65.事件の後
クレスが強く言ってくれてから、マルギットは私に対する嫌がらせをやめてくれた。
わかってくれたのだと安心していたけれど、その数日後、クレスが薬を盛られてしまった。
無理矢理クレスを自分のものにしようとするなんて、本当に信じられない。
その薬は一般的に使用することは禁じられているのに、王宮に仕えている魔導師である彼女がそうまでしてクレスを手に入れようとするなんて……。
幸いにもエーリッヒ様が現れてくれたのと、私がその薬を解毒できたから良かった。
実は、マルギットに「クレスの相手は魔力が強くなければならない」みたいなことを言われて以来、私はこっそりと魔力を扱う練習をしていた。
時間を見つけては王宮内の図書室へ通い、魔法に関するもの――主に治癒魔法の本を読み漁り、その応用で解毒魔法も使えないかと勉強した。
その効果は予想以上のものだったようだ。
私も少しはクレスの役に立てて良かった。
マルギットのように直接嫌がらせをしてくる人はいないけど、他の女性たちからも「どうしてあんな女が……」などと思われているかもしれない。
そんなことは私たちの結婚に関係ないのだけど、それでもできれば魔導騎士様の婚約者に相応しいと、皆が思ってくれるような存在になりたい。
「――本当にすまなかった」
「だから、クレスは悪くないって何度も言ってるじゃない」
エンダース邸に戻ってからも、クレスは何度も私に謝罪の言葉を述べた。
あれから数日が経った今も、彼は思い出してはこうして謝罪を口にする。
夕食を済ませて、いつものように二人で彼の部屋でゆっくりとした時間を過ごしている時もそうだった。
「しかし、俺のせいで君を危ない目に遭わせてしまったからな。それにあの時エーリッヒが来なかったらと思うと……とても恐ろしい。如何なるときも気を抜いてはいけないと思い知らされた」
「……」
俺のせいで、か。
まぁ、確かに直接手を下そうとしたのは彼だけど、それはクレスのせいではない。
それよりクレスがマルギットに手を出さなくて本当に良かった。
エーリッヒ様には本当に感謝しなくては。
マルギットには二ヶ月間の軟禁が決まった。それが解けたあともクレスと私には魔法の効力による接近禁止令が下されるし、そもそも彼女は魔導師団を――王都を追いやられることが決定した。
あの事件は公にはされていない。
女の魔導師があのようなことを仕出かしたという事実は、その存在を大切にしたい国にとって不都合なのだ。クレスへの配慮も少しはあるのかもしれないけど、大半の理由は前者だ。
むしろクレスの名誉のために伏せておいた方が良いと言われたのは、エーリッヒ様が彼女の刑の軽さに苦言を呈したからだった。エーリッヒ様を説得するために付けられた理由だ。
しかし、表向きはそのような軽い刑となっているけど、その後、彼女は魔導師に嫁がされることも決まった。
その相手は、戦後間もない北の僻地に派遣されている魔導師だった。
その男も優秀な魔導師であるけれど、見た目に難があり、暴力的な性格をしているため、三十を過ぎても妻を取れていないらしい。
だから魔力持ちの子供を産ませるために、マルギットはその男のところへ追いやられるのだ。
禁じられている薬を侯爵家の息子で近衛騎士団の副団長に……私のクレスに使用したという罪に対し、たった二ヶ月の軟禁では正直軽いと思った。
私に子供じみた嫌がらせをしているうちはまだ良かったけど、クレスに……私のクレスに、大人でもゾッとするようなものを飲ませたのだ。許せない。本当に許せない。
やっぱりあの時やり返しておけば良かったと、後悔した。魔法の訓練だとか言って、吹き飛ばして頭でもぶつけて寝たきりになってもらえば良かったのだ。
あの時、エーリッヒ様が来てくれたことには彼女も感謝すべきだ。もし私のクレスが穢されていたら、私は彼女をこの手で死刑にしていたかもしれないのだから。
だけど、この二ヶ月というのは実質彼女とその相手との結婚の準備を進める期間で、結婚後は危険な土地でほぼ軟禁状態にされ、危険な男との新婚生活が待っている。
あの男のところに嫁がされるくらいなら、死刑になり一瞬で終わった方がマシだったかもしれないと、クレスは静かに語っていた。
どんな生活が待っているのか想像もしたくないけど、彼女には是非、たっぷりと可愛がってもらえることを願っておく。
少しも気の毒だなんて思わない。彼女のこれまでの行いを考えると自業自得だ。
大人しくクレスを諦めていれば、せめて魔導師団の中から好きな相手を選べたかもしれないというのに――。
「今後このようなことがないよう、改めて気を引きしめるつもりだ」
それにしても、クレスはいつまでも真面目なことばかり言う。そんなクレスも好きだけど、そろそろマルギットのことは忘れてほしい。
「……モテる男は辛いわね?」
「え?」
だから、少し意識して甘く微笑みかけてみた。
「ちゃんとわかってるわよ? 私が愛した男は侯爵家の嫡男で、将来有望な魔導騎士様で、色気たっぷりのとてもハンサムな男だって」
「……ルビナ」
「私がこんなに惹かれた人だもの。他の女性だって好きになるに決まっているわ。覚悟があって、貴方を愛したの。でも、だからって私が貴方に惚れた理由はお金持ちだからでも、強いからでも、顔が格好良いからでもないけど」
まぁ、顔は結構好みだけどね。でもそれだけではない。
「ルビナ・アイマーンを舐めないで?」
挑発的に笑顔を浮かべて言うと、クレスも微笑み返してくれた。
「そうだな、ルビナ。俺が惚れた女性は君だった」
ふっと笑って、ぎゅっと強くその胸の中に抱きしめられる。
こうするのすら、なんだか久しぶりな気がする。
「……ああ、今すぐ結婚したい」
「今すぐ抱きたいってこと? やだ、もしかしてまだ薬が残ってるの?」
「……っ!! そ、そんなことは、言ってないぞ……!!」
冗談なのに、真っ赤になって。本当に可愛い人。
いつもの調子のクレスに胸が疼いて、彼の頬にちゅっと口づけた。
「そういうところも好きよ」
「……ルビナ」
目の下を赤くして、呆けたような顔で私を見下ろしてくるクレスにそっと微笑めば、吸い寄せられるようにクレスの顔が降ってくる。
まるで磁石みたいに唇が重なり合って、胸いっぱいにクレスが広がっていく。
この愛しい人は、私が幸せにしてあげる。
そう思いながら、クレスからの口づけに溺れた。
ここまでお付き合いありがとうございます。
2章の終わりも近いです。
気持ちを切り替えて、ルビナとクレスの幸せに向かいます!
邪魔者はいなくなったので、あとは存分にイチャイチャするだけ?……です!




