64.クレスの事情13
幻聴……じゃない!?
あまりにルビナのことを思いすぎて、幻聴が聞こえたのかと思ったが、どうやら良くないことは続くらしい。
「ルビナ……なぜ……」
ああ……なぜだ。
エーリッヒは、なぜ俺を縛り付けていってくれなかったんだ。
「どうしたの?! 大丈夫!?」
汗をかき、辛く顔を歪める俺を見て、この部屋に来てしまったらしいルビナが駆け寄ってくる。
いつもなら大歓迎なのだが、今はダメだ。タイミングが悪すぎる。
「近付くな!!」
「!」
だから、思わず大きな声を出してしまった。
すまない、でもダメだ。ダメなんだ、今俺に近付くのは、危険すぎる……っ。
「すまない、ルビナ。俺に近付くな、部屋から出て行ってくれ」
「……どうしたの? とても辛そうよ?」
ルビナの不安そうな視線を感じる。だが、その顔を見つめれば手が伸びてしまいそうだ。
だから、理解してもらうには説明しなければ……言いたくないな……。
それでもいずれ彼女にも伝わってしまうだろう……。
「媚薬を盛られた」
「…………は?」
だから簡潔に、ストレートに伝えた。
「……その意味、わかってくれるな? だから俺に近付くな」
ルビナを見ないように目を伏せ、顔を手のひらで覆う。
頼むから何も言わずに今すぐ出て行ってくれ。
姿を見なくても、その愛らしい声を聞くだけでも辛い。
「媚薬って……でも、解毒方法は……」
「一つしかない。さすがにわかるだろう? だが今君で解毒する気はない。そんなことはしたくないんだ」
「……」
どうかわかってくれ。
焦る気持ちで、それを願うばかり。
「――それならやっぱり、私にしか解毒できなそうね」
「ルビナ……!」
いつもの強気な声がすぐ近くで聞こえた。
焦って顔を上げてしまえば、すぐそこに彼女がいた。
近付くなと言ったのに……!!
ああ、もう……ダメだ――。
「クレス……」
「く、……、ふ……」
力いっぱい、彼女を抱きしめてしまった。
彼女の温もりだけで、香りだけで、もう堪らない。
呼吸が乱れる。全身に汗をかく。
このままでは、理性なく力ずくでどうにかしてしまいそうだ。
「クレス」
「すまない、ルビナ……」
「クレス」
「極力、優しくする……っ」
もうそれ以外のことは何も考えられなくってしまった。ならば極力理性は保とう。最悪の形で初めてのそれを行うことになってしまったが、せめて、彼女が辛くないように――。
そう思いながら彼女をベッドに押し倒そうとした時だった。
「話を聞きなさいよ」
「……!!」
鋭い張り手が俺の頬に送られた。
ビシッという、乾いた音が耳について、一瞬だけ冷静さを取り戻す。
「貴方がそんなに私を求めてくれるのは嬉しいけど、薬になんて頼りたくないわ」
「……」
「今度シラフの時に、押し倒してね?」
「……ルビナっ」
にこりと笑う彼女の顔を見ていると、再び熱が上がりそうになる。
ムラっとくる感情に勝てず、もう一度彼女の肩を掴んで押し倒してしまいそうになったが、ルビナは怯える様子を微塵も見せずに俺の前で堂々と背筋を正し、額に指先を当てた。
「……ルビナ?」
「黙ってて」
「……」
集中して何かを行っている彼女を、言われたとおり黙って見つめる。
すぐにルビナの指先から俺へと彼女の魔力が流れてくるのを感じた。
その途端、不思議とあれだけ押し倒したかった感情が消えていく。彼女から流れ込んでくる魔力が心地良くて、胸の高鳴りが少しずつ落ち着いてくる。
何かとても癒される……。
これはなんだろうか……。
彼女の魔力が全身に回った頃には、既に媚薬の効果は切れていた。
身体が変に熱いこともなく、息苦しくもない。
あんなに酷く女を求めていたのに、とても穏やかな気持ちだ。
「……成功した?」
「ああ……一体何を……ルビナ!?」
彼女もそれを悟り、俺から手を離したが、魔力を使いすぎてしまったのか、ふらりと脱力して足を崩した。
そんな彼女の肩を支えたところで、エーリッヒが筆頭魔導師を連れて戻ってきた。
「クレス! 無事か!? ……っルビナ!?」
エーリッヒはルビナを見て、まずいところへ来てしまったと思ったのか顔を赤くしたが、俺たちが衣服を纏っていることに気がついて不思議そうに目を見開いた。
「……大丈夫なのか?」
「ああ、どうやらルビナの魔法で解毒されたらしい」
「魔法で、解毒だと?」
食いついたのは筆頭魔導師の、コンラート・ベーメンだった。
「しかしルビナが力を使いすぎてしまったようだ」
自分がベッドから出て、代わりに彼女を寝かせる。
「……魔力の使いすぎなら休めば回復するでしょう。急ぐようなら回復ポーションを持ってこようか?」
「いえ……、大丈夫です」
回復薬はとても貴重なものだ。コンラートはそう言ってくれたが、魔力を使いすぎただけなら直に回復する。
うっすらと目を開くルビナの頭をそっと撫でると、口元に笑みを浮かべてくれた。
「良かった」
「しかし凄いな。媚薬を解毒するなんて」
ルビナに向けて言った言葉だったが、返事をしたのは後ろにいるコンラートだった。
「本当に。初めて聞きましたよ」
「ああ、俺もだ」
それにエーリッヒも続いた。
ルビナは治癒魔法が使えるが、解毒も行えるのか。
となると、その力はとても貴重なものだ。
回復薬や解毒薬は魔導師がその力を使って作るが、治癒魔法に特化した者は少ないため、回復薬は貴重なのだ。
それ程効果の高いものでなければ俺にも作れるのだが。
ルビナは普段ペンダントで力が抑えられていて、その身に危険が迫ると強い力を発揮するようだが、もしかして、それが彼女本来の実力なのではないだろうか。
「……」
そのことを筆頭魔導師と第一王子に伝えるべきか、悩んだ。
コンラートに伝えれば必ずルビナを魔導師団に入れるべきだと言うだろう。
エーリッヒも立場上それに賛成のはずだ。
俺も国のことを思えば反対なわけではないが、それは本人の意志を確認してからだ。
そう決めて、ルビナの手を強く握った。
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