66.甘えん坊のクレス
甘いちゃ回です。要注意。
「ルビナ、君は魔導師団で働いてみる気はあるかい?」
ある日の夜、クレスはブランデーを入れた紅茶を飲みながらふと私にそんなことを訊ねてきた。
「魔導師団で?」
「ああ、もちろんリリアンとの茶会の時間はこれまで通り取られるだろうが、俺を解毒した君のその力はとても貴重だ。国としては君が魔導師団で回復薬や解毒薬作りに貢献してくれると助かるんだ」
それは、私も考えていたことだった。治癒魔法が使えるのならこの力をもっと活かすことができるのではないかと。それに魔法を図書室の本だけで学ぶのには限界がある。せっかく魔力を持って生まれたのだから、この力を役立てたいとは思っていた。
「やっぱりそうなのね」
「もちろん強制することはできない。だからまだエーリッヒにも話していない。結婚後は俺の妻として家に居てくれてもいいしね」
それでも魔力持ちとして生まれたら強制的に王宮に仕えなければならないわけではない。
だけど魔導師として国に仕えれば待遇も良いし、地位も手に入れられる。
マルギットが言っていた〝クレスの婚約者なら力も強くなければ〟というような言葉も、あながち外れてはいないのだ。
侯爵家の跡取りでいずれは筆頭魔導師になるような人ならば、その妻も強い魔導師である方がその地位を確立できるのである。
だからエンダース家にとっても、きっと望まれることだ。それでもクレスは私の意志を尊重してくれているらしい。
「力になりたいわ。私、魔導師団に入る」
「そうか。では筆頭魔導師のコンラートにもそう伝えるよ」
「ええ」
魔法が使えるのはずっと隠してきたことだけど、いよいよ本格的にこの力が役に立てられるのね。
お母様が隠そうとしていたのは、魔力持ちの女性には魔力持ちの男性が結婚相手に宛がわれるからだろうか。
私にはもうクレスがいるからその点は大丈夫よね。
だけどお母様は、どうして魔力がなかったお父様と結婚できたのかしら。
きっと魔力があることは隠して、王宮には行かなかったのだろう。
私にも同じようにさせたかったんだわ。
「……ところで、もうすぐ俺たちも本当の夫婦になれるな」
「ええ、そうね」
考え事をしていた私に、クレスがすっと体を寄せて唐突にそんな言葉を呟いた。
「楽しみだな。今も同じ家で暮らすことはできているが……こうしていると、君を隣の部屋へ帰したくはなくなってしまうな」
「……クレス」
ああ、もう。本当に可愛いんだから。
少しだけアルコールが入って熱くなった瞳を私に向け、子犬のような視線を向けてくるクレスには、いつまで経ってもキュンとさせられそう。
「私だって本当はずっと貴方と一緒にいたいわ」
「本当か? では、たまには一緒に……」
「でも、そしたら起きるのが嫌になりそうだから、我慢する」
「……そうか」
一瞬期待に顔を綻ばせてぴょこんと耳を立てた(ように見えた)クレスだけど、続いた言葉を聞いてしょんぼりと耳を下げた。
もうっ、そんなに悲しそうにしないで!
私が我慢できなくなってしまうわ!
「どんどん離れたくなくなってしまいそうだから、そろそろ寝るわ。また明日、ね?」
「……うん」
聞き分けよく頷くクレスの顔はやっぱり少し寂しそうで、そんな顔をされると一人で置いて戻れなくなってしまいそうになる。
「そんな顔しないで、クレスも早く寝て? そうすれば早く朝が来るわよ」
「ああ、そうか……うん、そうだな!」
立ち上がっても手を離さない彼に困惑気味に言うと、ようやく納得してくれたのか、顔を上げて彼も立ち上がり「部屋まで送っていく」と言った。
すぐ隣なのだけど……とは思うも、断っても無駄なようなので素直に手を引かれて廊下を歩いた。
「ありがとう。おやすみなさい、クレス」
「……うん、おやすみルビナ」
別れ際、また寂しそうな顔を見せて、ぎゅっと強く抱きしめられる。
ああ……本当に、私だって一緒にいたいのよ。
甘え上手なクレスの背中を優しく撫でて、このぬくもりをしっかりと胸に刻む。
「おやすみなさい」
「……おやすみ」
「…………」
さよならを告げる言葉を交わしても、クレスの腕は離れない。離す気がないのか、離せないのか。
もう、困った旦那様ね。可愛すぎて甘やかしてしまいそうになるわ。
「クレス、大丈夫よ。明日もちゃんと起こしに行くから」
「……うん」
「明日も仕事でしょう? 早く寝ないと」
「君がいないと眠れないかもしれない」
「……きっと私がいた方が眠れないわよ」
「…………そうだな」
それを考えてようやく諦めてくれたのか、名残惜しげに腕が離れると、ちゅっと額に口づけてくれた。
こんなに甘えてくるのだから、きっとそのまま唇にも口づけられるだろうとまぶたを下ろしてそれを待ってみるも、クレスは小さな声で「ルビナ……」と私の名を困ったように囁いた。
「……どうしたの?」
目を開けて、なんだか辛そうに眉を寄せているクレスの顔を見つめる。
「今唇に触れてしまったら、やっぱり君を離したくなくなってしまうかもしれない……」
「え?」
口づけくらい、もう何度もしているじゃない。
そう思って聞き返す。もしかしてまた誰かに媚薬でも盛られたの?
「俺は君のことが大好きな、ただの男だから」
「ええ、知ってるわよ? でもただの男じゃなくて婚約者だけど」
「……まだ、夫ではないだろ? 俺は、君が思っているよりずっと辛抱の足りない男なんだよ」
そう言って、クレスは私の肩に顔を埋めるようにして深く息を吐き出し、腰に腕を回してぎゅっと力を込めた。
ドキドキと胸が鳴る。
クレスの銀髪に目を落とし、その顔がある位置と告げられた言葉の意味を考えて一際緊張感を覚える。
「……」
〝辛抱しなくていいのよ〟なんて言って甘やかしたら、明日は二人揃って寝坊かしら。
そんなことを考えて沈黙した私を困らせてしまったとでも思ったのか、クレスはそっと顔を上げてにこりと微笑んだ。
「すまない、冗談だよ。また明日な、ルビナ」
「ええ……」
最後にポンポン、と頭を撫でると、クレスは本当に私から手を離し、「おやすみ」と呟いて扉を開いた。
そして私が扉を閉めるまで、優しい顔をしてそこにいてくれた。
きっと冗談ではなかったと思うけど。彼なりに無理をして笑って、我慢してくれたのね。
そう思ったらどうしようもなく胸がきゅんと疼く。可愛くて、愛しくて、こっちが堪らなくなる。
こんなに一緒にいるのに。
こんなに近くにいるのに……。
もっと一緒に、もっと近くに感じたいだなんて。どんどん欲張りになってしまうわね。
「……」
寝室にある鍵のかかった扉を見つめて、小さく息をつく。
だけど、この距離が却って歯痒いのも事実。
まぁそれも、彼と結婚するまでのあとふた月ほどだけだ。
結婚後の甘い生活をふと一瞬想像して、眠れなくなってしまいそうだから、すぐにやめた。
いいから早く寝ろっていう…(笑)
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今日はクレス視点も夕方更新します!




