しか連れてこなかったのだが、俺の身の回りのことを専属でしてくれる人を新しく探していたんだ」
名案だと言うように瞳を輝かせてそう語る騎士様だけど、私はそんなことよりも、彼との身分の差に恐れ多くなり、すぐにお返事することができなかった。
他にも色々と失礼なことをしていないだろうか……。
ああ、いきなり水をかけて驚かせてしまった。塩だけで作ったスープなんか食べさせてしまった。
「……君をメイドにしようというのは失礼な話だが、そんなに堅いものではないんだ。侍女というより、秘書と言うべきか? いや、しかしやってほしいのは身の回りのことで……」
慌てる私を差し置いて、騎士様は言葉を選ぶように「うーん」と唸った。
「君は家事などが得意なんだろう?」
「ええ……まぁ」
「そんなに大きな家ではないのだが、何せ連れてきた使用人の数が少ない。俺は自分のことは自分でするつもりで来たのだが、どうも身の回りのことをするのが苦手で……仕事で帰りが不規則になることもあるのだが、夜中に自分で茶を淹れようとしても失敗するし、気づけば部屋も散らかっているし、朝も寝坊してしまうことがある……」
騎士様は恥ずかしそうに頭をかいて白状するように言った。きっちりと身形を整えていて、凛々しいお顔立ちは立派な侯爵家嫡男で王宮騎士に見えるのに、「やはりダメだろうか?」と私に窺うような視線を向けるその顔は、なんだか胸に来るものがある。
……なにこの男。やだ、可愛いんですけど。
図体が大きく、ワイルドな見た目であるその姿は、まるで大型犬のような愛くるしさがある。
私の家が貧乏男爵家であり、情けなく婚約破棄されて家を追い出されてきたということも、彼はまったく気にしていないようだった。
「……私でよろしいのですか?」
「もちろん! 君がいい! 是非君に頼みたい!! ……あ、だが男爵令嬢である君にこんなことを頼むなんて、やはり失礼だったか?」
ぱぁっと明るく顔を綻ばせたあと、一瞬冷静になったように不安げに聞いてくる騎士様は、やはり大型犬のようでどこか可愛い。胸の奥がキュンとする。
しっぽや耳まで見えるような気がする。
一から仕事を探すなんてきっと大変だろうし、この人は本当に約束を守りお礼をしに来てくれた律儀な方だから、信用もできる。
それに、身の回りのお世話をすればいいだなんて、私には持ってこいの仕事だ。今まで散々父や妹の世話をしてきたのだから。
「いいえ。私はありがたいです! 働かせてください、是非!!」
だからお受けすることにして、馬車の中で前のめりにそう言うと、騎士様はとても嬉しそうに「良かった」と笑ってくれた。
とても可愛い笑顔をする人だった。




