69.筆頭魔導師のお気に入り
それからは魔導師団で魔法の勉強と力の使い方の訓練、それに回復薬や解毒薬といったポーション作りにも参加させてもらうようになった。
魔導師団員は男性が多いけど、悪い人はいない。
皆とても親切に教えてくれるし、ポーション作りは意外と楽しかった。
それに、どうやら私は従来のものより効果の高いポーションが作れるようで、皆口々に「凄い!」と絶賛してくれた。今まで使っていなかったなんて勿体ないと思えるほどだけど、やはりペンダントは力を抑える働きをしていたようだし、魔力は成人を機にその本来の力が開花していくらしい。
ともかく、この魔法が役に立てているのかと思うと、とても嬉しい。
だけど一つだけ、問題がある。
問題というか、なんというか……
あの、初日に感じた違和感に間違いはなかったのだ。
筆頭魔導師のコンラート・ベーメンは、少々やばい人だった。
「ルビナ! 今日も順調かい? いや、そうに決まっているよね、だって君は天才だから!」
「……お疲れ様です、コンラート様」
あからさまに、私を贔屓してくるのだ。
未婚(一応)の若い女魔導師が私だけだからだろうか?
今まではマルギットがこの役割で甘やかされてきたのかと思い、団員仲間に聞いてみたけど、そういうわけでもないらしい。
〝新しく入ったルビナは筆頭魔導師様のお気に入り〟
という認識が魔導師団にあっという間に広がった。
この人、四十手前なはずだけど……私より二十年も長く生きている紳士に好かれても、正直嬉しくない。
それに私にはクレスという素敵な婚約者がいるんですけど……。
「ルビナ、疲れていないかい?」
「大丈夫です」
「よし、少し休もうか。おいで、紅茶を淹れてあげるから。もちろん君の好きなやつだよ」
「結構です。コンラート様」
「肩が凝っただろう。向こうでマッサージをしてあげよう。さぁ、あっちの寝台に横になるんだ!」
「……耳腐ってます? 治療しましょうか」
こうした堂々たるセクハラが毎日続けば、私の心の声が口から出てくるようになるのも仕方ないと思う。笑顔だけは作っていますよ。でもこの人、人の話全然聞いてくれないんです。
「遠慮しなくていいのに」
「遠慮じゃないですよ、本当に嫌なんです」
「はは、面白いなぁルビナは」
「…………」
他の団員たちは呆れ顔。私に同情の目を向けてくる。
四十手前の筆頭魔導師様がこんな小娘にデレデレしていれば、そりゃそうなりますよ。
良いんですか? そんなんで。威厳とかは必要ないのでしょうか。
「それよりコンラート様、私のペンダントはどうなりましたか?」
「ああ、それならもう少し待ってくれ。君の母上は魔力が強かったんだね。私でも手こずっているよ」
「……そうですか」
筆頭魔導師様を信用していないわけではないけど、大切なものだから長く手元から離れるとどうしても不安になる。
でも、確かにペンダントを外してからは今までより力が強くなったのを実感している。
制御されていたというのは本当らしい。
「それじゃあ、あっちで一緒にクッキーを食べようか! 甘いものは好きだったよね。ルビナが喜ぶかなぁと思って実は今朝作ったんだ。ふふ、それも私が自らね。一緒に、食べてくれるかい?」
「コンラート様」
懲りずにうきうきと楽しそうにしながらそんなことを口にする彼を、少し真面目なトーンで呼ぶ。
「ん? なんだいルビナ」
「そんなにお暇なら、早くペンダントの制御を解いてください」
「うん……わかったよ」
有無を言わさぬようにっこりと微笑めば、ようやく諦めてこの部屋を出て行ってくれた。
悪い人ではないのだけど、少し疲れる。
*
それから一週間が経っても、私のペンダントは戻ってきていない。
さすがに不安になった私は、クレスに相談してみた。やはり彼も「少し長すぎるな」と首を傾げており、クレスに同行してもらい、コンラート様の部屋を訪れることにした。
「――そんなに強い魔法が掛けられているのですか?」
私とクレスを部屋に招き入れたコンラート様は、ソファーに座るよう促すと呑気に紅茶を淹れてくれた。
ちゃっかり私が好きなやつだ。
そしてペラペラといつもの調子で世間話をし始めた彼に、このまままた話をはぐらかされてしまいそうだと思ったけど、クレスが鋭く切り込んでくれた。
「ああ、うん……」
笑っていないクレスと私の顔を見て、コンラート様は少し残念そうに息を吐いて立ち上がると、ペンダントを持ってきてくれた。
「解除できたよ」
「良かった……!」
手を出すと、その上にペンダントを乗せてくれる。見た目は前と何も変わっていない。
ようやく戻ってきてくれた。良かった。
だけど筆頭魔導師様ともあろう方が、本当に今日まで時間がかかったのだろうか? 本当はとっくに解除できていたのではないかと思ってしまう。
……なんだか少し、残念そうにしてるし。
用は済んだのでさっさと戻ろうとお礼を言って立ち上がったけど、コンラート様はいつもと違う様子で「一杯くらい飲んでいけよ」と呟いた。
「……」
クレスと顔を見合わせて、上司の言葉にもう一度腰を下ろすことにした。
「……君たちの結婚式はもう来月だったね」
「はい」
コンラート様の言葉には、クレスが返事をした。
彼が私を特別可愛がっているという話は、クレスの耳にも入っている。
「……変な薬は入っていないから、安心して飲んでよ」
「では、失礼します」
紅茶を飲む前に、クレスは私のカップと自分のカップに順番に手を翳した。
マルギットの件以来、王宮内であっても口にするものには鑑定をすることにしたらしい。
当然そのことはコンラート様も知っているから、特別嫌な顔はしていない。
安全であることを確認し、クレスが頷くのを見て私は紅茶をいただいた。
「……クレスはいいね」
「何がですか?」
「こんなに可愛くて優秀な子と結婚できてさ」
クレスの前で、あまりに堂々と私を褒めるその言葉に、ドキリと胸が跳ねる。
普通なら上司からのこの言葉はお世辞混じりの単なる褒め言葉だと、軽く受け取れるけど、この人が言うと少し意味が違って聞こえる。
「……ええ、本当にありがたいことですよ。俺はルビナを心から愛していますから」
「…………」
そしてクレスから放たれた言葉にも、私の心臓は大きく音を立てる。
人前であっさりそんなことを言ってしまうなんて……恥ずかしい。けど、嬉しい。
明日複数話投稿して二章完結させる予定です!




